第二章 表と裏の目的
資料館に潜入した翌日。リンと秋香は普段通りに登校、授業を受け、放課後を迎えた。
穏やかに沈む夕焼けを見て、何も起きないわけがないと覚悟をしていたリンは肩透かし食らった。
てっきり三心教高校側から昨晩の件に付いて口止めされるか、野球部が騒ぎを起こすと思っていたが、どちらもなかった。普段通りだ。
しかし資料館に不法侵入者が現れ、ソウルバディが暴走し、銃の発砲まであったのだ。普段通りというのはおかしいだろう。
そのことを秋香に相談すると、場所を替えようと言われ、空き教室に連れ込まれた。
「三心教高校は昨日の事を無かったことにするつもりらしいね。というか今更騒いだところで誰も聞かないだろうけど。昼休み、資料館に行ったら壁とか床に空いた穴は全部修復されてたから証拠は消えたも同然、ふざけたこと言ってると思われるのが関の山かな」
空き教室でカメラを手に、秋香はリンの疑問に対する自分の見解を口にする。
「それ以前に不法侵入がばれるから言えないか。草士朗くんは昨晩のことよく覚えてないし」
草士朗もリンと秋香と同様に普段通り登校していた。ただ昨晩の出来事については記憶が曖昧らしく、話を訊こうとしても訊けなかった。
それでもソウルバディを暴走させたことはおぼろげながらも覚えているらしく、迷惑をかけてすまなかったと申し訳ない表情で何度も頭を下げていたのは記憶に新しい。
嘘を言っているとは思えなかった。それほどまでに昨晩の草士朗は普段の姿からかけ離れていたからだ。
「野球部の二人に至っては今日付けで退学になってるし」
「え……? 退学?」
退学の話は初耳だ。リンは背筋がスッと冷たくなるのを感じた。
「話が広まるのは明日かな。あの二人が一通目の爆破予告を送ったという証拠を先生が見付けちゃってね。色々と騒ぎになったり、バレて大事化する前に退学という形で黙殺しちゃうみたい。証拠もあれば動機もあるし、言い逃れはできないだろうねぇ」
秋香が集めた情報では、野球部の二人はこれ以上成績が下がれば退学になっていたそうだ。
退学を逃れるために爆破予告を送り、学期末審査を延期ないし中止させようとした。それが爆破予告を送った動悸らしい。
「爆破予告のことが公にならなかったとしても成績低下で退学になっていたかな」
「そう……か」
「とにかく、これで私達の疑いは晴れたね。ひとまずは良かったと言っておこう」
「秋香……それは」
リンは複雑な表情で言う。確かに疑いが晴れたのは良かったが、後味が悪過ぎる。
「不法侵入だけなら口止め程度で済んだのかもしれないけど。爆破予告を出したのが駄目だったんだろうね。彼らはもう、ここにいる資格を失っちゃったんだ」
秋香の口調は感情を欠いた、書類を読み上げるような淡々としたモノだった。
自業自得と言ってしまえばその程度だが、それにしても救いがない。
自分達が何の咎めも受けていないだけに、退学とは無縁の立場にあるだけに、余計にそう思ってしまう。
「感傷に浸るのも、同情するのも、罪悪感を覚えるのも早いよ。まだ終わってないんだから」
リンの想いを読んだか、秋香が冷たいとさえ感じる声で話を切り捨て、切り替える。
そう、秋香の言う通り、まだ終わっていない。
「二通目か。先程の話から考えるに、そちらの方の証拠は見付けられなかったんだな?」
一歩遅れる形でリンも意識を切り替える。秋香にだって思うところがあるだろう。にもかかわらず、彼女ばかりに話を進めてもらうのは甘え過ぎだ。
「うん、見付かったのはあくまで一通目の証拠だけ。これで一通目と二通目が別人であることがほぼ確定になったよ。だから三通目が送られてくる可能性が出てきた。もし送られてきても今度は私達が一番怪しい! ってことにはならないと思うけど」
