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僕は自らの得物であるMp7を構えながら、慎重にクリアリングを行っていく。銃に装着されたレーザーサイトの光が、獲物を求めるかのように宙をさまよう。
イノヴェーション内において、比較的強力な部類に入る短機関銃・Mp7。モデルとなった銃は、主に市街地などにおけるテロ鎮圧に使用されている。小型であるため軽量で携帯性に優れ、専用の弾丸によって貫通力にも優れている。射撃の際の反動も少なく、片手でも発砲することができる。
これらの機能は閉所にて真価を発揮する。建物の中などのように狭く、障害物の多い空間では、敵とある程度近づいた状態で戦うことが多い。この状況下で求められるのは、射程距離や精度ではなく、取り回しのよさと敵を戦闘不能にできるほどの威力だ。
例えばアサルトライフルは有効射程が広く、命中精度もそれなりにある。だが重くて大きいため、狭い空間では扱いにくい。だが短機関銃ならば軽くて取り回しに優れているため、扱い方によっては最大限の効果をあげることができる。
イノヴェーションで使われる武器は、現実に存在する銃火器がモデルになっている。銃の特性や使い勝手など、様々な情報がキチンと反映されている。状況にもよるが、イノヴェーション内では、現実とほぼ変わらない条件で戦闘が行われていることになる。
Mp7は今回の戦いにはピッタリの得物だ。近距離から中距離で扱いやすいく、専用弾を使用しているため威力も高い。廃工場は障害物が多くて狭いので、ほとんどのポイントが有効射程圏内となる。
それを考えれば、相手の武装もおそらく僕と同じようなものだと推測できる。廃工場には、狙撃できるようなひらけたポイントは少ない。それに加えて、事前に聞いていた戦闘スタイルを考えれば、Zoaは近距離で相手を制圧するスタイルであることは間違いない。
相手はこちらが情報を知っていると察知して、普段とは異なる戦術を展開するかもしれない。だが例え戦法を変えてきたとしても、この場所の特性を知り尽くしている僕ならば、どうとでも対処できる。
ようはZoaを見つけ出し、相手よりも先に鉛弾をぶち込めばいい。そのためには、相手より先に互いの位置を把握する必要がある。勝負の命運はそこにかかっている。
暗闇の中に目を走らせ、ヤツの気配を探っていく。神経を研ぎ澄ませ、視覚と聴覚をフルに活用する。どんな情報も見逃さず、集中力を切らすことなく前へと進んでいった。
しばらくして、僕は廃工場の半分以上をまわっていた。敵の姿はおろか、痕跡も発見できていない。相変わらず暗闇の中に、見慣れた光景が広がっているだけだ。
何一つ変わらない。そう、何一つとして変わっていない。物が動かされた痕跡、足あと、それどころか相手の存在そのものが感じられない。あまりにも静かすぎる。
薄暗い空間がゆらめき、ただ僕を静かに見つめているだけだ。
(おかしいな。相手もこちら向かってきているなら、もう接触してもいいころだ。どこかに潜伏でもしているのか?)
シンプル・デスマッチの特性上、互いの初期配置は向かい合っており、前へ進んでいけばおのずと近づいていくはずだ。だが、開始からそれなりの時間が経過してもなお、相手の痕跡すら発見できない。
こうなると、待ち伏せをされている可能性が考えられる。下手に動き回らず、特定の場所で相手を待ち構えるのも、立派な戦術のひとつだ。それを卑怯と言う輩も多いが、それは二流の考え方だ。定められたルールのうえで戦っている以上、行為そのものは汚くともなんともない。こちらの立ち回り次第では、相手を追い詰めることが可能だ。ずるいだの、芋虫だの罵るような連中は、しょせん実力のない雑魚にすぎない。
気を引き締め、罠などが仕掛けられていないか確認する。対人センサーや地雷など、すでに相手は自分に有利なフィールドを作り出しているおそれがある。
後方への警戒も怠らない。考えたくは無いが、すでに僕の後ろについている可能性も考えられる。他の連中と同じように、相手の存在に気づかないままキルされるかもしれない。
あたりに広がる闇は、語りかけることもなく僕を眺めている。
息苦しさを感じた。目に見えないプレッシャーがのしかかってきている。時間がたつにつれ、それはどんどん重くなっている。いまだ姿形の見えない、だが確かに存在しているはずの敵が自分を狙っている。その事実が、僕の心を押しつぶそうとしているのだ。
(ヤツはこちらに気づいているのか? なら何で仕掛けてこない? 僕のことをナメてるのか? 一体どこにいるんだ?)
よくない状況だ。すでに廃工場のほとんどのポイントをまわっている。それにもかかわらず、いまだにZoaの姿が確認できていない。銃の引き金をしぼることなくフィールドをうろうろし、あてもなく相手を探している。これではただのかくれんぼだ。
いままで体験してきた勝負とは、何かが違う。敵も、戦場も、そして自分自身もだ。霧に包まれたかのようにおぼろげで、形を成していない。確かに存在するはずなのに、それを認識することができない。狐に化かされたかのような感覚だ。
苛立ちが募る。いつまでも尻尾を出さないZoaにではない。相手を見つけ出すことができない自分自身がだ。この怒りは僕の判断を鈍らせる毒となりうる。
ヤツは今、どうしているだろうか? 道化のような僕の姿を見て、嘲り笑っているのか。それとも怖くてブルブル震えているのか。いずれにせよ、毒に侵される前に勝負を終わらせたいところだ。だが、そう思い通りにいくはずもない。
目の前に壁が確認できる。ついにフィールドの端に到達してしまったのだ。相手の痕跡ひとつ掴めないまま、廃工場の全域をまわったことになる。ここまで来ると、イノヴェーションがバグったのではないかと疑ってしまう。何らかの理由でZoaとの接続が切れ、神隠しの状況を作り出したのではないか。
だが携帯端末は相変わらず、このフィールド内にヤツが存在することを示している。この状況下で、それを素直に信じるには無理がある。
僕のクリアリングに不備があったとは思えない。だが確実にとは言い切れない。僕だって人間だ。小さなミスのひとつやふたつはありうる。ならばそれをリカバリーする必要がある。
目の前の情報を信じるか、それとも自分の感覚を信じるか。今となっては分からないが、やるべきことをやるしかない。
本当の勝負はまだ始まってすらいない。
制限時間は残り十分を切っている。ぐずぐずしている暇などない。もう一度フィールドをまわり、Zoaを捜索しなければならない。来た道を戻るべく、体を反転させる。
かくれんぼはもうお終いだ。
(ん?)
コンテナの上で、かすかに物音がした。音のした方向に目を向ける。人では到底登れないように積み上げられたコンテナが、僕を見下ろすように存在している。それ以外には何も見えない。
また音がした。さきほどより近い。上のほうから聞こえたようだが、先ほどと同様の光景が広がるばかりだ。変わったものは何もない。
音がする。数十メートル先で埃がまい上がっている。おかしい。風が吹かないような場所で、あのような現象が起こりえるはずはない。
いやな予感がする。否、予感は一瞬のうちに確信へと変わった。
誰かが、いる!
その刹那、目の前の空間がゆらめき、人の輪郭が表出した。
(なっ!?)
咄嗟に今いる場所から飛びのいた。何かが、僕のすぐとなりを横切っていく。物凄いスピードだ。直後、何かが地面を抉るような音が響く。
先ほどまで僕が立っていた付近に視線を向ける。床には三発の銃弾によって穿たれた、禍々しい穴があいていた。