ストーカーは嫌いです2
「やばい。あいつ等気づかれた」
「当然かと」
「だよなぁ・・・だって裏庭行くって言うから」
「裏庭と言われましても護衛にシェアリリーが付いてきますし結界も強めていますからなんら問題ないとヴィルヘルムも申しておりましたでしょうが」
「俺が着いて行けないんだから護衛は必要だろうが、あの裏庭にはアレがたまに来る」
「・・・・ここ数百年姿を見せてはおりませんが。マイ先輩様の魔気は最高級ですからねぇ」
裏庭から微かに見える王城の一角で執り行われた会話など散歩中の私には知る由もない。
散歩人数を増やし一緒に散策を続ければ見えてきたのは感動の一言。
そう、目にも鮮やかなエメラルドグリーンの湖。
「凄い!なんて綺麗なの!!裏庭にこんなに素敵な場所があったなんて・・・。本当に綺麗」
森林浴を楽しみにながら抜けた先に広がる景色に絶句の一言とはまさにこの事?
思わず興奮して凄い、綺麗、を連発してしまった事に恥ずかしくなりつつも
近寄って覗き込む湖は有り得ないぐらいの透明度だった。
「見てシェアリリー鏡のように映ってる。それになんて透明度が高いの・・・」
「ふふっマイ先輩様本当にお可愛らしい」
何か言っているけどスルーしよう。
綺麗な湖に限らず川でも海でもとりあえず水に手を付けたくなる衝動に
逆らうことなくそっと指先を付けてみる。
波ひとつない湖面に小さな波紋が生まれすっと飲み込まれる指先。
この感触が面白く一本ずつ増やし手のひらまで浸けようと・・・。
「お待ちくださいマイ先輩様!」
何処か焦ったような護衛騎士の声に驚いて動きを止めようと思ったが時遅し。
半分程飲み込まれた手を水中から引っ張られた。
「えっ!!うそーーーーーーーーー!!!」
嘘!と思った時には水面へと飲み込まれた後、
だからきっと叫んだと思った声は水中での叫びになっていたんだろうなぁ。
なんて、呑気に考えている場合ではない。
美しい湖には魔物がすんでいるって本当だったの!!てか、ここ魔皇国だったし!
一人パニックに陥りながらもとりあえず目を開けてみた。
開けて後悔?いや、感動?
え?ドラゴン??
「湖と同じ瞳なのねぇ」
目を開けて見えたソレに思う事はそれだけ。
本当に同じ色と表現出来る程に綺麗な碧眼にデジャブを覚えた事は今は言わない。
「遊びたかったの?」
どうして冷静に話してるんだろうと思うけど、恐怖とかは全く感じない。
それどころかその瞳を見た瞬間惚れてしまったぐらい。
腕をぱくっと挟まれている状態で丁度目の前に見える相手の瞳。
目は口ほどにものを言うって本当なんだぁ・・って思えるぐらい凄く優しげな瞳をしていたから
暴れようとは思わなかった。
ただ純粋に構ってアピールなんだと判るぐらい。
この瞳、似てるんだよね。
「遊ぶのは構わないから腕離してくれる?それと上の皆が驚いてるかもしれないから一度顔だしたいな」
お願いするように言ってみたら瞬き一回で答えてくれた。
うん。やっぱり可愛い。
「ねぇ、どうして苦しくないの?水の中なのに普通に話してるし息もできてる・・・。これってあなたのおかげ?」
ぐるっと回る目の動きに合わせて一緒によくよく周りを見てみると私を包み込む膜がある。
球体の中に入っているような状態で水中に居るようだ。
お蔭でびしょ濡れになる事もなく水中散歩を楽しんでいる。
ゆっくりとその子が動くと一緒になって着いて行く水球。
水の中から見る景色に感動しきりなのだが、ふと水上を見ると何やら慌ただしい動きをしていた。
透明度が高いから良く見える光景もきっと私を探しているのだと思えば流石に焦る。
「もしかして皆は入れないのかな?」
何気なくそんな思いで口にしてみたが悪戯っ子の様に目を細めたから焦りは増した。
「一緒に上に行こう」
もう一度お願いするとそっと持つように短い両手で抱える様に浮上していく。
ガラス張りのエレベーターで上に上がるような感覚にこの湖の深さに驚いた。
確かにこの子が潜っていられるんだから当たり前か・・・。
「水中散歩も楽しいね」
こくんと頷く姿にやっぱり可愛いと再確認して浮上すれば湖面に出た瞬間ぱちんっと水球が消えていく。
水球が消えた事でしっかりと抱えてくれている子にくっつくと喉元だったから小さく鳴く声が聞こえる。
「私は優衣。名前教えてくれてありがとう」
大きさで言えばゴジラ?本物のゴジラは見た事ないけど映画で見たゴジラと人間の差ぐらいありそう。
行き成りこれぐらい大きなドラゴンが水中から出てきたらびっくりするよね・・・。
引き込まれた私もびっくりしたけど。
うん、皆驚いてるし。
それにしても皆集まり過ぎじゃない?
シェアリリーと護衛騎士二人は判る。
何故にリュシアンとヴィルヘルムまで??
