表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

46Memory:010

 イノヴェーション内において有数の勢力を誇るJ.T.Jの壊滅は、多くのプレイヤーたちに衝撃を与えた。それは僕とて同じだ。腐ってもチームとしての実力は健在だったJTJが、たやすく壊滅してしまうなど、にわかには信じられなかった。

 それ以上に、たった一人のアバターがそれを実行したということが信じられない。僕も長い間イノーヴェションを続けてきたが、これほどでたらめな話は今まで聞いた事もなかった。

 だからこそ興味をそそられた。J.T.Jを滅ぼすほどの芸当ができるプレイヤーが、一体どのような存在なのか? そして何故、J.T.Jを滅ぼそうと考えたのかを。


「結局、リーダーを含む一部の人間は行方が知れず、対戦の詳細も分からずじまいか?」

「そうだ。下のランクのプレイヤーは健在なんだが、何しろ一瞬でキルされちまったんだ。何も見ちゃいないだろうな。それはオレとて同じなんだが」


 空っぽのバーにいるのは僕と、もうひとりの人間だけだ。元J.T.J、今は独立勢力として存在するこの場所に、以前のような面影はない。チームの集会場として賑わっていたが、今は閑散としている。店内の薄暗さと相まって、不思議な色気よりも、何もかもが消え去った空虚な印象が強い。残されたわずかな照明だけが、僕たちの姿をさみしく照らしていた。

 何も入っていないグラスをいじくりながら、話し相手であるバーのマスターに目を向けた。黒い肌を持つスキンヘッド、落ち着いた表情を浮かべて情報を提供してくれている。彼もJTJのチームの一員だった。チーム内では裏方の仕事に従事し、バーという名の集会場を運営することで、チームメイトたちのサポートを行っていた。

 僕も彼にはずいぶん世話になった。よくチーム方針をめぐって対立するプレイヤーとの仲裁に入ってくれたし、僕の考えにも賛同してくれていた。イノヴェーションとは戦争であって、それ以外の目的をもってプレイするべきではない。彼も、イノヴェーションが現実世界における金儲けの道具となっていることを是としない。僕の同志と呼べるプレイヤーだ。


「たった一人でそこまで出来るとはね。そいつが強すぎるのか。リーダーたちが油断していたのか。何にせよムチャクチャだ」

「凄腕のプレイヤーということなんだろう。おそらくはソロプレイヤーあたりか。オレも実力はあるほうだと思っていたんだがな。まったく、不甲斐ない」


 マスターが指を組み、顔をうつむける。そのプレイヤーに対して何か思うところがあるのだろうか? 何となく分かる気がする。マスターの実力はチーム内でも五本の指に入るほどだ。そんな彼が為す術なくやられてしまった。かなりの屈辱を感じたはずだ。

 謎のプレイヤーにおけるJ.T.Jへの行動は、正面きっての攻撃ということではない。いくらなんでもそれは無謀すぎる。一匹の巨象とて、数万匹のアリに群がられては勝ち目はない。おそらく現実でも、そんな馬鹿げた行動をする兵士はいないだろう。一人の人間が、軍隊ひとつを壊滅させるなどありえない。

 ヤツが行ったのはJ.T.Jの上位ランカーへの襲撃、それも個別にだ。ミッション終了時の不意を突いた攻撃や、プレイヤー同士で対戦するプライベートマッチを挑むなど、方法は多岐にわたる。だがそのいずれも、そう簡単に成功するとは思えない。

J.T.Jでは大半のプレイヤーが集団行動をとっていた。ミッションをこなすのも、他チームとの対戦でもそうだ。複数のチームメイトと共同で事にあたっていた。それはチームの方針であり、皆で勝利の喜び、敗北の苦しみを分かつことで絆を深めるという目的があった(僕自身はどうでもいいと思っていたが、イノベーションのプレイヤー間での評価は高かった)。

