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第一章 ソウルバディ


 現在から百数年前、人類は一つの転換期を迎えた。


 唐突に『複数の人間が心を物質化した』という話が広まったのだ。

 当初は与太話であると誰もが気にさえしていなかった。だが真実を確かめるため、もしくは話題性を求めて情報番組が取材を行い、とある映像を納めた。そしてあらゆる媒体を通して全世界に伝え広めた。

 それは手品師でもない一般人間が、体長三十センチほどの人型の何かと会話を行い、何も無い空間から剣を抜き放ち、厚さ数センチの鉄板をバターのように斬り裂くというモノだった。

 当初は加工映像などと批判の声が上がっていたが、その映像に映る一人だけではなく、数百人の人間が同様のことを行えばどうだろう。

 あらゆる専門家が仰天し、様々なメディアが奇病や、宇宙人が人類に擬態しているのだと風潮し回り、心を物質化できる人間を隔離するまでに至った。

 だが心を物質化できる人間は爆発的にその数を増やし、たった数年で全人類が心を物質化できるようになり、それが『あたりまえ』となった。


 百年後。地上に生きる全ての人間が心を物質化し、ソウルバディと呼んで共に生きる世界。 心暦一〇〇年。人類は百年前に得た能力を、未だに持て余していた。


 様々な媒体を通して伝えられた心の物質化の映像は、同時にその攻撃性を世界中に知らしめていた。当時の銃器類を遥かに上回る攻撃力、そしてなにより手軽に扱えることがまずかった。

 なんの許可も取り引きもせずに、一般人がミサイルを保持しているようなモノだ。

 人類がその危険性を認知した時には、既に手遅れだった。

 全人類が『あたりまえ』として身につけた能力を途絶する術は無く。国際的に新たな法律が敷かれようとも、ソウルバディを用いた新たな犯罪や事故が世界中で起こり始めた。


 それだけではない。運が悪いことに、この能力は『発展途上』であり、限界が未だに視えていなかった。

 軍事、民生を名目に無数の科学者が能力の発展、限界を見極めるために実験を行っている。


 その中で更なる進歩を目指すために、道を外れた者が居てもおかしくはないだろう。

 今回のヴァイの任務も、そういう類の人間が関わるモノだった。




「バイセン9、バイセン14と共に目標施設に侵入、通信状況の確認を頼む」


 暗闇の中、ヴァイは耳に付けた無線の通信機を起動させる。若い少年の声だ。


「バイセン14、バイセン9と共に行動開始、なんか薄気味悪いっす、嫌な予感するっす」 


 彼の背後に立つ少女が同様に通信機を起動させながら、気楽なコメントを残す。

 名は秋月紅葉。声にはまだ幼さが残っている。


 二人は黒いライダースーツのような服で身を包み、首からはサブマシンガンをぶら下げていた。ヘルメットやゴーグルに加え、顔の下半分は黒い布で覆っているので素顔は視えない。

 辛うじて声や体格から性別を判断することができるが、それ以上のことはわからない。


 二人が潜入しているのは、日本に在る深い森の中、どこの国にも所属していない『事になっている』研究施設だ。

 清潔感漂う白一色の床や壁は、暗闇では不気味な雰囲気を漂わせている。 入り口から直ぐの広大なホールから施設内を見渡すが明かりは無く、また人影も無かった。自分の足音や呼吸音が聞こえるほどの無音が、ここが既に無人であることを伝えてくる。


『通信感度良好、ジャミングの類はありません。各センサーの結果が出るまでお待ちを』


 通信機からこの場にはいない女の声が響く。屋外にいる部隊の通信担当だ。


「非常灯すら点いてない。報告通り電気は通ってないみたいっすね。やっぱり『物』も全て持ち出すか、処分されてるんじゃないっすか?」


 待つことに飽きたのか、退屈そうな紅葉の声がヴァイの背中に届く。


「憶測だ。なにより任務を続行するか否かの選択権はオレ達には無い」


 冷淡というよりは、味気も色気もない淡々とした声でヴァイは告げた。


「それはまぁそうなんすけどね。しっかし深夜の廃墟ってのは雰囲気が出て嫌っすねぇ~。幽霊とか出たらどうしましょ、マジ怖いっすよ。僧侶とか仲間に来ないっすかね」

「相棒は幽霊を怖がるどころか、むしろ嬉々とした表情で塩とか投げて嫌がらせするだろ」


 言葉だけふざける紅葉に反応したのは、無視して通信を待つヴァイではなかった。彼女の右斜め上を飛んでいる、身長が三十センチほどしかない少女だ。

 紅い髪にツリ目であり、見る者に攻撃的な印象を与えている。

 なにより特徴的なのは、尻から生えた尻尾だ。少女からは先端が二又に別れたトカゲの尻尾が生えている。本人はドラゴンの尻尾と言い張っているが、真偽は定かではない。

 ダンサーを思わせるハデな衣装を身に纏ったその姿は、まるで妖精だ。


「いやー、コロナちゃーん、これでもアタシは乙女っすよー。ホラー映画とか布団にくるまりながら、リモコンの停止ボタンに指乗せて見ますから、もうブルブルっすよ」


 だが違う。コロナは紅葉の心が物質化した存在、ソウルバディだ。


 百数年前、人類が『心波しんぱ』と呼ばれる、心と感情をエネルギーとして体外へ放出するようになった時、彼らは現れた。

 人間の心を設計図として己の形を造り、心波をエネルギー源として動く『自分自身にもっとも近い赤の他人』それがソウルバディの定義だ。


(というか塩が効くのはナメクジじゃないのか?)


