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46Memory:0111-3

 そこに立っていたのはZoaであり、Zoaではなかったのだ。


 頭部は僕が見たときと何も変わらない。左右非対称で、二つの水色の瞳が輝いている。カメレオンのような左目はギョロギョロと動き回り、獲物である僕たちを見定めているかのようだ。

 だが首から下の姿は、異形と呼ぶより他はない。全身に紅い増加装甲が取り付けられ、表面に張り巡らされていた水色のラインがすっぽりと覆われている。岩山のように鋭く、肉食恐竜を髣髴とさせる。甲冑を着込んだ武士のように見えなくもない。凶暴性とスマートさを兼ね備える、ヒロイックなフォルムだ。

 バックパックの右肩部にはガトリング砲、左肩部には筒状のものが扇状に広がっている。両腕には盾のようなものが装着されていた。銀色の細長い板状で、ふちの部分にらせんを巻いた管が付いている。どんな用途があるのか、皆目見当もつかない。

 まるで童話のようだ。舞踏会のために、魔女が主人公の魅力を最大限引き出し、王子様と引き合わせる。おそらくはZoaも第三者によって血塗られたドレスを与えられたのだろう。一対多という戦闘のために防御力を高め、武装の追加により攻撃力と継戦能力を向上させる。僕たちに死という敗北をもたらすために。

 これまで考えてきた対策は全て水泡に帰した。あんな姿のZoaと遭遇したという情報は入ってきていない。今のヤツは、僕の知らない領域に存在する。うかつな真似はできない。慎重に行動すべきだ。


 そこまで考えて、Zoaめがけて無数の弾丸が降り注ぐ。まわりの連中が一斉に引き金を引いたのだ。甲高い銃声と空薬莢のハーモニーが奏でられる。普通のプレイヤーならこの一斉掃射でキルされ、おさらばするはずだ。

 だがZoaはそうならない。ヤツは避けることなくその場に留まり、迫り来る銃弾を全てその身に受けた。たじろぐことなく、直立不動の姿勢を保っている。


(今までのZoaなら瞬時に移動し、別の場所に陣取っていたはずだ。でも今度は避けなかった。いや避けられなかったのか?)


 けたたましい音とむせ返りそうな硝煙の中で、Zoaを見続ける。突撃銃、機関銃、数百いや数千発の弾丸が装甲を貫こうとするが、着弾した瞬間にはじかれる。ひしゃげたそれはヤツの足元に転がり、骸の山を成していく。一方でZoaのドレスはズタボロになるどころか、傷ひとつついていない。ダメージを受けていないのだ。


(避ける必要なんてない。ヤツの装甲はどんな銃弾もシャットアウトできるというのか。これほどとはね)


 驚きはしたが、動揺はしなかった。常識外のことを平然とやってのける。それがZoaだ。一挙一動がそのまま武器となり、僕たちを惑わせる。それを分かっているからこそ、ありのままを受け入れ、冷静に対処しなければならない。

 今すべきなのは、闇雲にチカラをふるうことではない。新しいZoaを見極め、活路を切り開くことだ。このままでは無駄に弾を消耗し、なぶり殺しにされる。


《グレネードいくぞ!!!》


 誰かが無線機ごしに叫ぶ。数秒後、五個の手榴弾がZoaの足元の転がった。より威力のある爆発物でダメージを与えるということか。ヤツはそれには目もくれずに佇んでいる。間もなく、投げ込まれたパイナップルが爆発した。黒煙がまきあがる。


(今度も動かない。ということは)


 紅いシンデレラは健在だった。至近距離で喰らったにもかかわらず、ヤツは変わらずそこにいた。ドレスの表面に黒いススがついただけだ。どこも欠けることなく、微動だにしない。まるで時が凍り付いているかのようだ。

 銃弾の嵐がおさまる。味方の銃口は相変わらずZoaに向けられている。だが誰もその引き金を引こうとはしない。その表情は様々だ。明らかに動揺している者、嬉しそうな笑みを浮かべている者、険しい目つきをしている者。連中にも現状が飲み込めたようだ。正攻法ではヤツには敵わない。


(まずは鉄壁の防御をくずす必要があるか。でもグレネード程度じゃヤツをふきとばすことすらできない。もっと強力な武器を使うか? いや、いっそのこと近づいてみるか?)


