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 目の前の状況を理解するのには、少しばかりの時間を要した。


「悪いけど君にはチームを抜けてもらいたい。これはチームの総意だ。これ以上の勝手な振る舞いは我慢できない」


困惑する僕をよそに、リーダーは淡々と言葉を連ねていく。彼の瞳は、まっすぐ僕を見据えていた。


 僕が所属するチーム、ジャッジ・ザ・ジャッジメント、通称【J.T.J】。そのリーダーに呼び出され、いつもは会合などに使われるバーへとやってきた。

 暗闇をオレンジ色に照らす店内。迷える客を迎えるカウンターテーブル。棚では様々な色のボトルが、ネオンのように煌く。数々の光が店内にいる者を誘惑し、引き寄せ、怪しげに包み込む空間。イノベーション内の仮想空間ではあるが、現実世界とはそう変わらない風景が広がっている。僕のお気に入りの場所のひとつだ。

 あいにくマスターは不在だったが、店内にはリーダーの他にも数名の幹部、そしてJ.T.Jのメンバーと思われるプレイヤーが二人がいた。

 僕が指定席に着いた直後、リーダーは話を切り出してきた。


「チームを抜けろだって? 何故ですか? 僕は組織のナンバーツー。抜ける理由が見当たらない。何かの冗談でしょ?」

「残念だけど冗談じゃないよ。まずはこれを見てくれ」


 リーダーが差し出したひとつのデータ。それを携帯端末のディスプレイに表示する。空中の投影された文字の羅列が、僕の視線を釘付けにする。

 データの中身は、とあるアンケートの結果のようだ。題は"僕がチームを抜けるべきかどうか?"。結果は過半数以上が"やめるべき"というもの。

 結果自体には対して興味は湧かない。僕がメンバーから好かれていないのは知っている。ある意味では妥当なものだと言える。だが勝手なことをされて黙っているほど、僕は寛大ではない。


「気に入らないな。当事者抜きでこんなものを作るなんて。清廉潔白といわれるリーダーらしくもない。何故今になってこんなものを?」

「……君は最近、この二人とチームを組んで、あるミッションをこなしただろ」


 僕の視線を意に介することなく、リーダーは傍らに控えていた人物に目を向ける。そこには僕を恨めしそうに見つめる二人の人間がいた。どうやら僕が晒し者になった理由は彼らにあるらしい。


「最近入ってきた新人二人ですよね。ミッションは成功させましたよ。いつもどおりにね」

「とぼけないでくれるかな。君はあのミッションでこの二人をわざと殺したそうだね? そのような行いはこのチームでは容認できない」


 軽蔑の眼差しを向けてくるリーダー。その顔を見て、思わずにやけそうになる。普段から親切で生真面目、紳士とすら呼ばれている人間の顔が歪んでいる。それがあまりにも滑稽で、くだらなかった。その程度のことでいちいち感情的になり、正常な判断が下せないようでは、このチームの行き着く先も見えてくるというものだ。

 リーダーから意識を逸らすために、僕は問題のミッションのことを思い出していた。

 内容自体は単純そのもの、通常の拠点防衛ミッションだった。防衛対象は巨大なビル。大広間にて敵の侵攻を防ぎ、殲滅するというものだ。

 別にJ.T.Jでは珍しくない。イノベーション内で最も勢力があるうちのチームは、守るべきための力を信奉している。そのため受けるミッションもほとんどが防衛や護衛といったものが多いのだ。多数の人員を動員し、一丸となって対象を守る。まるでアリのような連中だ。だがその誠実さが認められ、プレイヤーの間では"正義の盾"などと呼ばれ、入団希望者が絶えない状況になっている。

 今回のミッションも、チームの名声に引かれてやってきた素人二人を引き連れてのものだった。チーム内で高いランクを持つ者は、そうして新人を見極め、必要ならば自分の部隊にスカウトすることが慣例となっている。


「ひどい言われようだ。戦いに犠牲はつきものでしょう。そもそも、僕が味方を殺すメリットはなんですか? まさか故意に殺したという彼らの言葉を鵜呑みにしたとでも?」

「君ほどの人間ならば味方をまきこむような攻撃などしないだろう。わざとでもなければね」


 僕が新人二人を殺したのはまぎれもない事実だ。ミッション終盤、二人は僕の放ったグレネードランチャーの爆発に巻き込まれ、リタイアした。これだけ見れば、確かに僕が悪いように見える。チーム戦で味方を巻き込む攻撃など、上級者がすることではない。メリットがないからだ。味方が減るのは、戦力が減るのと同じこと。そしてそれは敗北につながる恐れがある。

 だからフレンドリーファイア、つまり同士討ちを意図的に実行したとなれば、それなりのペナルティを受けることになる。チームによっては一発で除隊なんてこともありうる。


「結果から見ればそう思われても仕方ありません。だが、あなたが分からないはずがない。ああなる前、射線に突っ込んでいったのは他ならぬ新人たちだ。僕が待機を命じていたのにもかかわらず。何故だと思いますか?」

