ストーカーは嫌いです
先輩苦労してたんです
長年の習慣と言うべきか時間が来ると目が覚める。
目覚まし時計をセットしているのに鳴る前に自然と目が覚めるのだ。
とりあえずベッドの上から手を伸ばし頭上のカーテンを開け、その流れで鳴る前の目覚まし時計を押す。
遮光カーテンは体内時計を狂わせると聞いたから普通に陽の光を薄らと映し出すカーテンにしていた。
白地にピンクの花柄。
晴れの日の日差しはとても気持ちが良く窓際にあるベッドにはカーテンを開ける事によって沢山の光が降り注ぐ。
布団を干す時間がない社会人にとってのなんちゃって布団干しと称して全開に開けて誤魔化していた。
小さいながらも夫婦で買った一軒家。
南向きのその家は陽射しがたっぷりと入り込む自分たちのお気に入りだった・・・。
「おはようございますマイ先輩様」
「・・・おはようございますシェアリリー」
それがどうだろう、今では目が覚めるとカーテンは開ける前から開けてあり
爽やかな陽の光と一緒に美しすぎる侍女のモーニングコールをいただいている。
幸せな事でありながら長年の習慣で頭上に伸ばす手が何とも間抜けな事この上ない。
前は手を伸ばせばカーテンが開けられたのに、
この部屋ではどれだけ伸ばしても届くことは無く結構な距離歩かなければ窓際にも行けない。
大体にして広すぎるこの寝室に一人で寝るには広々すぎる寝台にここが今までとは違う場所なのだと改めて思いなおすのが日課になっていた。
それでもまだ、この部屋は初めて目を覚ました場所よりかは大分小さい部類にはいるのだけれど・・・・・。
「今日も良い天気だね」
「お散歩日和ですね」
にこやかに言うシェアリリーに頷きベッドから起き上がる。
軽く伸び身体を動かして思う事は若いっていいなぁ・・・であった。
何せ最近の記憶は84歳でそれなりに身体はガタがきていたしここまでスムーズに動かすなんて本当に何十年ぶりか。
記憶として残る思い出が身体年齢に合わされてきているのか日々若返っている感覚に
複雑な思いを抱きつついまだに見慣れない今の私。
本日のお召し物でございます。と、見せられたドレスに姿見鏡。
「見慣れないわ・・・」
小さなため息とともに出る本音。
姿見鏡に映し出されている全くの別人にしか見えない現実。
一応面影らしきものは残っているがどう見ても様変わりしていた。
見た目年齢19歳ぐらい?
若返っただけならまだしも血の移行のせいか付加価値がついているらしく
何度確かめても別人にしか見えない。
84年も見慣れてきた容姿が若返っただけでも衝撃だけどこうもキラキラ度が増していると誰もあの頃の私だとは認めてくれないだろう。
とういか、私が認めないし。
リュシアンに負けない白さに正反対の黒を持つこの身はオセロかよっと思わず一人ツッコミしてしまった程。
天使の輪があるつやつやの黒髪にシミひとつない柔肌。
マツエクなんて必要のない長さを誇るまつ毛は綺麗なカールで上を向き、
その下に見える瞳は黒でありながら角度によっては紺青に見える不思議な色彩。
ベイビースキンを目指して日々下地が命!と厚塗りにならないように研究していたあの時を返して!
と言いたくもなる程に白いこの肌は奇跡の赤ちゃん肌と言っても良い。
その白さに反して血色の好い唇。
真っ赤ではなく桜色という色彩がまた憎い。
自然でそれかよ、羨ましい、と姿見鏡の私に呟いてしまう。
確かに優衣である私は死んだのだ。
ここに映っているのはマデュディデッド魔皇国での優衣でありマイであって、
優しい旦那と息子に娘を持っていた優衣ではないのだから・・・。
「やっぱり見慣れないわ・・・」
「今日のマイ先輩様も本当に素敵ですわ」
姿見鏡の私の後ろに映りこむシェアリリー、彼女の言葉に偽りはない。
「ありがとう」
だからこそ素直に礼を言えるのだ。
「せっかくの良い天気だし散歩に行きたいから動きやすい服がいいんだけど」
「散歩でございますか?私も連れて行ってくださいますよね?」
「いいの?」
「もちろんでございます。マイ先輩様が行くところにはシェアリリーも一緒でございますから」
返事を肯定ととったシェアリリーは嬉しそうに服を選びに出て行った。
本来なら服等は自分で選びたいと思っていたが、
初日にそれを言って見せてもらったクローゼットの中身に早々に降参をもうしでた。
有り得ない服の量であり、今までの生活スタイルとは180度違う事から選ぶことを断念。
これは絶対に英断だと私は思っている。
無理して選ぶよりその場その場で合せて選んでくれるシェアリリーの意見の方が絶対だろう思ったからこその降参にシェアリリーは快くスタイリストをかって出てくれた。
ある程度の意見を言えばそれに見合ったものを持ってきてくれるからそのまま袖を通す。
「どうですか?」
「うん。ありがとう、凄く動きやすい」
毎度着せられるドレスよりこういったラフな感じは大歓迎だ。
胸元は少し開き過ぎな気がするもコルセットなしのハイウエストなライトブルーのドレスはとても楽で着心地が良かった。
胸下のマリンブルーのリボンがアクセントになっていて女心をくすぐる一品。
それに合わせたブーツがまたまたいい味を出していた。
やっぱりシェアリリーに任せて大正解と私でありながら私に見えない姿見鏡の姿に微笑んだ。
可愛いものは可愛いし綺麗なものは綺麗なのである。
全くの別人と思えばそう誤魔化せる。うん。脳内変換って大事だな・・・。
「ねぇ、シェアリリー今日は私裏庭の方に行ってみたいんだけど大丈夫かな?」
朝食からしっかりと食べても肥えないこの身体。羨ましい!!