次は広範囲に、平等に全員が疑われるだろう。
「だが疑われていることに変わりはない以上、誰が送ったかを見付けて止める。それにこのままだと、あの二人が全て悪いってことになってしまう。
それはあんまりだし、まだ何かあるかもしれないとわかっているのに、ここで犯人捜しを止めるのは無責任だと思う」
確かに爆破予告を送ったのは悪い。けれども、それで全ての罪を押し付けられることになるのは違うだろう。別の犯人がいるなら、探すべきだ。
「その結果、また退学者とか出るかもしれない。それでもリンちゃんは大丈夫? 正義感とか義務感とか、使命感だけで動くと嫌な気持ちになるよ。
自分が疑われてるっていう危機感は薄れたんだし、リンちゃんがここで降りても誰にも迷惑はかからない」
むしろこのまま探し続けた方が誰かに迷惑がかかるかもしれない。と秋香は暗に言う。
そんなわかりきったことを確認するのは、先程退学した二人を気にする素振りを見せたせいだろう。
心配してくれる友人に感謝の念を抱きつつ、リンは胸の内を吐露する。
「降りないよ。私が犯人を探し続ける理由は正義感とか、そんな大それたモノじゃないんだ。私は自分のクラスが……私の友達の疑いが晴らせればそれで良いとしか考えていない。
だから爆破予告を送ったのが、別のクラスの友達でもなんでもない他人で本当に良かったと思っている。あの二人のように、秋香や草士朗が退学にならなくて良かったとも思っている。
二通目のことも犯人は私達のクラス以外から出れば良いのにと願っている。この気持ちは正しいなんて言えない。全ては私の、自分自身のためだ」
それが飾らず隠さず騙さずのリンの本音であり、本心だ。
「そういうさ……自分の気持ちを正直に吐露できるところ、気持ち悪いと思う」
本当にそう思っているのだろう。嘲笑うような表情で、珍しく声が冷めていた。
リンも秋香のそういうハッキリと言うところが、気持ち悪いとまで言わないが苦手である。
「でも、否定はしない。正しいというには自己欲求に満ち溢れているかもしれないけど、理由としては真っ当だ。私もリンちゃんと同じで自分のために動いているしね」
すぐに秋香はいつもの笑顔に戻る。無表情な笑顔、感情に蓋をするような笑顔だ。
「秋香自身のため、それはいった――」
「校内の生徒全員の疑いを晴らすために私は今駆ける! 気分は正義の名探偵、逃げて隠れる犯人を追いつめ! ズビシと指差し逮捕だ逮捕! 頑張るぞぉ! おー!」
言葉を遮る形で秋香が叫ぶ。
先程のリンの言動が気持ち悪いと秋香は言った。
つまり今のは飾って隠して騙した秋香の上っ面であり、きっと嘘なのだろう。
「と、意気込んだところでどうするかねぇ。二通目の爆破予告を出した誰かさんと、あの二人に爆破予告の数と内容を教えた人物が同一である可能性は高いとは思うんだけど。二人が退学になっているのが痛いなー。連絡先なんて教えてくれないだろうし」
大事にならないように姿を眩ませさせたのだ。教えてくれるわけがない。
草士朗は覚えておらず、野球部の二人は連絡が取れない。元々手詰まりだったために資料館へ不法潜入したモノの、これと言った情報を得ることができなったのが悔やまれる。
「こうなるとヴァイくんとの情報交換がどう実を結ぶかなんだよね。草士朗くんがソウルバディを暴走させた理由について心当たりあるそうだし。というか、ヴァイくんがここに来た理由がそれなんだろうけど。うーん、どうなるかなぁ」
「ヴァイがここに来た理由と、爆破予告の件が繋がっていると秋香は考えているんだったな」
「え、アレは口から出まかせだよ。ヴァイくんと繋がり作っておきたかったから適当に言った」
あっけらかんと秋香は白状した。
リンは絶句する。そんな思い付きの発言で銃を向けられながらも、話の流れを自分の元へ引き寄せた秋香は凄いと思った。