「……」

「言いたくありませんか? ならばかわりに言ってやる。こいつらは欲に目がくらんだのさ。素人が己の分も弁えず、勝手な行動で僕の邪魔をしたんだ」


 新人二人に目を向ける。気まずそうな雰囲気を漂わせてはいるが、自分たちに非があるとは微塵も思っていないようだ。どこか他人事のように、素っ気無い態度を取っている。救いようのない連中だ。

 彼らは愚を犯した。ミッション中に低確率で現れる、レア報酬を持った敵を独断でキルしようとしたことだ。敵部隊の中でも装備が明らかに違うヤツ。そいつを倒すと通常では手に入らない報酬が手に入る。その報酬はイノベーション内で高い価値を持ち、仮想空間、現実問わず高額で取引される。プレイヤーならば、喉から手が出るほどほしい代物だ。

 今回の場合は、特殊なゴーグルをつけた敵だった。電子顕微鏡のレンズのような筒がついたゴーグル。他の敵とは違い、物陰からこちらを観察するように行動していた。一目見た瞬間、やつがレア報酬を持つ敵だと分かった。

 それでも倒すべきターゲットであることに変わりはない。僕はやつを確実に仕留めるため、広範囲にダメージを与えられるグレネードランチャーを使用した。当たれば即死、当たらなくても爆風で瀕死にはできたはずだった。

 だがそうはならなかった。敵を殺すために放った得物は、欲にまみれて我を失ったバカどもに命中した。その後、何とかターゲットを仕留めることはできたものの、もしも逃げられていたら、最悪の場合、ミッション失敗という結果になっていただろう。

 そのことに関して憎しみがない、といえば嘘になる。少なからず、僕は怒りを覚えている。ミッションが無事に成功したから問題にしなかっただけのことだ。このような事態を招くとは、さすがに予想できなかったが。

「彼らはまだイノベーションの初心者だ。勝手が分からないのは仕方のないことだ」

「そうかな? わざわざ僕一人でやろうとしたミッションに無理やり参加し、僕の命令を無視して突っ込んでいった。礼節を重んずるチームの意向に反しているのは、新人たちのほうではないんですか? あれは事故だった。それ以上でもそれ以下でもない。僕が罰せられる理由はないはずだ」

「君にそんなことが言えるのか? 自分のミッションクリアのためには戸惑いなく仲間を切り捨てる君が。君が殺したんだよ。レアアイテムを自分のものとするためにね」


 ここまで新人たちをかばいたて、僕の非ばかりを追及する。反論にも聞く耳もたず。どうあっても彼は、J.T.Jから僕を追い出したいらしい。いや、正確に言えばチームの連中が、か。


「リーダー。僕がレアアイテムに興味がないってことは、あなたが一番分かっているはずだ。僕はただ自分の受けたミッションを成功させたいだけ。それの何が気に食わないんですか? J.T.J結成当初からチームに貢献し、ここまで大きくしてきたのも、ひとえに僕がいたからこそだと思いますが」

「君の独善が仲間たちにとってどれほど迷惑なのか分からないのか? 自分のために他者を利用し、切り捨てるなど言語道断だ」

「切り捨てる? 違うな。ひとりでは何もできない彼らに示しただけですよ。勝利への道をね」

「君のそういう態度が問題なんだ。何故ミッションにしかこだわれない? 楽しみ方は人それぞれのはずだ」

「なるほど。つまり私の勝利を求める姿勢が気に入らないと?」

「そうだ。イノベーションといっても所詮はゲーム。とにかく楽しめればいい。このチームだってそういうためにある。勝ち負けなどニの次だ」


 きっぱりと言い切ったリーダー。その発言にブレは感じられない。どうやら本気でそう思っているようだ。とても長期間プレイしてきた人間とは思えぬ、腑抜けた台詞。言葉を失うとは、まさにこういうことを言うのだろう。まるで話にならない。そんな身勝手な言い分が通ると思っているのだろうか?

