ユーニスとスイカ 日本の夏との邂逅【再】 003
「桜花に似ているな」
玄関で靴を脱ぐように指示されたカロン殿とワシ。彼は大陸の西方に位置する大国の名を引き合いに出して、文化が近いことを指摘する。ワシたちはまだ旅でそこまで行ったことはないので、比べることはできないけど、ここで予行演習というのも面白いそうじゃな。
「そっちにも似た文化の場所があるのか。興味深いね」
カロン殿とミオは気が合うのか、フィア様を挟みつつ色々と情報交換を行う。魔王様は気が逸れたのを不満に感じているのか、頬を少し膨らませる。
「おいおい、いくら少女のなりでも、お前は魔王様だろ? 少しは年相応に――」
「う、うるさい! 今は魔族も人の目もない。少しは自由にしたっていいだろ」
「そうよ、カロン君。羽を伸ばす時間は大切よ?」
ミオもそれに同調するが、カロン殿はあっさりと、そしてばっさりと、
「誰がいようと関係なく我が道を行くお前は常に羽を伸ばしているようなものだろ」
「…………」
少しばかり押し黙り、
「こ、これでも気をつか――」
反論を試みるも、すでに彼の感心は魔王様になく、肩透かしを食らった彼女は地団太を踏もうとして、それもミオの家であることを思い出したようで中断。
つまり、何もかもが不発に終わったようじゃな。
が、フィア様の不機嫌状態も長くは続かず、居間に着くなり目に入ったスライムの『群団』に目を見張る。ある個体は伸び、別の個体は跳ね、また別の色違いの個体たちは複雑に絡まって目に鮮やかな不可思議なオブジェと化している。
「な、なあ、ミオ」
「なに?」
何を不思議なことがあろうか、という表情で答えるミオにワシも驚愕しつつ、魔王様の問いを待つ。
「これは……?」
「ん? ああ、スライムのこと?」
「そう。なんでこんなに増えてる?」
「…………」
今度はミオが黙った。そして、恐る恐るというように、
「増えないの?」
「…………」
全員同時に頷いた。
「普通は、という注釈は付けたほうが貴女のためだろうがな」
カロン殿が気休めのように言う。
「普通じゃない場合って?」
当然、そこが気になるのだろう。カロンは足先でスライムを突きながら、
「過剰な栄養投与、だな。許容量を超えると、許容可能な栄養分だけを保持するために、個体数を増やして対応する。つまり、ある意味こいつらは肥満体だ」
その言い方もどうかとは思いますが……しかし、言い得て妙。見た目が複数になっているからわからないだけで、大量の脂肪を蓄えているのと大差ないですからな。
「うぅ……だって、一人暮らしって寂しいのよ?」
ミオは茶褐色のスライムを抱き上げると、
「でも、この子たちアタシの作った料理好きみたいでさ。よく食べてくれるのが嬉しくて、つい……」
気持ちは分からなくもない、とカロンはため息を吐き、
「害はないからいいが、周辺住民への配慮は必要だろう?」
「うーん、基本的に家から出ないから、そこまで心配ないけど……」
あれ、それって引きこもりと言うのじゃ?