 ヴァイがどうでもいい疑問を覚えた時、通信機から声が響いた。


『結果が出ました。現時点で異常無しです。任務を開始してください』

「了解。バイセン9、バイセン14、任務を開始する」


 ヴァイが任務開始の宣言をすると、紅葉はコロナとの会話を切った。漂っていた陽気な雰囲気は完全に消え失せ、歳不相応な落ち着きを見せている。

 二人は施設内を注意深く見回りながら、奥に進みだした。

 一部屋ずつ中を見回り、人がいないか、何か残っていないかを確認していく。

 しかし人が居る形跡どころか、紙切れの一枚も落ちていない。

 やはり紅葉の言うように、全て持ち出されるか処分された可能性が高いのだろう。

 研究所の最奥部に在る部屋も同様であるだろうと予想し、ヴァイは扉を開けた。

 だがその部屋だけは稼働していた。

 小さな実験室だ。電子機器などの設備は待機状態のパソコン一台のみで、他は円筒状の透明なケースに入れられた無数の標本だけが置かれている。

 小難しい機器などがまるでなく、棚に標本が置いてあるせいか、理科室のように見える。もしくは個人的な趣味に没頭するための小部屋だ。


「うっわ、明らかに罠っぽいっすね」


 パソコンが唯一の光源である薄暗い部屋を見渡し、紅葉が冷めた声を出す。


「バイセン9からバイセン1、『忘れ物』を発見、指示を」


 いずれにせよ、この部屋だけがいくつもの物が置いてあるのはおかしい。


『こちらバイセン1、罠を警戒しつつ回収しろ』


 先程とは違う女の声が指示を出す。ヴァイと紅葉の上官だ。

 二人が爆弾解体などの技能を身に付けているがゆえの指示だろう。


「了解。バイセン14、気を付けろ」

「気を付けて罠に飛び込むのって、なんかおかしいっすね」


 紅葉がぼやきながら部屋の中に入る。ヴァイも続き、標本が置かれた棚を調べ始める。

 何かしらの薬品によって保存された標本だ。

 中に入っているのは地上で活動している生物ではない。手の平サイズの人間から、数種類の生物が融合したようなモンスターまで多種に及んでいる。 コロナと同じソウルバディだ。


(指令書に記載されていた通り、ソウルバディに関係した研究を行っていたのは明白か)


 無数の標本の中に、眼を引く物があった。

 いくつかのケースが割れ、中身が飛び出している。それらは何かを庇うように重なって倒れていた。何者かがそうしたわけではなく、自らの意思によって動いたように見える。

 ヴァイはトラップを警戒しつつ、慎重な手つきでソウルパディに触れた。

 氷のように冷たかった。生きているソウルパディは温かい。つまり死んでいる。


 心が物質化した存在である彼らは、身体に多大な損傷を受けても物質化させた人間の心に戻るだけでしばらくすれば復活する。

 反対に物質化させた人間が死亡した場合は『独心どくしん状態』と呼ばれる単独で動く個体と化す。

 そうなった場合、心波を得られない状態となり、徐々に感情を失い、最終的には無感情となって活動を停止する。

 それを人間はソウルパディの死だと定義している。


 この研究室に保存されているソウルパディ達は帰るべき場所を失った者達の可能性が高い。そんな彼らを使ってどのような実験を行っていたか、標本扱いを受けていることを考えれば想像に難くない。

 心に小さなさざなみ、不愉快な拍動。

 ヴァイがソウルパディから手を離そうとした時、指を掴まれた。

 指先に触れるような小さな感触だが、確かに掴まれた。

 ソウルパディ達が死してなお護りたかったモノは何だろうか? 疑問が脳裏を過ぎった時、ヴァイは折り重なったソウルパディ達を動かしていた。

 それから直ぐに、ヴァイは自分の指を掴んでいた『者』を見付けた。

 コロナと同じ三十センチほどの少女だ。青みがかった銀の髪、透き通るような純白の肌、今にも崩れ落ちそうな儚さを感じさせる細い四肢。

 美しいという言葉がまるでお世辞にならない容姿だ。

 コロナが物語に登場する妖精なら、この少女は職人が造り上げた人形と言える。

 身体は氷のように冷たいが、ヴァイの指を掴んだ手は離れない。相当消耗しているのかもしれない。首に怪我をしているのか包帯も巻いてある。

 応急処置をしなければ、他のソウルパディ達と同様に死んでしまう可能性がある。


「バイセン14、一度帰還するぞ」


 患者衣を纏ったソウルバディを両手で慎重に持ち上げ、探索を続けている紅葉に振り向く。


「よっし、起爆装置の解除完了っす」


 同時に、部屋の奥に設置されていたパソコンの前で紅葉が声を上げた。

 やはりトラップが仕掛けられていたようだが、既に無力化したらしい。

 どうやら爆弾がパソコンと配線で繋がっていたようだ。おそらくパソコンを操作すれば爆発したのだろう。初歩的なトラップ、おそらくダミーだ。


「何も残ってないと思うっすけど、とりあえずデータのコピーを取りますね」


 紅葉が手持ちの機器をパソコンに繋げようとした時、パリンと物が割れる音が室内に響いた。





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