 本来のイノベーションの目的は、戦争をすることだ。ミッションをこなしつつランクをあげる。場合によってはJ.T.Jのようにチームを組み、プレイヤー同士で戦争をおこなうこともある。戦って戦って、また戦う。そうして己の価値を高めていき、存在を確立させていく。そういうものだ。

 その姿勢を貫いてきたからこそ、このチームはイノベーション稼動当時から生き残ってこれた。楽しみというものがあるとすれば、それは己が勝利し、生き残った者のみに与えられる特権だ。決して無様に敗北した者が味わっていいものではない。負けるのがイヤだからといって、戦いから逃れることは許されない。中途半端にイノベーションに関わる者など、他のプレイヤーからしたら迷惑そのものだ。

 だからこそ、戦争以外の道などあってはならないし、あれば排除していかねばならない。そうしなければ、僕が今まで積み上げたものが全て崩れ去ってしまうからだ。


「くだらない欲のぶつけ合い。それがこのチームを腐らせている」

「何だって?」

「リーダー。あなたは知っているはずだ。ここ最近、チーム内の士気がおちていることに。それもそのはずだ。自分勝手にアイテムを現実のオークションに売りつける、寄生虫のように上級者に張り付き報酬を掠め取る、労せずランクをあげてまわりに威張り散らす。やりたい放題だ。身勝手な欲望を満たされる度に、チームの秩序が失われ、馬鹿げた問題だけが積み重なっていく」

「それは一部のプレイヤーだけだろう。モラルは欠けてるが、それでチームがどうこうなる問題でもない。後から言い聞かせてやればいい」

「問題を無視してまで腐りきったチームに何を言い聞かせると? 名声に引かれてやってくる連中のおかげで、規模だけはでかくなった。だが質の悪い連中ばかりで戦力はガタガタだ。他のチームにも随分と差をつけられてしまった。もうどうにもならないんですよ。正しい志を持った者が導く以外にはね」

「まさか、それが君だとでも言いたいのかい?」

「そこまでは……。少なくともそこに腰掛けてる腐った連中よりはましかと思いますがね。」


 僕から目を逸らす幹部ども。アンケートには彼らと彼らに率いられた部隊の署名がなされていた。その実、現在のJ.T.Jの約七割を構成している連中。そのほとんどが欲にまみれた人間だ。イノベーションの自由度を悪用し、本質を汚して自分たちの欲を満たしている。物欲、支配欲、性欲。その形は様々だ。各々がイノベーションの目的からかけ離れた振る舞いをし、仮想世界を汚している。現実世界に存在する穢れを持ち込んでいる。ガン細胞のような連中だ。

 ヤツらからしてみれば、正道をいく僕の存在は邪魔でしかないのだろう。数の暴力によって僕を排除し、チームを乗っ取ろうとしているのがその証拠だ。

 そしてリーダーも、もはや欲にまみれた連中と何も変わらない。何もかもが腐りはててしまっていた。チームを維持するために腐った連中に媚を売り、僕を生贄にささげようとしている。協調という名の意味のない馴れ合いに溺れ、いつまでもチームメイトに好かれる指導者を演じようとしている。呆れよりも、哀れみを強く感じた。

 もうこのチームは、かつてのように強く、正義を貫くチームではない。僕は悟った。もうここは僕のいるべき場所ではないと。


「いいでしょう。あなた方が言うように、僕は降ります。もうここは僕の舞台ではないらしい」

「分かってくれて嬉しいよ。これで君というトラブルメーカーを抱え込まずにすむ。どこにでも行ってくれ。もう戻ってこなくてもいいからね」


 呆れたような、軽蔑したような顔で、馬鹿げたことを言うリーダー。トラブルメーカーはそちらの腑抜けた連中のほうではないか。むしろ僕はチームを正しき方向に導こうとした英雄だ。それは揺るぎようのない事実。一度でも欲にまみれると、善悪の判断すらつかなくなるというのだろうか。今となってはもう関係のないことだが。

 席を立ち、連中のほうを見ずに扉へ向かう。少しばかりの悲しみが、僕の心に染み込んできた。いくら腐りかけているとはいえ、このチームに対して愛着は持っていた。強さを求め、正義によってイノベーションの世界を駆け抜けてきたことは、今まで一度たりとも忘れたことは無い。昔のメンバーは次々とチームを抜けていったが、僕だけはリーダーとJ.T.Jを支え続け、ここまでやってきた。だがそれも今日までだ。

 僕がチームを抜ける以上、J.T.Jがたどる運命はひとつしかない。イノベーションの頂に灯るチームの栄光。輝かしい物語に幕が引かれる日が来てしまったのだ。

 扉の取っ手をつかむ。開けと念じれば、もうここは僕の居場所ではなくなる。だが後悔はない。さよならも、ありがとうも言わない。


 もはやイノベーションはただのゲームではない。戦争だ。現実世界と変わらない。負けたものから食われていく。何もかもを失う。名誉も誇りも。

 そして、自分自身でさえも。

 


 今日、この日を持って僕はJTJの一員ではなくなった。どうするかはまだ決めていない。行き先などない、孤独な旅の始まり。胸にはまだ悲しみが残っていたが、不安は無い。

 イノベーションの世界は広い。星の数ほどもあるミッション、チーム、そしてプレイヤーのひとりひとりが、僕に新たな可能性という光を灯してくれることだろう。

 

 数週間後、イノベーションの一大勢力を築き上げていた伝統あるチーム、J.T.Jはたった一人のアバターによって殲滅された。


 

 

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