ワシの考えを共有したわけではないでしょうが、カロン殿も大変残念そうなものを見る目でスライムを見やる。
「間引くか?」
物騒な雰囲気を醸しつつあるカロン殿にミオは慌てて拒否の意を示すと、
「いいわよ、アタシの好きにしてるだけなんだから」
「ま、それもそうだがな。数が多くなりすぎるようなら、間引くことも考えろ。栄養の塊だから、土地に返せば潤うぞ」
「その時に考えるわ」
スライムの話はそこで一区切りのようじゃな。
「じゃ、フィア、お風呂一人で入れる? その間にご飯作っちゃうから」
「わかった」
フィア様は素直に返事をして、部屋から出て行く。
残った男衆であるワシたちは顔を見合わせることなく、各々自由に振る舞いだした。クレアは窓際に座ってスライムを捏ね回し、カロン殿はミオの向かった厨房へと行き、手伝いを申し出る。
相変わらずですな、カロン殿は。旅先でも、厨房さえあればどこからか食材を調達して料理をすることが多い。時折合流するリック殿もそうですが、この二人の料理は結構おいしいので、旅での密かな楽しみになっておりますな。
「じゃあ、頼むよ」
流石に遠慮していたようですが、押し問答しているのも時間の無駄だと思ったのでしょう、最後には苦笑と共に手伝いを受け入れた。
ワシは手持無沙汰になって、クレアの隣に行く。
窓辺には鼻と尻が大きく空いた陶器製のブタが置かれており、中からは独特の匂いのする煙が細くたなびく。
「クレア、これはなんじゃ?」
「あ? ああ、カトリセンコウとか言ってたな。虫除けだと」
「なるほど、虫除けで御座いますか」
ワシはたなびく煙に見入り、そして、その煙を生み出すグルグルを見つけた。
「おお、これは面白いですな」
寝そべって、さらに見入る。おっと、目が回ってきましたぞ……
「出たぞー」
カトリセンコウから視線を外し、クレアと一緒にスライムを捏ね、あ、いや、愛でていると、フィア様が風呂から上がってきた。服装はミオから借りた水色の縦線がいっぱい入った上下一体のもの。
「あら、似合ってるじゃない」
燃えるような赤毛は今はしっとりと濡れている。
「おお……」
ワシも思わず大きな一つ目で見つめてしまう。
「なんだよ」
クレアとワシの視線に気づいたフィア様は頬を赤くして拗ねたように言う。いや、これは照れておるのですな。なんと愛らしい。
「おーい、出来たぞ」
ちょうど、ミオが出来上がったばかりの料理を持って出てきた。その後ろにはカロン殿も続いており、その手にも料理が乗っている。
「美味しそう……だな?」
フィア様がカロンも共にいることに疑問を感じているのは当然かもしれない。
「私も手伝った。とはいっても、本当に手伝っただけだがな」
「謙遜するなよ。手際の良さはすごいものだよ、アンタ」
食卓に料理を並べ、遠慮のない力でカロン殿の肩を叩く。流石に取り落としはしなかったものの、苦笑は隠せない。
そして、晩餐が始まった。
先に言った通り、手作りの料理というものは普段から口にしておりますが、ミオ――いや、ミオ殿と言い直しましょう――の料理はおいしい以上に驚きの連続だった。
手伝っていた筈のカロン殿でさえ、改めて料理の名前や作り方をまさに根掘り葉掘りという勢いで訊いていたほど。クレアとフィア様はそんなことは些事だと言わんばかりに、目の前のご馳走を平らげていく。
こういう風に食べてもらえるなら、作った者も快いものがあるでしょうな、と思う。
うーむ、帰ったらワシも料理を始めてみようかのぅ。
そんなこんなで、主に料理はクレアとフィア様の胃袋に収まりつつ、晩餐は終焉を迎えた。
「ちょっと待っててな」
そう言い置いて、ミオ殿は厨房へ引っ込む。
何事か、と視線を向ける先で、ミオ殿は不思議な色をした球体を持ってくる。緑と黒のシマシマ。
グルグルといい、今回のシマシマといい、この世界には不思議なもので溢れておりますな。
彼女は皆を庭に誘う。
ぞろぞろとすっかりと陽の落ち、夜空に切り替わった外に出る。履物はきちんと人数分用意され、数匹のスライムも一緒についてきた。
「何をするんだ?」
皆の疑問を代表して、フィア様が尋ねる。ミオ殿は悪戯っぽく笑い、
「スイカ割りよ」
異口同音に問い返されるのへ、ざっくりと趣旨を説明する。
「要するに、遊びか。では、最初に誰がやる?」
カロン殿の問いかけに、ミオ殿は紙切れを見せ、
「あみだくじで決めましょ」
これまた聞いたことのない単語が飛び出てくる。これにも簡単な説明が行われ、一同が納得したところで、どこに名前を書くかで一悶着。結果的に、魔王様は「ボクが真ん中でなくてどうする」という発言の元、ど真ん中を。クレアはなにも考えることなく左端。ワシは右から二番目に。ミオ殿とカロン殿は互いに顔を見合わせ、同時に場所を指す。指し示す指はぶつかることなく、別の場所へ。
「あら、ちょっとザンネン」
茶目っ気のある笑顔でミオ殿が言う。え、それはいったいどういう意味合いですかな?