絶対に真似はしたくないが。
「でもヴァイくんが爆破予告にあった卵に反応してたし、私は関係あると思ってるよ」
もし関係がある場合、脅迫罪という枠組みで事件は終わらない。もっと根が深く、様々な思惑が複雑に絡み合うことになる。
秋香も予想しているだろう。だからヴァイと手を組んだはずだ。いや、違うかもしれない。
リンは秋香が保身のためにヴァイと手を組んだとは思えなかった。そうだとしたら、ヴァイに警告された段階で身を引いているはずだ。そうしなかったということは、秋香は事件により深く食い込むために、ヴァイと手を組んだのではないだろうか。
なぜそうしたか。それは先程はぐらかした秋香自身の目的に深く関与しているはずだ。
秋香の目的とは何か。付き合いの長いリンでさえ、何一つ思いつかない目的とは何か。
本人が何度も言っている爆破予告の件を解決することは、リンと秋香、二人の目的だ。それは間違いない。だが彼女の複数ある目的の一つに過ぎないこともまた間違いないだろう。
不法侵入の段取りや、ヴァイとの交渉の手際の良さから、秋香が爆破予告の件と同時進行でもう一つの目的を進めていることは明白だ。
それはリンと秋香ではなく、秋香だけの目的だ。
いや、同時進行どころか、爆破予告の件は秋香にとって通過点に過ぎないのかもしれない。建て前であり、表向きの目的が爆破予告の件を解決することであり、真の目的は別にある。
だが通過点であれ爆破予告の解決のために動くのなら、リンは協力を惜しむ気はなかった。
秋香自身の目的についてはそこに至った時に考えることにした。
はぐらかしたということは問い詰めても喋らないだろう。言うことはハッキリバッサリ言う秋香だからこそ、言わないことは口が裂けても言わない。 それ以前に、口を裂いてまでリンも訊こうとは思わなかった。
「これからどうする……あの二人の行き先を調べるのか?」
「うーん、行き先わかっても私達には何も話してくれなさそうじゃん?」
確かに、素直には話してくれないだろう。逆恨みされている可能性すらある。
「つーわけでー、昨日の今日でちょっと疲れたし、しばらくは休憩がてら地道に情報収集だね。なのでリンちゃん、笑顔アーンドポーズ、できれば悩ましいの!」
行動方針が決まったところで、連続して鳴り始めるシャッター音にリンは辟易とする。
どうやら話を反らすのはこれが限界らしい。
リンは今、白い巫女装束を身に纏っていた。オマケに頭には猫耳がついている。
なにをしているかと言うと空き教室で撮影中である。撮影者は秋香で、モデルはリンだ。
何の写真であるか。先日秋香がクラスメートの男子にばらまくと言った写真だ。シークレット一種類入り全六種。その内の一つ目として猫耳巫女服にコスプレさせられていた。
さっきまでの会話も、ずっとこの格好で喋っていた。
「地道に情報収集するのではなかったのか? こんなことをしていて本当に良いのか?」
先程の会話から軌道修正されると思っていなかったため、リンの額に汗が浮かぶ。
「これも真面目な活動だからね。後で売りさば……げふんげふん、みんなに配るって言った以上、一応は準備しとかないと。撮影して現像して加工して、他にも色々と時間かかるんだよ。だから今の内に撮影しとかないと駄目なの。それに撮影するって言ったじゃん」
言葉で言いくるめられた感があるが、一度は頷いてしまった以上、そう言われると弱い。
リンは無理やり笑顔を作り、首の裏と腰に手を当ててポーズを取る。うっふん。
「あー……うん、ポーズいいや、自然体でいこう。表情の方はこっちでなんとかするよ」
可哀想なモノを視ているような、憐れみを感じる視線だった。
釈然としないが、このままでは別の意味で危ないと思い、リンは言われた通りにした。