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46Memory:011-3

 これはまずいと直感した。すぐにでも相手の攻撃範囲外に逃れる必要がある。ヤツが一方的に攻撃できる状況にある以上、この場に留まるのは危険だ。

 敵がいると思われる場所をMp7で銃撃する。少しでも逃げる時間を稼ぐためだ。弾をばら撒くようにして撃つことで、相手をけん制して動きを封じる。効果を確認することなく、倉庫の内側に向かって走りだす。ある疑問が頭をよぎった。


 Zoaは一体どこから現れたのだろうか?


 打ち込まれた銃弾の角度を見た限りでは、敵は僕の正面に立っていたようだ。発砲音が聞こえなかったことを考えると、おそらく相手の銃には減音装置が取り付けられている。距離が近すぎればかすかに音は聞こえるので、少なくとも十数メートルは離れていたはずだ。僕ならば問題なく目視できる範囲だ。誰かが立っていれば、見落とすことはない。

 だが僕の目の前には誰もいなかった。視界には何も映っていなかったのだ。にもかかわらず、僕を狙った銃弾は確かに存在していた。それは撃った相手がいるのと同じことだ。

 まるで闇そのものが、僕を狙い撃ちしてきたかのような感覚だ。そんなバカな事などありえない。頭では分かっているが、目の前で起こったことが事実である以上、そう思わざるを得ない。

 真横の壁で火花が散る。敵がこちらにむけて発砲してきている。三連続で発射された銃弾が、容赦なく僕を食い破ろうとしている。当たってやるわけにはいかない。次の角を曲がっていけば、とりあえずはやり過ごせるはずだ。振り返らずに走る。ただ駆けていく。

 思考も絶やさない。遠くから狙撃された可能性を考える。あそこは障害物で遮られていたため、僕を狙い撃ちするのは不可能だ。相手が比較的近い位置にいたというのは間違いないだろう。だとしたら尚更おかしい。何故、僕に気づかれることなく接近できたのか? 

 角を曲がる。このまま走り続ければスタミナが持たない。危険を伴うが、なるべくひらけた場所に出て、一度ヤツの姿を確認する必要がある。枝分かれした道を悩むことなく進んでいく。銃撃の雨はやみ、今は僕の足音しか聞こえない。どうやらこちらを見失ってくれたようだ。少しくらいなら思考する余裕はあるだろう。

 心を落ち着かせ、冷静になる。状況を整理する。姿は見えなかったが、Zoaは確かに存在している。獲物を狩ろうと音もなく忍び寄ってくる。僕に認識されることなく、絶好の位置で射撃してきた。

 いや、待て。もしかしたらZoaは、ずっと僕のことを見ていたのではないか。目と鼻の先で、じっくりとスキをうかがっていた。そして堂々と攻撃を加えてきた。一方的な状況を作り出し、混乱した僕を追い立てている。

 だとすれば、考えられる要因はひとつだけだ。

 

 敵は何らかのトリックによって、姿を透明にしている。

 

(まさか。そんなことは今まで一度もなかった。でも、もしそうだとしたら……)


 全ての説明がつく。僕は自分の感覚、知識をたよりに勝負に臨んでいた。相手の痕跡や姿ばかりを追い求めていた。だがそれは敵が見えればの話だ。透明ならばはじめから視界には入らない。襲撃される前に空間が揺らめいたのは、ヤツが動いたことで綻びが生じたからかもしれない。

 コンテナの上から物音がしたのは、ヤツがそこを移動していたからだろう。通常のプレイでは登ることなど到底不可能だ。自然と意識はそこから離れる。Zoaはそれを逆手にとったのだ。何らかの裏技で本来ならありえない場所へと到達し、僕の行動をずっと観察していたのだ。

 長い間イノヴェーションをやってきた経験からすれば、この推測はあまりにも馬鹿げている。普通なら行けない場所に侵入できる。この程度の裏技なら、僕が知らなくてもおかしくはない。最近になって発見されたかもしれないし、単なるバグだったという可能性もある。

 だがプレイヤーが透明になるというのは、どう考えてもおかしい。イノヴェーション内のあらゆる武装の情報は、つねにオープンにされている。その気になれば、インターネット上のオフィシャルサイトでいつでも閲覧できる。僕の知る限りでは、体を透明にするような装備は存在しない。

 そもそも戦闘中に透明になれるような仕様は、イノヴェーションのバランスをくずしかねない。身を隠そうと思えば、簡単にそれができる。敵に気づかれることなく忍び寄り、簡単に攻撃圏内にはいりこめる。攻撃を加えて己の存在がバレたとしても、まったく問題はない。姿が見えなければ、相手も反撃のしようがない。見えないプレイヤーを狙うことなど不可能だ。あとは戸惑っている相手を仕留めれば、それで終わる。一方的なワンサイドゲームとなる。

 仮にその装備をステルス迷彩と呼ぶことにする。この手のモノは、映画やゲームなどのフィクションで登場している。敵地に潜入してミッションを遂行する伝説の兵士、異星から地球人を狩りにやってきたインベーダーなど、様々なキャラクターが使用している。劇中では、ステルス迷彩を持つものは圧倒的な力を発揮している。一方的に相手を虐殺し、存在に気づかれることなくミッションを進めることができていた。

 このようなものが本当に実装されることになれば、プレイヤーたちの批判は殺到するだろう。持つものと持たざるもので格差が広がりすぎるからだ。もしもそのような装備が新装されれば、すぐにでも耳に入る。話題にならないはずがないからだ。だが、ステルス迷彩が実装されたという話はまったく聞いていない。つまりこの装備は、存在しないはずのシロモノなのだ。