疑問を解消するような機会は与えられず、すぐさま結果を発表。
なんと、一番手はワシですぞ。
手渡された木の棒を握りしめ、布で目隠しされる。おお、これはなかなかに面白くなってきましたぞ!
興奮しつつ、しかし、虚栄心からか、スイカをワシの手で割りたいという願望が湧きあがってくる。
最初の位置から動かしてないなら、こっちの方の筈じゃが。うーむ、しかし思った通りの方向に動けているか、全く分からないですな。
やんややんやと騒ぎ立てるミオ殿とフィア様。クレアは悪意満載の声で絶対に嘘だとわかる方へ誘導しようとする。
あっちに行き、また別の方にふらふらと歩いているうちに、元の場所すらわからなくなってきた。
「わ、わからないなら、この場で勝負するまで!」
あまり時間をかけるのも興ざめですじゃ。ワシは覚悟を決めて棒を振り下ろす。
諦めで予想していたような、地面を叩く固い感触はなく、一瞬の抵抗の後、ぐしゃりと何かがつぶれる音と手ごたえ。
「おろ?」
棒を片手に持ち、目隠しを外すと、目の前にあったのは赤い果肉をさらすシマシマ模様の果実。
「お、すごいな、一発だ」
感心するミオ殿の言葉とは裏腹に、ワシは焦る。これって空気を読まなかったという奴ではないじゃろうか。
しかし、それは無用な心配だった。
「はは、すげーな、ユーニス。なかなかやるじゃねえか。今度から、目隠し稽古の相手でもしてもらおうかな」
と、若干物騒な内容を孕みつつも、クレアが健闘をたたえてくれる。
魔王様は、と見ると、
「ふん、従者なら当然の働きだ」
と胸を張っている。ワシ、今の言葉に感動いたしましたぞ!
緩くはないつもりの涙腺から、涙が溢れそうになる。が、ここはグッとこらえて、
「ワ、ワシだってやる時はやるのですぞ!」
拳を振り上げてみる。
「で、この割れたスイカは食していい訳だな?」
「ああ、さっさと食べちゃお」
カロン殿の確認に頷き、割れたスイカに手を伸ばす。一番大きな欠片を手にすると、ミオ殿はそれをワシに差し出す。
「勝者の権利だ。たんと食え」
「感謝ですぞ」
受け取り、種は食うなよ、という注意に頷いて赤い果肉をかじる。しゃりっとした食感に、じゅわりとひろがる水分と甘み。なんとも不可思議な果実ですが、
「美味……」
あっという間に一口、二口と続き、種は庭に吐きだしつつ、気づけば大きな塊を食べきろうとしていた。
「甘露ですな」
「ああ、見た目はなんとも言えないが、意外と美味いな」
縁側、というらしき場所に座り、カロン殿も意外そうな顔をしつつも舌鼓を打っている。その横にはちゃっかりミオ殿の腰かけており、というか、その距離はなんじゃ? 彼は涼しい顔で受け流しておりますが、これは……あ、いや、言うのも野暮ですな。暑い日にはこういうこともありましょう。もとの世界でも、夏は開放的になる季節ですしな!
そう自分に言い聞かせ、少し小さめのスイカに手を伸ばす。
それをかじりながら、フィア様を探す。彼女は甘える相手をミオ殿からクレアに切り替えたようで、ってこれではいつもの光景ですな。しかし、安心していられる『いつも』ですじゃ。
変わったのはフィア様だけではないのかもしれませんな。大なり小なり変化をしつつ、でも大切なところでいつもを続けていく。
そんな貴重な時間を作ることに尽力してくれるカロン殿や姫様のような方々。そして、悪態をつきながらも、面倒見よく付き合ってくれるクレア。そして、異世界の住民でありながら、異物であるワシたちを温かく受け入れてくれるミオ殿のような方。
それぞれに感謝がある。でも、それを言っても彼らはきっと言うでしょうな。
「気にするな」
と。
夜空に星が流れた。流れ星が流れている間に感謝を告げる風習はこちらにもあるのだろうか。
いや、あってもなくてもこれはワシの勝手じゃな。
きっと、流れた星が伝えてくれることを願って、ワシは小さく呟いた。