 だからチームのランカーたちを狙うとなれば、必然的にその取り巻きたちも相手にすることになる。数のうえでは圧倒的に不利だ。


「こっちは八人でチームを組んでいたんだ。多分他の連中もそれくらいだ。いきなり勝負を挑まれて、姿を見ることなく負けちまった」

「姿を見なかった? ということは一撃でキルされたということか?」

「そうだ。どいつも急所を複数の弾丸で仕留められてる。多分サブマシンガンあたりでぶち込まれたんだろうが、それにしては精度があまりにも良すぎる。そうとう近くで撃たれたんだろうな」


 反撃する間もなくやられたという事は、一撃で仕留められたと言うことだろう。複数の銃弾が体にめり込んだとあれば、連射できる銃であるアサルトライフルかサブマシンガン、マシンピストルで撃たれた可能性がある。

 銃で弾を連射する際は、例え発射精度が良かったとしても、撃ったと反動で銃身がブレる。そうなれば、目標に向かう弾道が多少それる可能性がある。

 撃った弾を全て命中させるためには、必然的に相手との距離を詰めることになる。だがそれは、相手に発見される危険性も高まるということだ。物音などを立ててしまえばすぐに見つかってしまうし、敵に逃げ道をふさがれて包囲殲滅されることもありうる。非常にリスキーな行為だ。


「信じられないな。マスターほどのプレイヤーが成す術なくやられるなんて。相手はよほどかくれんぼがお上手らしい」

「そう簡単には片付けられないぞ。いくら何でも異常すぎる。大多数の人間がヤツと交戦しながら、視界に捉えることすらできなかった。その場にいて認識できたのは、ヤツの得物の銃声と仲間たちの悲鳴だけだった。こんなことがありうるか?」


 確かに普通では考えられない。潜入、暗殺系ミッションをこなしていた僕なら分かる。敵に見つからずに行動するということは容易ではない。潜入ルート、効率のいい行動の選択、慎重に、時には大胆に行動する精神面の強さ、他にも様々な力が求められる。どれも高度な技術を要するものばかりだ。高ランクプレイヤーたちを出し抜くとなれば、かなりの能力を持っていないとならない。

 地の利があったから、というのもあるかもしれない。話を聞く限りでは、交戦した場所はどこも閉鎖空間だったということだ。廃病院、工場跡地、荒廃した山村など、身を潜めるポイントが多いフィールドが選ばれていた。

 だからといって、それらの場所を熟知しているはずのトップランカーたちが、みすみすやられるものだろうか? 心当たりがないわけではない。


「まさか"鴉"の連中の仕業じゃないだろうね。秩序を乱す存在としてJ.T.Jを認識し、排除するために動き出したんじゃ?」

「オレもはじめはそう考えたさ。昨日連絡をとってみたが、この件に関しては知らないそうだ。少なくとも嘘をついてるようには思えなかったな」


 鴉はイノヴェーションに存在するチームの一つだ。主に潜入、諜報系の任務に従事し、裏の事情にも精通している。彼らは裏のトラブルバスターと呼ばれ、イノベーション内における様々な問題を解決してきた。

 特に有名なのは、無法者のプレイヤーキラー、いわゆるPK集団を粛清したことだろう。

 イノヴェーション稼動からしばらくして、ミッション中のプレイヤー、チームを襲撃し、妨害することを生業とした集団が現れた。それらは他者を支配することに快感を覚え、プレイヤーたちを一方的に狩るようになる。そのため初心者、中級者などの未熟なプレイヤーはイノヴェーションを楽しむことすらままならず、仮想空間内は悪意と憎悪に満ち溢れることになった。

 当時のJ.T.Jも鎮圧にあたったが、効果は薄かった。当時はまだPKへの規制が緩く、ルール的には問題なかったのだ。そのためできることといったら口頭注意か、実力行使による阻止しかなかった。

