姿を見せない執事
色々とこの国の話を聞いていて判った事がある。デミシアが話す単語の一つ一つが頭の中にすんなりと入り景色までもが見えてくる。東西南北を治める王達の顔もその国土も見たこともないのに浮かぶ光景はきっと後輩が見て来たものなのだろう。
エウゲンが言っていた『環境や知識は自然と身に付きます』がこの事なのか?
「この花、見た事ないのに知ってるの・・・なんか不思議な感じね。そうだ、二人に聞きたいことがあったの」
「なんでございましょう」
ここも王城の一部と言う事で中央から大分外れた場所に何とか拠点を作ってもらい小さな館を戴いた。私からすれば大豪邸と言いたいのに、エウゲンさんやシェアリリーがこんな小さい場所に先輩様を!!と大分抵抗されたが結果的には後輩をひと睨みで勝ち取った。
私一人で大丈夫と言っているのに一緒になって着いてきてくれたシェアリリーには感謝しかない。私と普通に話をしてくれる存在はとても貴重だったから嬉しさに笑みが零れた。
「あのね、こんな事聞くと正直に話してくれなさそうなんだけど・・・。私って」
「はい」
怖い?その台詞を言うのは結構勇気がいる。自分で自覚しているからこその言葉に言いたくない思いと聞かなきゃいけないと言う気持ちがあった。
別に敢えて聞く必要もないのだが周りの態度が示す事にはっきりとさせたいと話を続ける。
「私って、やっぱり見た目怖いのかな?」
この屋敷に来たとき出迎えてくれた使用人と仲良くなろうと話しかけるも誰もそれに応えてはくれない。それどころか姿を見せるようなことがない様にとても静かにそして完璧に屋敷の中の事をしてくれていた。
シェアリリーが身の回りの事をしてくれるから最初は気がつかなかったがやはり違和感だけが溜まっていく。
「見た目が怖い等と言う事は一切ありません。有り得ません」
「先輩様が怖い等と思うこと自体が愚かであり存在自体が無駄でございます」
可愛い笑顔でさらっと怖い事を言うデミシアに聞いた自分が馬鹿でしたと思わず言いたくなる目を向ければ微笑まれてしまった。
「あ、ありがとう。怖くないって言われると凄く嬉しい。昔から無駄に怖がられていたからこちらの世界でもそうだったら嫌だなぁってちょっと思っただけなの。それにほらここに居る皆が姿を見せてくれないから嫌われてるのかなって・・・」
最後の方が少しずつ小さくなってしまい聞えないぐらいの呟きだったのにシェアリリーが一度手を叩き納得したように満面の笑みをくれた。デミシアといいシェアリリーといいどうしてこんなに笑顔が素敵なのか本当に目の保養だ。
「その事でございましたらまったくの逆でございます。先輩様のお姿を見てしまうと仕事にならないと皆陰ながらそっとそのお姿を見させていただいてるんですよ」
にっこりと笑みのまま言われてもそんなストーカー的な発言は喜んでいいのかとても複雑で、なぜ私を見ると仕事にならないのかも不思議で仕方がない。
「見えるだけで怖いの?」
「いいえ違います!見えるだけで喜びなんです。その魔気を感じられるだけで本当に魅了されてしまうんです。間近でなんてとてもとても、私やデミシアでさえやっとこうして先輩様と対でお話しできるぐらいなんです。私たち以下の者達には酔ってしまうぐらいの魔気でございます」
「酔うだけならマシですね。それ以上と言う程の魔気でございます」
魔気がどう言うものかいまいち理解していないから別の方向で考えるとそれは香りで酔うに近いのだろうか?きつい香水に酔った、みたいな感じ??
思わず自分の匂いを嗅いでしまう。
「私もしかして迷惑かけてる?自分の事は一通りできるから匂いが苦しい人達には無理をさせないであげて欲しいの・・・」
魔気と言われても私には判らないし、判る人には辛いのであれば無理はしないで欲しい。ただそれだけを伝えようと思ったのだが上手く伝わらなかったのかシェアリリーとデミシアが顔色を無くしてしまった。
そして何故だか少しだけ肌寒く感じる。
「ねぇ、二人ともどうしたの?なんだかこの部屋寒くない?気のせい?」
煮詰まった会議室の様な空気が流れどうにか溶かそうと話しかけるも二人は動かない。
そんな時、思いがけずに第三者の声がした。
「お気になさらずお過ごしください。マイ・マスター」
「・・・マイ・マスター?」
聞きなれない呼びかけに声のする方を見るも何も見えない。部屋の中には三人?私とシェアリリーとデミシア。他に姿は見えないのに、確かにそこに居る。気がする。
「珍しいですね話すなんて」
「えぇ、本当に。どういう風の吹き回しですかヴィルヘルム」
何となく緊張した言い方の二人にどうしたのかと視線を送るも首を小さく横に振る。
大丈夫と言っているようなのだが決して和やかなそれではない。
「ヴィルヘルム」
初めて聞いた名前を真似するように一度口にする。
「はい、マイ・マスター」
とても近くから声がした。
優しげに呼ぶマスターの響きに悪い人ではないと何となく思う。だから少しだけその姿を探す素振りを見せるとデミシアが説明するかのように口を開いた。
