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Liminality

幻覚の実験

作者: 小鳥遊

「ことに日本におけるこの信仰は古くから今日まで時代時代に依ってあるいは現れ、あるいは潜むことはあるけれども、とにかく存続し来たったので、今後も永遠に存在すべきものである」


                        柳田國男著『幽冥談』より抜粋



 天使の輪を見たことがある。


 仔細は一切忘れてしまった。何分、幼い頃の記憶である。

 ただ、実家の近所の小山を独りで歩いていた時の体験であったと覚えている。

 迷子になってしまったのか、それとも母に怒られでもしたのか。どちらも今となっては曖昧だが、兎に角、その時自分はわんわんと泣いていた。

 歩く内に林の中に入ってしまい、方角も判らないまま高い木々の間を暫く進んだ。踏みしめた落ち葉の柔らかさと湿った土と木の匂いは、何故だかはっきりと思い出せる。時間は夕方頃だったか。空は仄かに赤くなり始めていた。

 脚を動かし続けて、結構な時間が過ぎたと思う。自分はやがて、しゃがみ込んでしまった。子供の足であるから、そう遠い距離を進んだ訳ではなかったと思う。しかしその時は強い不安と疲れも相まって、動くことが出来なくなってしまったのだ。


 ふと、妙な音が聞こえてくるのに気づいた。

 どうやらその音は頭上から響いていた。しゃりしゃりと、たくさんのビーズ球を両手のひらの間で擦り合わせるような軽い音だ。

 泣くのも忘れて空を見上げてみた。

 そして、木々の間に垣間見える夕焼け空に、見たのだ。

 天使の輪の如く円を結ぶ、鮮やかな虹を。


 この出来事を思い出したのは最近のことで、暇に飽かして調べてみた。するとどうやら自分が見たのは『ブロッケンの虹』という現象に近いことが判った。

 日光などが差し込んで影を作るとき、影の側にある霧や雲によって光が散乱する。そうして、虹色の光の帯が輪を描くのだ。それが『ブロッケンの虹』現象だという。日本では御来光と呼ぶこともあるらしい。虹の輪を背負った仏の姿を、昔の人々は見出したのだ。

 成る程、確かにあの体験は神か何かの存在を感じさせるような、そういう神秘性にあふれていた。幼い自分が即座に天使の輪を連想したのも頷ける。

 さて、ではあの虹の輪は本当にブロッケンのそれだったのか。否、とも是とも言い難いのが現状である。現象についての説明と照らし合わせても、色々と合致しない所が在ったからだ。

 まず光源の位置。天使の輪を見た時、日は傾いていた。輪は、しかし、自分の頭の上に浮かんでいた。あれがブロッケンの虹であったのであれば、光源である太陽もまた、頭上に在ったはずではないか。次に音だ。『しゃりしゃり』というあの音は一体どこから聞こえていたのか。そもそもブロッケンのそれは、音を伴う物理現象ではないらしい。

 色々と文献を引いてみたものの、自分が体験した光景を説明したものは一切無かった。

 

 なにせ曖昧な記憶な上、子供の目で見たモノであるからして、どうにも処置に困る話になった事をお詫びしたい。


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