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46Memory:011-1

 幾多のプレイヤーが行きかう街中で、僕は口元に浮かんだ笑みを抑えることができなかった。黒と白で表現された近未来的なビル群は、いつ見ても有機的な温かみを感じない。表面をいくつもの光の線が覆っている。それらは血管のように脈動し、数々の情報をあちらこちらに伝達している。その無機質な冷たさとは裏腹に、僕の心は熱くたぎっていた。

 イノヴェーション内の携帯端末に届いたメッセージが、僕の視線を釘付けにする。それだけの価値がつまっていたのだ。

 マスターと話をしてから三日後、それはとつぜん僕の元へと送られてきた。メッセージ自体はごくありふれたモノ、プライベート・マッチの申し込みだ。イノヴェーションのプレイヤーならば、誰もが幾度となく受け取っている。問題なのはその中身だ。

 

 Zoaよりプライベートマッチが申し込まれました。参加しますか? 


 Zoa! そう、あのZoaだ! 僕が狙っていた獲物が、わざわざ向こうから飛び込んできてくれた。何故僕に勝負を挑んだかは分からない。だが考える必要はないし、知る必要もない。理由なんてどうでもいい。重要なのは、僕がヤツを潰すチャンスが巡ってきたということだ。

 まるで愛しい待ち人が、微笑みとともに自分を迎えてくれたかのような感覚に陥る。胸が高鳴る。一刻も早く出会い、見つめあい、メチャクチャにしてやりたかった。

 不安がないわけではない。ヤツに挑んだ連中の一部は、いまだに安否の確認が取れていない。もし敗北してしまえば、僕も無事ではすまないかもしれない。だがそれがどうした? ようは勝てばいいだけのことだ。

 幸いにも対戦のルールは、比較的得意なシンプル・デスマッチだ。あらゆる者の介入が阻まれる、1対1で行う文字通りの決闘だ。どちらかが戦闘不能になるまで戦い続け、勝利者と敗者を決める。

 雑魚では勝てないかもしれないが、僕ならそうならない。あらゆる状況に直面しても、適切に対処することで勝利する。僕にはそれができる。足手まといがいなければ、それだけ考えることも少なくなる。むしろ都合がいいと言える。今、運命の女神は僕に味方している。負ける気がしない。

 だが油断はできない。仮にも相手は、J.T.Jのメンバーを一方的に蹂躙できるほどの実力を持っている。ひとたび隙を見せれば、容赦なく僕を喰らってくるだろう。Zoaの全容が把握できていない今、軽率な行動は控えるべきだろう。それさえできれば、勝率は飛躍的に高まる。勝てない試合ではない。

 全ての力を出し切って戦う。いくら相手の姿が捉えられなくとも、プレイヤーとして存在するのなら倒せるはずだ。どんなことをしてでも正体を暴き出し、鉛弾をぶちこむ。それで試合は終わり、僕の伝説が幕を開く。不可能ではない。やれるはずだ。

 

 答えはすでに決まっていた。何がおこるか想像も出来ないが、この機会を逃すわけにはいかない。挑戦された以上、受けなければ名が廃る。

 僕は端末の画面に指を添える。一呼吸おいて、覚悟を決める。緊張や興奮、そういった感情を落ち着かせる。決意を固め、指に力を加える。

 グッ、とディスプレイを押し込んだ。"参加する"の表示が緑に染まっていく。申し込みが受理された証拠だ。その瞬間、意識が何かに吸い込まれるような感覚に陥る。巨大な海の渦、あるいは竜巻に飲まれるかのようにぐるぐると脳がかき乱される。僕のまわりを光が覆いつくし、こことは別の場所へと飛ばされる。

 いよいよ待ちわびたZoaとのプライベート・マッチが行われる。この戦いには勝つか負けるか、そのどちらかしかない。だから僕は勝つ。そのために準備を重ね、覚悟を決めてやってきた。負けるという選択肢など存在しない。それが僕のイノヴェーションだからだ。

 まばゆい光が消えたと同時に、僕はまわりを確認する。どうやら目的地に着いたらしい。飛ばされた先は、薄暗い廃工場の中だった。

 イノヴェーションには摩天楼や要塞、豪華客船などありとあらゆるバトルフィールドが用意されている。サバンナのように広大で自然豊かな場所や、多数の警備ロボットがひしめきあう研究所など、数え上げればキリがない。その全てがプレイヤーの心を鷲づかみにし、夢中にさせている。

 今回選ばれた廃工場は、それらの中で特にポピュラーな場所だ。学校の体育館二棟ほどの空間に、様々な種類のコンテナが積み上げられている。それらが壁となり、迷路のように複雑なフィールドを構築している。余計なオブジェクト(例えば侵入者に反応するトラップや警備ロボットなど)が存在しないため、初心者の練習や模擬戦などで使用されることが多い。

僕も数え切れないほど、この場所でミッションをこなしてきた。どこに何があるのか、どの場所で戦うのが有効か、全てが頭の中に刻み込まれている。少なくとも、勝負の最中に下手な立ち回りをすることはないだろう。それらを踏まえてなお、気を抜くような事はしない。慎重に対戦中の行動をシュミレートしていく。

 目の前に空間ディスプレイが表示され、装備決定画面が表示される。それと同時にカウントが始まる。これがゼロになるまでに、命運を託すことになる武器を選択しなければならない。

 迷わず武器を選択する。すでにZoaに対する戦術はある程度かんがえてきていた。それに加え、このステージの特性を考慮し、最適な得物を導き出す。これで決まりだ。

 カウントを目で追いかける。あと5秒だ。

4、3、2、開始、今! 

 試合開始を知らせる音が鳴り響いた。心が昂ってきた。


(よし、はじめようかZoaとやら。どちらが真の強者にふさわしいか。これではっきりするはずだ)


 相手がどんな化け物だろうと、この先信じられるのは己の力しかない。手に持った銃を握り締める。

 そして僕は倉庫の奥へと踏み出した。心待ちにしていた決闘への第一歩だ。

 薄暗い戦場が、僕を飲み込んでいく。境目を感じさせない闇が、どこまでも広がっていた。

 

 

 

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