ユーニスとスイカ 日本の夏との邂逅【再】 002
夕刻。陽が沈み、気温も下がりつつある中で、魔王様とクレア、カロン殿が集まる。もちろんワシも魔王様の付き添いで。
「では、始めるか……先ほど聞いた情報だと、あちらにスライムを置いてきたそうだな?」
「ああ。ボクがお土産の代わりとしてミオに渡したんだ」
「そんなに長い間生きてるかどうかははなはだ疑問だが、それに賭けるしかないな」
確かに、スライムは長命とは言えませんな。しかし、たかだか数年で息絶えるような生物でもないですが……
カロン殿が媒介である精霊石を掲げると、濃い紫色の複雑な魔法陣がいくつか展開される。正直、ワシが見てもどれがどのような役割を果たすかがさっぱりわからない。クレアはどうなのかと見てみると、彼は興味なさそうに髪をいじっていた。魔王様は……見なかったことにしましょう。
数分。黙ったまま魔法陣を操っていたカロン殿は小さく眉を動かし、
「恐らく見つけたと思うが……」
歯切れが悪い。何事かと問うと、彼は意味がわからないと首を振り、
「スライムの反応が複数ある」
そう言った。
「魔王様?」
「ん? いや、置いてきたのは一匹だけだぞ?」
慌てて弁解する風でもなく、彼女自身大いに疑問に思っているらしい。どうやら、置き土産という名目で異世界に大量のスライムを放った訳ではないと知り、安堵。
しかし、そうなると複数の反応がある理由がわからない。
「増えた、かもな」
神妙な口調で、しかし表情に呆れを混ぜてクレアが呟く。
「ありえますな」
そういえば、スライムは十分な栄養を得て過ごすと、一個体で内包できる限界を超えるため、分裂して限界分を分割する特性を持っていたはず。
ということは、どうやらミオという女性はスライムを蔑ろにせずに大事に育てているということになる。しかも、カロンは言葉を濁したが、『複数』と言うからには二ではなく、それ以上ということでしょうしな。
ワシもなんだか、その御仁に興味が湧いてきたですぞ。
「ま、なんだ。スライムが増えていようがどうしようが、行くことに変わりないだろ? だったら」
「さっさと、だな」
言うが早いか、展開したまま使用していなかった魔法陣に今まで使ってものから魔法の導線を引く。
そうすることで、探知した世界の情報を転移用の魔法陣に与えるのでしょうな。普通の魔法使いなら、混成した一つの魔法陣でやる場合が多いですが。
魔法陣が緩やかに回転し、そして高速になり、やがては渦となる。
「ほら、さっさと行け」
フィア様の背中を押し、さらにはワシとクレアの腕を掴んでおもむろに飛び込む。
「少しは心の準備と――か!?」
グルン、と世界が一回転し、それは異世界に吐きだされた際に物理的な回転となって身を襲う。
つまり、
「どっちが地面ですぞ!?」
すでに夕刻。陽は落ちていて、太陽の方向もわからなければ、暗くて地面までの距離もわからない。
わからないことだらけで混乱する頭は、いつまでも襲ってこない衝撃に疑問を感じるまでしばしの時間を要した。
「おろ? ワシ、生きてる?」
「誰が死んだって? このど阿呆」
乱暴に振り回され、足からものすごい勢いで着地させられる。じ、地面に刺さるかと思いましたぞ!
クレアは風を操ってフィア様と共に宙にいる。
「乱暴が過ぎるだろうが、このアホ宿し子」
クレアが口汚く罵るが、カロン殿はどこ吹く風。
というより、もはや言葉に耳を傾ける気はないらしく、すたすたと歩き始めた。
「少しは人の話を聞けよ、まったく」
クレアは嘆息し、魔王様をゆっくり下ろしてから、自身は風をまとったままカロン殿に追いすがる。
まあ、あの二人はほっといても大丈夫だとは思いますが。
「して、魔王様。そのミオ殿のお宅はどちらに?」
「…………」
フリーズ。なにやら、固まっておられますな、ワシの主様は。
その視線の先を追うと、
「お?」
光を放つ筒を手に、カラコロと独特な音を立てる履物をつっかけた女性がこちらに歩いてくる。
中途でクレアに手を振り、彼がこちらを指すまでもなく、彼女は歩み寄ってくる。
「デルフィア」
臆することなく、満面の笑みで魔王様の名前を呼ぶ。魔王様は顔を赤くして視線を逸らし、
「フィアでいい。ボクもミオって呼ぶから」
「ああ、フィア。お帰り」
彼女は自然な仕草でフィア様を抱きしめると、次いでワシに目を向けた。
「なんていうか、アレだな。まさに異世界というか……」
まあ、そうでしょうな。魔王様にも角があるとはいえ、それさえなければ人と区別はつかない。その点、ワシはわかりやすく、目が一つしかない。それも、ほぼ顔の中心に位置するが故に、隻眼と間違われることもない。
「よろしく、アタシはミオってんだ。お前さんは?」
本当に物怖じしない。差し出された手を握り返し、
「ユーニスじゃ。フィア様のおそば付きですぞ」
「そっか。じゃあ、この子のこと、色々知ってんだな」
「もちろんですとも!」
実際は知らないことも多かった。でも、知っていることもたくさんある。起きている時は少し不機嫌でも、寝顔は可愛かったりとか。あ、でも最近は起きている時も楽しそうな顔が多いのぅ。
しみじみと物思いに耽りかけるのを、
「ミオ、家行きたい」
と魔王様が口にしたことで我に返る。そうじゃった。目的はこの世界に来ることそのものじゃなくて、この女性と魔王様が団らんの時を過ごすこと。
「いつ来るかわからなかったけどさ……なんかスライムたちが騒ぐから、今晩あたり来るんじゃないかと思って用意してたよ」
「ホントか? 前の時は変に手伝ったせいで失敗しちゃったけど、今日はちゃんとミオのご飯が食べたい」
「なら、家に着いたら、まずはお風呂だな」
「しゃんぷーが目に入ったら痛いということは学習した。二の轍は踏まないからな」
「はは、そうだね」
仲良く手を繋ぐさまは、姉妹のようにも親子のようにも見える。
「なーに感慨深そうにしてんだよ」
クレアから頭を突かれる。カロン殿は不思議そうな目で二人の背を眺めている。
「なんというか……飼いならされてる?」
その感想は失礼じゃろう! しかし、続けて、
「クレア以上に心開いてるんじゃないか?」
そう言ったのへ、クレアが食って掛かる。口喧嘩が始まろうとするのを、ミオの呼ぶ声がとどまらせ、彼らは互いに顔を見合わせると二人の背中を追った。ワシも、どこか不思議な感じのするこの世界で、いつもの面々の背中を追って歩き出した。