 ヤツらのことは今でも覚えている。人の楽しみを奪うことを快楽とし、餓鬼の笑みを浮かべる腐りきった連中だ。思い出すだけでも胸糞悪い。一番頭にきたのは、ルールだからやって当たり前だと、僕を指差してバカにし、笑い飛ばしてきたことだろう。秩序を乱すゴミ屑どもの分際で。

 そんな状況を変えたのが、鴉のメンバーたちだ。彼らは持ち前の情報力、能力を駆使してPK集団を粛清し始めた。ヤツらを何度もPKし、拠点を滅ぼし、分散させていった。しかも表沙汰になることなく、裏からそれを行った。

 PK集団も、鴉の活躍によりだんだんとその勢力を失っていった。そしてイノヴェーション運営による、PKの原則禁止などを盛り込んだ、新たなルールの制定によって完全に壊滅したのだ。

 無言による秩序の行使。鴉の掲げた理念によって、イノヴェーション内に秩序が戻り、現在のように安心してミッションに励むことができるようになった。僕は彼らに多大な感謝するとともに、胸に誓った。イノヴェーションの秩序を乱す害悪は、絶対に許すわけにはいかないと。

 今回の件も、金儲けに走るようになったJ.T.Jを裁くために、彼らが動き出してくれたのではないかと考えていたのだ。


「まだ分からないじゃないか。彼らの考えなんて、誰にも読めはしない。嘘をついてる可能性もある」

「いや、それはないな。もしもアイツらだったら、対戦の申し込みの際に情報が出たはずだ。だが開示されたのは、見た事もない名前だけだった。それに……」

「それに、何だい?」

「キルされた一部の連中が、ログアウトしたまま戻ってこない。リーダーまでもが、連絡が取れずに行方が分からない。いくらなんでも、これは不自然極まりない」

「……」


 マスターの真剣な表情に、僕は何も言い返せずにいた。この件には、あまりにも奇妙な点が多すぎる。モヤモヤとした霧が頭を包み込んでしまったかのように、明確な答えが導き出せずにいた。

 彼の言うとおり、プレイヤーに対戦が申しこまれる際には、かならず相手の所属とランクが公開されるようになっている。裏のミッションをこなす鴉たちとてそれは変わらない。正式にデータとして記録が存在している以上、それを隠し通すことなどできないはずだ。

 だがマスターたちが戦ったヤツには、そのいずれも表示されなかった。どのチームにも所属していないプレイヤーは、独立傭兵として記録されている。ランクに関しても、始めたばかりのプレイヤーは当然、1と表示される。イノヴェーションのプレイヤーである以上、名前以外の情報が開示されないというのは考えられない。

 そしてそれ以上に妙なのは、ヤツと交戦したプレイヤーの消息が途絶えたことだ。全ての人間が、というわけではない。現にマスターは僕の目の前にいるし、低ランクの取り巻きたちも無事が確認できている。消えてしまったのはリーダーを含むJ.T.Jの幹部たち、奇しくも僕をチームから追放した際に居合わせた連中だ。

 対戦の後、普通ならば戦場から元いた場所に戻される。その場でリザルトの確認などが行われ、各々の行動に移ることになる。だが、消えてしまったプレイヤーはそうならなかった。彼らはキルされてから何故かログアウト状態となり、そのまま音沙汰がなくなってしまったらしい。それは何週間にわたって続き、現実でも連絡が取れない状況になっているようだ。

 チームの主要メンバーの不在は、イノヴェーションでは致命的だ。他のチームからの襲撃に負け続ければ、積み上げてきた名誉、領土、資産などが失われていくことになる。案の定、J.T.Jもリーダー不在の隙を突かれ、他勢力からの猛攻を受けることになった。

 主だったプレイヤーがいないJ.T.Jは、瞬く間に烏合の衆へと成り下がった。統率者を失ったチームは、欲深きハイエナどもに全てを貪られて、衰退をはじめた。最終的にはチームを見限って脱退するプレイヤーが続出し、体を保てなくなったJTJは壊滅してしまったのだ。