以前の私だったら直ぐに身になっていただろう・・・。
有難みを実感しつつしっかりがっつり頂きながら一応口の物を飲み込んでシェアリリーに言ってみた。
何処に行くにも何をするにも別に制限は設けられていないと言うわりに何気なく制限されていると思ったのはこの館に来て少しした時。
館内や庭園を散策するのは自由なのに、その先に行こうとするとやんわりと止められる。
館敷地内をすぎて本当の外へと行こうとすると何故か止められてしまうのだ。
門をでて街に行ってみたいが馬車らしき乗り物で通り過ぎる事しかしていない。
最初の頃は気がつかなかったけど徐々に感じる違和感にどこまでは平気なのかを
それとなく言ってみる事で折り合いをつけていた。
今までとは違う異世界でいろいろ見てみたいと思うのは自然の摂理だと思うのだが
中々そうも行かないのが現実。
「裏庭でございますか?でしたらお昼はそちらで取りましょう!」
勝手に考えた散歩プランはどうやら大丈夫なようでシェアリリーからダメ出しは出なかった。
「ヴィルヘルム、行ってきます!」
もちろん姿は見えないが、私にだけは見える執事に手を振り出発した。
手荷物は無い。
お昼をそこで、と言うからてっきりお弁当でも持っていくのかと思えば簡単に言われてしまった。
「移転で飛ばせますので出来立てをご用意できますよ」
微笑みと一緒に言われた事にスマイルゼロエンが何故か急に思い浮かぶ。
便利な世界だ。
「窓からは見えていたけどこうやって歩くと本当に立派な大木が多いんだね」
さくさく歩いていながらも周りの景色を楽しんでいた。
見る景色全てが元いた世界とは大違いかと思いきやそうでもない事に安堵を覚え、
外気に触れる気持ちよさに声は弾んでしまう。
前庭はとても綺麗に整えられているが裏庭は自然が残された感じに
散歩道が出来ていて本当に気持ちがいい。
森林浴を楽しみつつ道すがら歩いて居る途中何かに足を取られ躓いた。
その時、咄嗟に何かの気配が動いたのが判ったから声は変わらずつい漏れてしまう。
「こうやって歩くのは好きだけどストーカー行為は嫌いだなぁ」
「・・・申し訳ございませんマイ先輩様」
「シェアリリーが謝らないで。どうせあいつでしょ・・・」
館内の中にストーカーは居ない。
でも一度外に出ると気配を感じる。
つかず離れず着いてくるその気配に嫌悪は感じないがご苦労さまと言ってあげたくはなる。
別に着いてくるのは構わないから堂々と横に並んで一緒に歩いてくれればいいのに・・・。
「ねぇ、お願い。どうせ着いてくるのなら姿を見せて一緒に歩いてくれないかな」
こう見えて気配に敏感なんですごめんなさい。
生前、余りにもモテすぎる後輩に懐かれたせいでどれだけ痛烈な嫌がらせを受けたか数え切れず
背後の気配には敏感になってしまったんです。
女の嫉妬は恐ろしく、まったくの無関係ただの先輩後輩というだけなのに、
更には既婚者なのに嫌がらせを受けた私は本当に被害者の一言につきると思う。
一応家族の身に何か害が及ぶことがなかったから許しては居たけど
会社周辺での嫌がらせが尋常じゃなく週末まで気配を探りながら生活していた懐かしき過去。
だからかどうしても背後に立たれるとイラつきを覚えてしまう。
それでもその相手を探そうとしなかったのはこうやって私に何かがありそうな時に咄嗟に護ろうと動いてくれるから・・・。
だからこそ、ご苦労様です。と、言ってあげたい。
「ねぇ、もしかして彼等達も姿を見せない護衛とか?」
ヴィルヘルムの件もあるし一応シェアリリーに確認すると、驚いた顔で言われてしまった。
「彼等ってマイ先輩様人数も把握なさっているんですか?」
「ただの散歩に3人は多いと思うけど2人は私たちの後ろ、一人は上空よね?」
ほらっと指を指す方向に太陽に隠れて飛竜が飛んでいる。
光の加減でその姿を見せないように飛ぶなんてなんてお利口なのかと実は感心していたのだ。
初めて飛竜を見た時、本当にここは異世界なんだと思ったものだが余りにもそのつぶらな瞳が可愛くてすっかり虜になってしまった。
デミシアに言わせるとつぶらな瞳発言をしたのは自分が生きている中で私が初めてって言ってたけどまぁ気にしない。
「・・・・姿をお見せなさい」
「シェアリリー?」
今度は私が驚く番か?シェアリリーの纏う空気が凛とした事に驚いていると、気配が2つ増えていた。
はっきりと増えたと言える程の気配で姿を現したのは王城内で見たことがある格好の騎士さん。
本当に護衛だったんだ・・・等と思いながら姿を見せてくれたことに会釈した。
「そのまま一緒に歩きましょ。敵じゃないなら姿を見せてくれていた方が安心するから。いつもありがとうございます」
姿を見せずに護衛するのが目的だと言う事は重々承知しているが、私的には姿を見せて護衛してくれた方が正直有り難い。
だから散歩に誘ってみたら喜んで着いてきてくれた。
「護衛が嫌だとかじゃないの、なぜ護衛を付けなければいけないのか理由を聞きたいわね。私は散歩に出ただけなのだから」
これは私の独り言。
その独り言を聞きとって顔色を変えた相手に散歩のお土産に花でも摘んでいこうかな。