 悪質なチートを使用したということも考えられる。イノヴェーションのサーバーにハッキングして、都合のいいシステムに改変する。そうして存在しない武装を勝手に作って装備したり、ありえない状況を作り出して勝負を優位に進める。僕ならば実行しようとするのもはばかられる、姑息で汚いやり口だ。

 考慮するまでもなく、それは不可能だろう。過去に幾度か、イノヴェーションにハッキングを試みたヤツらがいた。その全員が逮捕され、重い刑罰に処されたというのは周知の事実だ。プレイヤーたちの情報を守るセキュリティは強固であり、いかなる不正も許さない。そのレベルは、世界で五本の指に入るほど高い。

 どんなに凄腕のハッカーだろうと、ひとたびイノヴェーションのセキュリティにひっかかれば、それで全てが終わる。カウンターハッキングによって瞬時に個人情報が解析され、仮想と現実の両方で裁かれることになるのだ。よほどの馬鹿でない限りは、わざわざ喧嘩を売るような真似はしない。

 いずれにせよ、相手の姿が見えなくなっていると考えたほうがよさそうだ。にわかには信じがたいが、現実の問題として認識しなければならない。正しいか、間違っているかなど考えている暇は無い。いつまでも迷い、戸惑えばそれが隙となって自分を殺すことになる。この戦いには、これまでの常識が通用しない。Zoaを打倒するために信じられるのは、自分のチカラしかない。考えを新たにし、再び走り出す。


(なんにしても、ヤツの姿を暴かなければどうしようもない。でもどうする? 今の僕の装備は……)


 考えかけて、後方からの物音でそれを中断した。ダン! という何かを踏み抜く音が響いた。上の方から聞こえる。瞬時にZoaが近づいてきたのだと把握した。コンテナの上を移動しているのだ。逃がした相手を追い求め、猟犬のようにしつこく喰らいついてくる。現時点では何も対抗策が見出せていない。ヤツに見つかれば最後、絶望や恐怖と共に僕は打ちぬかれるだろう。息を潜めて気配を殺す。足音を立てないよう注意して進む。

 見えない相手をどう見えるようにするか? それが問題だ。このままではなぶり殺しにされる。なんとかしてこちらから攻撃できるようにしなければならない。

 フィクションの世界のステルス迷彩は、体の表面に周りの景色を映し出して擬態するようなものが多い。銃弾が当てられれば、確実にダメージは通るはずだ。体が完全に透明になっているケースもあるが、そうなるとこちらの攻撃が通らずに詰んでしまう。いくらなんでもそれは無いと思いたいが、それは希望的観測に過ぎない。

 近未来の戦争をテーマにしたイノヴェーションがもしその手の装備を作るなら、前者のほうが説得力がある。攻撃できる可能性があるのもそちらだ。ならば前者の可能性で対策を考えるのが得策だろう。そうであればいくつか考えられることがある。

 体の表面を用いて擬態しているのならば、その部分を何かで覆うか汚してしまえばいい。そうなればその部分のステルス化は解け、肉眼でも確認できるようになるはずだ。肉眼以外の方法で発見するのも有効かもしれない。赤外線や対物センサーなど、視覚を補助するような機器を使用してヤツを認識する。うまくいけば、見えない敵を間接的に見える状態にできるだろう。

 しばし思考をめぐらせる。この場所でそれが可能か? 自分の装備を生かすことはできるか? 常識ではなく、可能性の観点からそれを判断する。


(この場所と装備ならできないことはない。でも確実性に問題がある。どうする?)


 できるかもしれない。廃工場内のあるオブジェクトと自分の装備を組み合わせれば、Zoaの隠れ蓑をはがせる可能性はある。絶対と言うわけではない。失敗すれば致命的なスキをさらすことになる。そもそも自分の考えがあっている保証もない。だが、もう時間がない。制限時間はもう五分を切っている。もう悩んでいる暇はなかった。すぐにでも行動しなければならない。

 このまま何もできないまま負けるくらいなら、勝利の可能性に賭けたほうがはるかにマシだ。失敗を恐れず、自分のチカラを信じて進んでいく。それ以外に道は無い。湧き上がりかけていた感情を押さえ込むように、胸に手を当てる。


(大丈夫だ。これが駄目でも、まだ手はある。まずはヤツを引きずり出す必要がある。やるしかないんだ)


 一呼吸してから、僕は駆け出した。こそこそする必要はない。目的地へと向けて、暴れ牛の如く突っ切っていくだけだ。真上から銃弾が降り注ぐ。どうやらヤツがコチラを補足したらしい。どこから弾が飛んでこようが驚かない。もはや普通の勝負ではない。正真正銘のデスマッチだ。ひとつでも判断を誤れば、即敗北。下手をすれば僕が消えてしまうかもしれない。

 これほどの勝負は経験したことがなかった。何もかもが新鮮で、ミステリアスで、得体が知れなかった。極度の緊張と充実感が、心のグラスを満たしていく。はたしてどのようなカクテルが味わえるのか? 芳醇な勝利か、苦渋の敗北か? どちらにせよ、いまだかつて味わったことのないようなモノになるのは確実だろう。

 銃弾の雨をすり抜けていく。どの道、答えはこのまま走り続けなければ分からない。何も考えずに、ただ行動するだけでいい。勝負の結末は、この闇を抜けた先にしか存在しないのだから。

 

 

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