「姿を見せない執事でございます」
「姿を見せない執事?・・・シェアリリーが最初に教えてくれた人よね?この館付きの執事さんの事?」
初めての紹介が『姿を見せない執事』と言われ周りもみなそのように呼ぶからそれが名前なのかと思っていた。でも、ちゃんとした名前があると判って嬉しくなる。お世話になっている館の執事なのだから挨拶ぐらいはしたかった。でも名前の通り姿を見せないので今日が初めての接点。
二人はいまだに硬い顔付きだが名前がわかった嬉しさでつい思っていた事を言ってしまう。
「ヴィルヘルムさんいつもありがとうございます。他の方々にも私がとても感謝していると伝えてもらえますか?」
「有り難きお言葉でございます。マイ・マスターがこの館に居て下さることが我々の誇りであり喜びでございます」
それでも姿を見せないのだから見せないではなく見えないのでは?と思い声のした方をみつめると空気の流れが判った。
何となくあと少しでその輪郭ぐらいは判るかも・・・そう思った時突然遮る物体。
「ダメだよ先輩、そんなに見つめたらヴィルヘルムが消滅する。それに俺以外そんなに見つめたら駄目だよ先輩」
最初の先輩と最後の先輩には何か異なった意味合いが含まれている様な気もするがとりあえず無視。見つめるも何も姿が見えないのだからヴィルヘルムを見つめているとは限らないのに・・・。
空気の流れで誰かが居る様に感じたからもしかしたらもう少しで見えるのかも等と思った矢先の後輩の出現に少しだけ眉が寄ってしまう。
「その神出鬼没どうにかしてくれない?」
「ヴィルヘルムに自ら会話させるなんて流石ですね先輩」
「どういう意味よ。別に会話ぐらい誰だってするでしょ」
「姿を見せない執事。それは存在を消すのが役目であって存在を知らすなんて有り得ないんですよ」
「・・・存在を知らせたらいけなかったって事?」
だからシェアリリーとデミシアが硬い表情だったの?でも硬いと言うより怯えを微かに含んでいたように見えたのは相手が禁を破ったから?
なんだか真面目な雰囲気の後輩にちょっとだけドキドキする。決して恋心ではなく魔王という立場を感じさせるその姿に身構えれば・・・。
「見える執事をゲットだぜ?って感じですかね」
「お前はサトシか!って、どういう意味よ」
たぶん、いや絶対私と後輩にしか判らない日本で有名だったアニメの台詞に思わず乗ってしまうも仕切り直しを測り問いかける。
つい吊られてしまったが本当にこいつは魔王なのかと疑ってしまう。さっきは魔王様のようだと思えていたのに。
「姿を見せない執事を先輩が自分専用執事にしたって事ですよ。まったくどうしてヴィルヘルムなんかに好かれますかね・・・。有能だから館付きにしただけで先輩付きにするつもりはなかったのに先輩少しは眼力控えてくださいよ。先輩がヴィルヘルムを誘惑するから侍女と先生を亡くすところだったんですよ?」
「眼力ってなによ、私は何もしてないでしょうが。だいたいなんでシェアリリーとデミシアが居なくなるの?」
何故かこの後輩とは変な意味で会話が進む。しっかりと目を見て話せることも大事だが古くからの知り合いと言う言い知れない思いがあるのかもしれない。この世界に連れて来た張本人であってかつての後輩でこの世界の魔王様で繋がる記憶を持っているからこその感情が確かにあった。
「その二人がヴィルヘルムを怒らせた、とでも申しましょうか」
「怒らせた?」
やはり後輩の通訳係は宰相様に限りますって事で早速通訳をかって出てくれたエウゲン。
「不用意な発言で先輩様を不安な気持ちにさせました。それがこの館で心穏やかにお過ごしして頂こうと努めている執事であるヴィルヘルムの怒りをかったのです。ましてや先輩様をマイ・マスターと呼ぶ事で既にヴィルヘルムは館付きと言うよりも先輩様付きであると自己主張しておりますし。そのような状態で自分の主を害するものが居たら所構わず攻撃しかねないのがヴィルヘルムでございます」
いやちょっとまって・・・。所構わずはまずいでしょう?
じゃなくて、私の知らない所でそんな事が起こっていたなんて・・・。どうしてそこまで気がつかなかったんだ。ただちょっと部屋が寒くなったなぁなんて思っていた時、既に臨戦態勢だったなんて。
後輩が現れた事によってその臨戦態勢が一応解除されたのはシェアリリーとデミシアを見れば良く判るから、きっと今回の出現は褒めてあげるべきなんだろう。
二人を亡くすのは困るし、館の執事さんを無くすのはとても困る。
「あの、ごめんなさい。わたしがいまいち理解してないからきっと誤解しただけなんだと思うの。だから二人を怒らないでください」
姿を見せない執事だからこそここだと思う場所を見て言うもその場所は私の直ぐ後ろ。本当にこんな近くに居るかと思うが、何故かそこにヴィルヘルムが立っていると思った。
目の前には後輩が立っているし後ろから微かに気配を感じたから。
「仰せのままに」
その言葉と一緒に一瞬だけ見えたそれ。
「イケメン執事ゲットだぜ」
思わず言ってしまった。
先輩の周りを固めていきます