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46Memory:011-5

 なぜ追撃をかけてこないのか? 僕はもはや満身創痍だ。左半身が動かず、走ることすらままならない。だが、Zoaは僕のことを見ているばかりだ。その間に僕の意識は回復し、ヤツの姿を見据られる。右手の銃で狙いを定め、反撃することだってできる。その可能性を考えれば、ヤツは追い討ちをかけるべきだったのだ。

 相手が何を考えているのか分からない。一体何のためにここにいるんだ? ただ勝つだけならば、とっくに勝負はついていた。僕を奇襲する機会は幾度となくあった。常識はずれの能力を使えば、簡単にケリをつけられた。

 Zoaはそれをしなかった。わざと僕につけ入る隙をあたえ、泳がせていた。こちらが反撃に転じようとした矢先、隠していた牙をむいて喰らいついてきた。そして絶対的に優位な立場にいながら、いまだに止めを刺そうとしない。

 ヤツが憎い。Mp7のグリップが、鈍い悲鳴をあげる。相手を蔑ろにし、上から見下したような態度が気に入らない。いや、目の前の相手すら眼中にないのかもしれない。他の連中には全力で挑み、反撃の隙すらあたえずにキルした。瞬殺だ。僕の時は違う。銃口を突きつけて獲物を追いたて、たっぷりと狩りを堪能している。

 僕のことなど、いつでも消せるんだと言わんばかりの仕打ちだ。はじめから僕の誇りを踏みにじり、物笑いの種にするためだけに対戦してきたのではないか? 

 ヤツの顔は隠されている。言葉を発することもない。決してこちらに感情を見せようとしない。その態度が、火に油を注いでいる。僕の心に満たされた憎悪が、激しく燃えあがる。


「何故だ! 何でそんなふざけた真似ができるんだ!」


 得物の引き金を引き絞ろうとする。だがその前に、Zoaの銃弾がゴーグルにめり込んだ。バチバチと音をたてながら、僕の魔法が消えていく。損傷を受けた装備は、この戦いの間に使用できなくなる。肉眼ではヤツの姿を捉えられない。僕は唯一の光を失った。

 激情のままに銃を乱射する。Zoaがいた場所に穴があき、火花を激しく散らす。頭ではそんなことに意味はないと分かっていた。ヤツならば簡単に避けられる。現に手応えは感じないし、Mp7は弾切れをおこした。敵を目の前におきながら、決定的な隙を晒してしまう。

 僕の頭の中は、ヤツに対する怒りに満ち溢れていた。静かに佇むフジの山が噴火した時のように、冷静な僕をマグマが侵食していく。積み上げてきた美しい麓を覆いつくし、何もかもを飲み込んでいく。自分でもおさえることができない。何もできないまま弄ばれている自分と、元凶であるZoaが許せない。もはや残り時間は60秒もない。何がなんでもヤツを始末しなければならない。

 素早くリロードをおこなう必要がある。空のマガジンを取り外そうとして、できなかった。右腕が動かない。圧迫されていた。何か固いものに掴まれている。その部分がダメージ判定によって赤く染まっていく。現実ならば、とっくに腕がへし折れているほどの力だ。痛覚はないが、吐き気がこみあげてくる。想定されていない攻撃によって、脳に強いショックが加わっていた。銃で撃たれるときの数倍以上の負担が、脳にかかっている感じだ。

 ヤツが目の前にいる。姿を消したまま、あろうことか僕の真正面に立っている。今度は首を掴まれた。ギリギリと音を立て、体がじょじょに浮き上がる。息ができない。意識がとびそうになるが、なんとか堪える。武器を使わずに終わらせるつもりらしい。もはや両手は感覚を失い、足をばたつかせることしかできない。そのたびに、何か固いものが当たる感触がする。そびえたつ巨木のようにビクともせず、生気も感じられなかった。

 

 今思えば、徹頭徹尾とてつもない戦いだった。相手の持ち駒が、ルールを無視して縦横無尽に暴れまわる。理不尽どころの話ではない。ルールが歪められ、盤上の外で試合が行われるようなものだ。秩序のかけらもなく、正道が邪道によって蹂躙された。

 真に強いのはこちらのはずだ。正しい志を持ち、イノヴェーションに定められたルールの下で勝負を行った。それにまちがいなどあるはずがない。

 だから僕はZoaを認めない。敗北するだけならまだいい。だがヤツはイレギュラーな装備によって僕を陥れ、あまつさえ恥をかかせた。このような戦いがあってはならない。まともにやりあえれば、勝利の女神はこちらに微笑んでいた。


「僕は、かならずお前を殺す」


 リベンジを誓う。必死に搾りだしたその声は、むなしく闇へと消えていく。Zoaは何も応えない。ただ僕の息の根を止めようとしている。

 まやかしでは無いと分かっている。しかし今でも疑問に思う。これは夢ではないのか、僕が惨めに負けることなどありうるのか。信じがたい。だがこうしてキルされかけている以上、これは実際に起きていることだ。

 最後まで、Zoaは影も形も見せずに戦った。体も、そして心も透明だった。僕の干渉をいっさい受け流し、戦場の中に溶け込んでいた。とても一介のプレイヤーとは思えない。もっと別の大きいチカラと戦っていたような気がする。漠然と感じただけで、その正体が何かは分からない。答えを知るためには、Zoaを倒して見極める必要がある。

 どれほど時間が掛かろうとかまわない。僕はZoaを葬り去る。たとえこの戦いが、Zoaの不正によって無効になろうが関係ない。持てる力を全て出しつくし、今度こそ勝利をおさめ、僕以上の屈辱を味わわせる。二度と嘲笑えないように、顔を剥いで鉛弾をたっぷりブチ込んでやる。

 

 その時だった。視界がだんだん真っ赤に染まっていく。死んだわけではない。目の前の空間から、人の形をした何かが現れたのだ。

 恐るべき姿だ。全身が血の色をしたプロテクターに覆われている。丸みを帯びた装甲はどこか生物的で、凶暴な爬虫類のようだ。ヘルメットの目にあたる部分が水色に輝く。左側にはカメレオンの目のようなものが装着されている。丸いレンズがギョロギョロとうごめく。体の表面には、いたるところに目と同じ色のラインがはしっていた。まるで血管のように、禍々しい光を張り巡らせている。

 生身の部分がまったく見えない。鎧をまとった騎士のごとく、人間らしさを冷たく覆い隠していた。僕たちの知る世界とは別次元の存在。イノヴェーションのプレイヤーを倒し、ルールを侵すモノ。インベーダー、という言葉が頭に浮かんだ。


「誰だ? お前は一体どこの誰なんだ……」


 必死で手を伸ばそうとする。もう動かないとは分かっていても、止めない。目前に出てきた敵を決して離したくない。確かな存在として掴んでいたかった。

 視界がまっくらになる。もう体が動かない。何も考えられない。戦いは終わった。敗北した。 


 そして僕は闇に堕ちた。



 グラスは真っ黒に染まり、やがて溶けてなくなった。あとに残ったのは、ぐつぐつと煮えたぎる憎悪そのものだった。




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