 考え付いた対抗手段は二つだ。ひとつは大火力で敵の装甲をひっぺがし、集中砲火を浴びせる。あの厄介なドレスを剥ぐことができれば、銃弾でも有効なダメージが与えられるかもしれない。そのためには、個人で携帯できる武器以上のモノが必要だ。その目星はすでについている。

 もうひとつは、ヤツに接近することで弱点を探すことだ。いくら頑丈な装甲といえど、どこかに継ぎ目はあるはずだ。そこを狙えば、あの上からでも有効打が狙えるかもしれない。だが僕は精密射撃できる武器を持っていない。ロングレンジの武器を持つ者を頼るか、自分から近づいて銃弾を浴びせる。

 今、僕たちとZoaは50mほど離れた位置に立っている。なんとか20m圏内に入っていきたいが、移動する間に狙い撃ちされるかもしれない。どのみち、誰かに援護してもらう必要がありそうだ。


《こちらべオウルフ・ツー。所定の位置に展開した。これよりRPGによる一斉砲撃を開始する。注意されたし》

《べオウルフ・ワン、了解した。マスターより全プレイヤーへ。攻撃の効果を確認後、隙を見て下がれ。まともに戦って勝てる相手じゃない。一旦引いて態勢を整えるべきだ》


 マスターの指示を聞き、まわりを見渡す。べオウルフの連中がZoaを取り囲むように陣取っている。滑走路側面の岩場や茂み、地面のくぼみなどに身を潜めている。数少ない障害物と灰色の衣がうまく溶け込んでいた。その様は本物の兵士のようにムダがなく、鮮やかだ。味方の銃弾の雨をくぐり抜けて接近し、短時間で広範囲に展開する。さすがは元J.T.Jのトップエリートといったところか。手際のよさが光る。

 RPG、対戦車ロケット弾は個人が携帯できる中で最強の火力を持つ武器だ。プレイヤーに対するダメージは凄まじい。マスターはそれを足止めに使用し、J.T.J以外のプレイヤーと協定を結ぼうとしているようだ。単純に考えれば16人よりも、32人で連携したほうが勝率も上がる。もしそれがうまくいけば、僕の考えた作戦が実を結ぶかもしれない。


《よし、いくぞ。発射》

《了解。発射します》


 抑揚のない戦士たちの声が響く。同時に空気の抜けたような音が聞こえた。RPGの発射音だ。七つの弾頭がロケット推進によって爆発的に加速し、Zoaへと群がる。あらゆる方向から、しかも高速で接近するそれらを避ける術などない。効果は期待していないが、これなら足止めくらいにはなるだろう。そう考えていた矢先のことだ。


(Zoaが動いた? いままで突っ立っていただけなのに。何故ここにきて?)


 弾頭が発射された瞬間、ヤツは顔を左下に向けた。その視線と連動するように、ヤツの左腿の装甲がスライドした。中から何かが飛び出し、90度回転する。顔を覗かせたのは、二つのレンズだ。双眼鏡のような形をしたそれは、Zoaに飛び掛らんとする狂犬たちをジッと見つめる。その刹那。

 

 二つの光が空間を切り裂き、オレンジの花が咲いた。


《バカな!? RPGが迎撃されただと? 何が起こった?》

《Zoaの左足から光が。あれが撃ち落としたんだ》


 プレイヤーたちの怒号が木霊する。青い光が二筋はしったかと思えば、七つの弾頭が残らず爆発した。ZoaがRPGの防御をやってのけたのだ。空中を高速で移動するRPG弾頭を撃ち落とすことなど、現実では不可能だ。それがヤツにはできる。おそらく先ほどの装置は、ミサイルなどの飛来物を防御するモノだろう。まだ見ぬ光学兵器だ。外側だけじゃない。Zoaの内側にも、とてつもない武装が隠されていたのだ。

 ならばとるべき手段はひとつしかない。いくら僕のチカラを行使したところで、先ほどのように不意をつかれてしまえば意味がない。だが今の僕はひとりではない。マスター、べオウルフ、ワーウルフという強力な味方がいる。彼らと協力し、このフィールドの特性を生かすことができれば、勝機はかならず訪れる。

 Zoaは左腿の双眼鏡を収納し、こちらの様子をうかがっている。あちらから動き出す気配はない。圧倒的な強さからくる余裕か、それとも僕らにプレッシャーをかける作戦か。どちらにせよ、こちらの戦術がことごとく潰されているのは確かだ。


《マスター、聞こえるか? 提案したいことがある。仲間たちを後退させて、ブラボー5付近の格納庫まで誘導してほしいんだけど》

《何か作戦があるんだな。よし、いいだろう。べオウルフ・ワンから全プレイヤーへ。作戦がある。全員ブラボー5の格納庫まで……、おいお前たち! 何をするつもりだ!?》


 Zoaの前に歩き出すヤツらがいた。 


《まったく情けねぇな、ベイビー。あんなハリボテにいつまでも惑わされるなんてよ》

《笑止千万》

《死なねぇなら死ぬまでぶっ殺してやるまでだ! なぁ野郎ども!!!》


 両手にリボルバー拳銃、SAAをかまえたガンバイソン、QBZ-98自動歩槍にマガジンを装填するマスター・ミン、MX60を両脇に抱えるクレイジー・グイリー。彼らだけじゃない。J.T.Jのメンバー以外のプレイヤーが続々と前に出はじめた。

 どうやら真正面からヤツに挑むつもりらしい。それがどれほど危険なことなのか、彼らほどのプレイヤーならば理解しているだろう。それでもなお、歩みを止めようとはしない。無謀な戦いに身を投じようとしている。何か勝算があるのだ。


 そうでなければ、あのように自信に満ち溢れ、狂気を孕んだ笑みを浮かべることなどできないだろう。





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