私の名前は先輩?
どうしてこうなった?何がいけなかった?あの時もう少し粘って死ななければこんな所に来なくてもよかった?いや待てどっちにしたってこいつは絶対に迎えに来ただろう。
やっぱりお菓子が原因か・・・。
あの日あの時あの瞬間お菓子をあげなければここまで懐かれることはなかったのだろうか。すべてはもう後の祭りだと判っていても自分の思い通りにならない今にいら立ちは募る。
「先輩様、お茶のお替りはいかがですか?」
佇まいからして優雅な彼女は何とも儚げ美人な私専用侍女様でお名前もまたお似合いなシェアリリー・ロメルカ・オウザヘル。覚えるために何度でも。
魔皇国でも上位に入る貴族のご息女様だと紹介を受けた。私専用の侍女ってなんだ!?と言わせてくれる隙もなく突如現れた私の事を先輩様と優しく呼んでは現実逃避していた意識を戻らせてくれる。
「あ、いただきます」
条件反射のように返事を返し思わず彼女の手の動きを眺めていた。素敵なティーカップに注がれる琥珀色の液体湯気が優しく立ち上る様子に少しだけ癒される。
絶対これを現実逃避だと言うのだろうな・・・。判っていながらも後輩の癖に、いや、助けを求めた相手が悪かったと言うべきかこの国の宰相と名乗ったエウゲン・リヒャルドネオ・シェルゲン難癖もありそうな御仁のせいでまんまと侍女持ちにされてしまった。
揚句、王城に部屋を用意してあるだのそこには更に私付き侍女とメイドを用意してあるだのと言われてしまえば思わず後輩に鋭い視線を向けるのも仕方ないと思う。
「少しお疲れになりましたか?」
「ううん、大丈夫です。疲れたっていうかどうしてこうなったって考えちゃって。色々教えてもらうのはありがたいんでそのまま続けてください」
お茶を飲みながらの勉強会に付き合ってくれる教師役デミシア、見た目年齢8歳ぐらいの少年だが実際年齢8888歳と言うから驚いた。でも8って言う所が合っているのにちょっとだけ嬉しくなる。この国の平均寿命があるのかと聞いてみたら寿命ってなんですか?とまさかの逆質問。流石に魔界。死と言う概念がない。死に一番近い言葉が消滅って聞いて死よりも怖いと思ってしまう。死して尚、悪霊となりなんて話はまずない、消滅は消滅全ての存在が消え去り何も残らない。
その点骨が残る死は思い出の品と言ってもいいのかな・・・。
「では、続けさせていただきます。・・・この中央と呼ばれている場所はまさに東西南北の全てに掛かる位置に有り絶対不可侵領域に定められています。別名センパイ条約です。・・・大丈夫でございますか?・・・この無秩序と一見思われている魔界に魔秩序を設け実行に移した実力者がリュシアン様でございます。魔力がモノを言う、これは絶対秩序でありますがそれだけでは意味をなさないことを東西南北を治める王達に骨の髄まで叩き込みセンパイ条約が完成しました」
「・・・センパイ?条約?」
「えぇ、それはもう素晴らしい条約でございます。センパイ条約第一条・・・・」
ごめんなさい、何を言われているか頭に入ってきません。熱く熱く語ってくれるデミシアには申し訳なく思うも、初めて聞いたセンパイ条約の言葉にせっかくいれてもらったお茶を見事に吹いてしまった。すかさずハンカチの様な滑らかな物で口元を拭いてくれる侍女シェアリリーに目配せすれば微笑みが返される。
目の保養だなぁ・・・。
「す、すいませんシェアリリーさん自分で拭きますから」
「シェアリリー、でございます。先輩様が敬称などお使いにならないでください。シェアでもリリーでもお好きにお呼び下さいませね」
「あの私、先輩って名前・・・」
「「先輩様でございます。先輩様は先輩様であって他の何魔物ではございません。まさに不可侵領域、流石でございます、わ!」」
何者が何魔物って所が魔界なんだろう、魔界云々はもういい、東西南北も取り敢えずいい、シェアでもリリーでもいいと言うならリリーにしようか?なぜ好きに呼んで良いと言ってくれるのに私の名前が先輩なんだ!これでもちゃんと優衣と言う名前があるんだぞ!
ちなみにユイではないマイだ。一度たりとも読まれた事はないが親の愛たっぷり、これは自分が子供を持った時名前付の瞬間にわかった事実。だからこそこの名前は私のお気に入りでそれなのに誰も呼んでくれない。二人揃って先輩を強調するなんてちょっと悲しい。
「先輩、ほうじ茶美味しいですか?」
「えぇ、おかげさまで・・・でたな諸悪の根源。どのツラ下げて私の前にあらわれた?ここは私の家で勝手に入ってくるんじゃないと最初に決めたでしょ。それに普通玄関から入ってくる物をどうしていきなり現れるかな。・・・まぁ、いいわ。ちょうど聞きたいことがあったのそこに座ってくれるかな」
「もちろん喜んで」
笑顔で言うな。なんて言うんだろう絵画?凄く見応えのある美しい絵を見ているような錯覚、ただ椅子に座って卒なく置かれたお茶を飲んでいるだけだと言うのに。
私の怒りがわかっているのに涼しげな表情で豪華なティーカップに注がれたほうじ茶風味を飲んでいる。絶対紅茶だろうと思って口をつけた物がほうじ茶だった時は驚いたが一々驚いていたら魔界では生きていけない。何せこの男が魔王様なのだから。
その魔王がこの魔皇国で絶対唯一と一生懸命語っていてくれたデミシアが動かない。それもカップを持ったまま・・・。
「えっと、あの、デミシア?大丈夫?元の顔色以上に顔色が優れないような」
ブルーマンもビックリな肌色に氷の彫刻のように固まっている姿に声を掛けるも返答はない。この後輩が隣に座った瞬間凍りつくなんて思いもせず座りなさいと言った自分が馬鹿だった。
「リュシアン様と先輩様が揃うと素晴らしい魔気でございますね。流石に私でも息苦しく思うのですからデミシアには溺れる程でしょう」
「え?そうなんですか?ちょっと、瑠どきなさいよ。デミシア先生辛い見たい。せっかくこの環境でも教えてくれる貴重な存在なんだから・・・」
「それはまさに先輩様のことでございます」
貴重な存在の所で一緒に来たエウゲンさんが即効突っ込み、後ろで控えているシェアリリーまでもが頷いている。
何度も言うが私は普通。中央の外れに居を構え日々自活するために生活力を磨いているはず?