「オレもチームの崩壊だけは防ぎたかったんだが、規模が大きすぎたことが災いしたよ。まるで魔法みたいだ。何もかも全部消えちまった。跡形もなくな」

「マスターはよくやったほうだよ。この場所を守りきれたのも、マスターの実力があったからこそだ。せめて僕がチームを追放されてなかったら、チームの状況は変わってたかもしれない」

「……そうかもな」


 マスターの視線の先には、僕がいじっている空のグラスがある。まるで、何もかもが消えてしまったチームそのものを見つめているかのようだ。その瞳は哀れみと後悔に満ち溢れているように思えた。

 ある意味、J.T.Jの壊滅はリーダーが招いたものであるといえる。僕をくだらない理由で追い出したあげく、たった一つの敗北で行方をくらませてしまった。ショックでイノヴェーションをやめてしまったか、または現実でトラブルに見舞われたのか。理由はどうあれ、それによって彼の率いるチームはなくなってしまった。

 J.T.Jに対する関心は失せていたが、正直な気持ちとしては、当然の報いだったという認識を持っている。強さよりも楽しさを優先し、それを否定する僕というプレイヤーを廃した結果がこれだ。敗者には何も残らない。リーダーたちは身を持ってそれを体感したはずだ。結局は僕のほうが正しかった。だからこそ彼らは裁かれることになったのだ。どこの誰がやったかは知らないが、その点にだけは感謝している。


「ヤツに挑むつもりか?」

「可能ならね。今回の礼をしてやりたいし、どれほどの強さなのかこの目で確かめてみたい」


 思わずグラスを持つ手に力がはいる。でたらめな強さを持ち、イノヴェーションのデータにも記録されていない、幻のようなアバター。本当にそのようなモノが存在するのならば、ひとりのプレイヤーとして是非とも戦ってみたかった。


「やめておいたほうが懸命だと思うがな。リーダーたちが消えた元凶だ。何かオレたちの想像をはるかに超えることが起こってる気がしてならない」

「まさか。本当に彼らの身に何かが起こったとでも? ありえないことは考える必要もない」


 マスターは心配のしすぎだ。そもそもリーダーたちが消えてしまったかどうか、まだ分からないじゃないか。ヤツが原因であることは間違いないが、それがどうしたというんだ?

 ここはイノヴェーションだ。こういう場では不信感より、興味のほうが上回る。仮想空間内ならば、身の危険を気にする必要などどこにもない。対戦に敗北したからといって、怪我をしたり、死んだりすることはない。自身の安全が保障されている以上、好奇心が自分を殺すことなどありはしない。

 マスターは僕のことをしばらく見つめていたが、やがて観念したかのように口を開いた。


「"Zoa"だ」

「えっ!?」

「オレたちを倒したプレイヤーの名前だ。お前が生き残ることが出来たのなら、またここで話でも聞かせてくれ」


 Zoa。それが今回の元凶であり、倒すべき敵の名前か。情報としては不十分すぎる。姿形や性格、戦い方も分からないのでは、対策の立てようもない。そもそもヤツが僕に戦いを挑んでくるかも分からない。だが、ヤツにその理由がなくとも、僕にはある。嫉妬、羨望、感謝、畏怖、様々な色をもった感情が心の器に注がれていく。それらは僕の中で混ざり合い、決意という名のカクテルへと仕上がっていく。


(Zoaか。どこのどいつか知らないが、僕がお前に引導を渡してやる。そして僕の名をあげ、イノヴェーションの英雄になってやる)


J.T.Jを壊滅させた元凶を倒したとなれば、僕の評価はうなぎ登りとなり、プレイヤーたちは僕を称えるはずだ。そうなれば、僕の名はこの仮想世界の中に永遠に刻まれることになる。その時こそ、今まで自分を見下したり卑下した連中に思い知らせることができるのだ。僕こそがイノヴェーションにおいて最高のプレイヤーであるということを。



 透明なグラスにひびが入り、僕の手の中で砕け散った。

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