仕事しながら食べなさい(その後)
目を通しサインをすれば消えていく書類の中、いくらサインしても減らない束に黙々と動かしていた手もついに止まった。
それを見計らったように声を掛けてきたのはエウゲンで思い出したように口を開く。
「リュシアン様、そろそろお食事の方をお取りください」
先輩に逃げられてからその後ずっとこの部屋に籠っているが確かに今は夕飯時なのだろう。
食べなくても問題ないが毎食用意される食事をとりあえず口にするのが習慣になっているから軽く頷いた。
どうせ食べるなら先輩を最後まで食べてしまいたかった・・・。
対して興味がない食事に時間を取ると言うより気分転換で場所を変えようと思ったが、
席を立つ前に聞こえてきた声に動きを止める。
「仕事は休むな、サボったぶん働け後輩」
棒読みと言わず何というべきか余りに抑揚のない声で言われると一瞬何を言われたのか理解できない。
だが言われた単語に引っかかる。
「お前がこっちに来るなんて先輩はどうした」
案に先輩の側を離れたことを非難すれば意味深な笑みを浮かべて口にする。
「残すなら持って帰る」
そう言って突如目の前に置かれた料理に絶句するしかなかった・・・。
「・・・・―――――――これ、先輩が作ったのか?」
何処か懐かしく温かい光景に思い出す記憶の数にこの料理を振るまってくれた先輩の姿を思い出す。
今とは全く違う世界で作ってくれた大好物な料理。
ランチのお弁当に必ず入っていた玉子焼きをいつも貰って居た事を思い出す。
まさかまたこれを食べれるなんて・・・。
「これはこれは、ではあちらの料理は下げさせましょう」
僅かに声が上がったのは気のせいではないだろう。エウゲン自身が先輩の料理を狙っているついでに、
「おっ美味そうだな!」
扉の修理で側に居たアイザックが目ざとく寄ってくる。
なんてタイミングの良さだと言いたくなるが誰にもやるつもりなど・・・・。
『4個で良いか?ちょっと待った・・・う~ん、ま、いいか。たぶんエウゲンさんも居るだろうし』
ない。と、言う前に見せられる先輩の映像にエウゲンとアイザックの目が輝いた。
見間違いなど無く。
「先輩様は私の分も考えて下さったんですね。なんてお優しい先輩様だろう」
「エウゲンの分があるって事は俺も良いって事だよな?」
誰も良いなどと一言も言っていないのに、すぐさま伸びる手に留めの一言が付きつけられた。
『片手で食べられるからこれなら働きながらも頂けるでしょ?仕事は休むな、サボったぶん働け後輩。あ、ちゃんと手は洗ってからね』
伸びた手がぴたりと止まった。
笑顔と一緒に言われたはずだが急いで手を清め思わず拝む先輩の映像。
「いただきます」
玉子焼きを貰う時いつも言っていた台詞が自然と出てくる。
その後に真似するように同じことを言ってエウゲンとアイザックが手を合せ口にした。
先輩が作ったものを他の奴に渡すのは腹ただしいがこうやって映像を見せられ独り占めしたとバレた時を思い浮かべば渋々手を出すことを許すしかない。
他の二人には見えなくともしっかりと見えるヴィルヘルムの口元が笑って居る事にこれがあいつの嫌がらせだと理解した。
「美味い!!なんだこれ本当に美味いぞ!!!」
「これがリュシアン様が言っていた玉子焼きというヤツですね。以前食べた物とは全く違って先輩様の玉子焼きは絶品ですね」
お握り片手にアイザックが叫び、玉子焼きに感動しながらエウゲンが言う。
きっとこの光景をこの面子以外で見たのなら自分の目を疑うのだろう。
氷の宰相、炎の近衛隊長、絶対的魔王と言われている者達が嬉々として食事を取り合っている光景などもしかしたら見ただけで消滅してしまうのかも知れない。
そんな光景を暫し見て残りそうもないと判断したヴィルヘルムが姿を消したのは魔王その人しか知る由は無かった。
戻ってきた見えない執事にその話を聞いて笑みを見せる先輩様の姿はその場にいたシェアリリーと報告をしたヴィルヘルムだけの役得だった。
「喜んでくれたなら良かった」
誰に言う出も無い呟きに聞こえる訳がない声が届いたことは言うまでもない・・・。
「「ご馳走様でした」」
夜の帳が下り切った深夜、音も無く現れそっと近寄る一つの人影。
「・・・ちゃんと・・冷やしたの?」
「えぇ、冷やしましたよ。優衣先輩、ご馳走様でした」
「どう・・いたしまして・・」
そっと触れる頬に指を滑らせ本当に小さく囁くその声に寝ぼけながらも返事を返してくれる。一度触れた指先だけで相手が誰かが判ったのか警戒することもなく労わりの言葉を述べるそんな姿に自然と口元には笑みが浮かんでしまう。
「やっぱり先輩には叶わない・・・」
完全降伏を宣言出来るほどには認められる存在に何故か感情が揺れ動く。
この存在が今ここにある。
それがどれ程の事であるか・・・。待ち続けた年月に望み続けた存在に溢れる何かを抑え込むのがこれ程大変だったとは今更ながらに自覚した。
「絶対に手放せない」
静まり返るこの館に降り注ぐ月光というヴェールが力を増した・・・。
「も・・う、ねな・・さい」
意識など無いのに無意識で動くそのか細い腕が持ち上がり、更にはポンポンと軽くたたくその場所に迷うことなど何もなかった。
きっと本人は無意識下の行動で何も覚えては居ないだろう。それでも嬉しくなって潜り込むのはこのマデュディデッド魔皇国の魔王と言われている自分。
「おやすみ・・・」
最後の呟きが生前先輩が飼っていた犬の名前だとしても・・・別に気にしない。
リハビリ執筆です。先輩完璧寝ぼけてますね!