きっとヴィルヘルムの姿は皆には見えてないのだろうけどリュシアンの顔つきが・・・。
怖っ。
「この湖全体に私を包んでいたような膜をはっていたの?」
問いかけに答えてくれるのは聞きなれた声。
「それだけじゃない、その結界を破ろうとすれば優衣先輩の結界も破れるように仕組んだんです」
「リュシアン・・・仕事は?」
「エウゲン置いてきました」
怒ってる?ような気もするが一応聞かなければいけない事は聞く。
今さらこの場に居る事に驚くことは無い何せ神出鬼没なのだから・・・。
それにしても頭のいい子だと思わず撫でてしまう。
「喜ぶな。・・・ここしばらく姿を見せなかったお前が何で姿を見せるんだ!先輩の魔気に魅了されるなウィリディス!」
「ちがうって、最初にこの子が水中散歩を楽しんでいてそこに私が来たから一緒に誘ってくれただけよね」
くっついたまま話をすればクルクルと喉が鳴るから一緒になってねぇ~と続けてしまう。
確かに誘い方には大層驚いたが夢のドラゴンに会えたのだ文句など出る訳がない。
それにしても異世界って凄いな・・・。
元の世界で空想の生き物が当たり前のように実在しているんだから。
「ウィリディス私をあそこに降ろしてくれる?」
湖畔に勢ぞろいしている皆の場所を指示せば渋りながらも降ろしてくれる。
渋る姿がまた可愛くてつい離れがたくなってしまったが仕方がない。
先に湖畔に降りたリュシアンが手を伸ばしてくるので
その手を取れば身体は思いのほか強い力で引っ張られた。
そのまま抱きこまれた事に気がつくまで数秒。
「リュ、リュシアン。苦しいから!」
「ウィリディス、名前を教えたならちゃんと護れ」
言い聞かせるその声に反論しようにも身体が動かない。
護れって何?名前を教えてもらったけど護ってくれとは言ってないし!
何とか言えるように身体を動かし口を開きかけた瞬間目の前の光景に驚いた。
どうして膝をついてるの?
あ、リュシアンの前だから?魔王の前だし膝をついて待機ってやつ?
思わず見ていた光景に一瞬だけ護衛騎士と目があった。
何かを言いたげなその瞳に思い出す声。
「ごめんなさい。あなたが声を掛けてくれたのに私が手を入れたから」
リュシアンがウィリディスと会話をしている間に護衛騎士に話しかければ頭を上げて安堵の笑みを浮かべてくれた。
きっと心配していたのだろう。
誰だって護衛対象がいきなり水中に引き込まれれば焦らない訳がない。
それにリュシアン曰く湖に入れないように結界がはってあったから
飛び込むことも出来なかったのだろうし・・・。
申し訳なく思ったからこそリュシアンの腕を何とかすり抜けその護衛騎士の前で頭を下げた。
「マイ先輩様御守りできず申し訳ございません。ご無事で何よりでした」
「ありがとう。心配させてごめんなさい」
それ以上言えないぐらいに瞳が揺れているから思わずその手を取ってしまう。
私は大丈夫と伝える為に取った手に少し力を籠めれば相手も返してくれた。
良かった。
「カルステン・ディエンゴ・ルオターリア下がりなさい」
「はっ」
少しきつい声のシェアリリーに驚くもその声に従う護衛騎士の態度に上下関係を感じた。
もしかして上官はシェアリリーなのかも。
「申し訳ありませんでしたマイ先輩様。私の部下が尽くご迷惑をおかけしましてこのシェアリリーどうやって償えばよいか」
「まってシェアリリー、償うってなに?それにその剣いつの間に・・・って、手打ちとか考えてないよね?私ウィリディスと友達になれたし水中散歩なんて貴重な体験できたし凄く楽しかったの。だから、ね、お願いその剣をおさめて」
どうしてそんなに儚げ美人なのに剣を握る姿が凛々しいの!
見惚れそうなその姿に何気に鬼気迫るものを感じて剣を使えないように近くへと近づいてしまう。
流石に私が隣に居れば剣を振り上げたくても邪魔だろうし・・・。
シェアリリーもそうだけど見えない執事のヴィルヘルムの視線が痛い。
心配しましたってオーラで伝えてくる辺り流石です。
でも一応一通り私の無事を確認したら気配を本格的に消したから
きっと屋敷に戻ったのかっと一人納得する。
それにしても相変わらずリュシアンとウィリディスが言い合っている姿に
意思疎通が出来ている辺り深い仲なのだろうと思った所に二人の視線がこちらを見た。
「優衣先輩。俺とウィリディス、どちらを選びますか?」
「なにそれ」
いや、本当に何それだろう。
だってかたや魔王、かたやドラゴン。
どっちを選ぶと言われたらそれはもうどちらも空想幻想世界の方々なので
両方ご辞退させて下さいと言うしかない。
いくら異世界へと転生したとしても前世の記憶が常識を訴えてくるので仕方がないと思う。
だから記憶を白紙にしてくれれば良かったのに・・・。
「その考え、認めませんよ」
どうして判った!この魔王め!
「リュシアンは後輩。ウィリディスは後輩の友達。だから私はどちらとも縁があるみたい。それに二人とも同じ碧眼でとっても素敵よ」
笑って誤魔化せ。
まさにそれを地でやってのけ二人の隙をついた所に一つの音が小さく聞えた。
「・・・ランチにしない?」
「はい。ただ今ご用意いたします」
直ぐに行動に移してくれるシェアリリーにサポート体制で手伝う護衛騎士二人。
その姿に上下関係は上手く機能しているのだとつい老婆心で見つめてしまった。
「優衣先輩。俺の瞳好きですか?」
「好きよ。とてもきれいな碧だし」
見た目と思考のギャップの差をどうやって埋めるかとりあえずの課題が見つかった。
それにしてもどうしてリュシアンが嬉しそうにしているのかが判らない・・・。
先輩それって・・・無意識?