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 想いの破片がシェイカーでぐちゃぐちゃにされ、溶け出していく。思考が追いつかない。


 何故マスターの口から、アンタレスという言葉が出てきたのか!?


 僕がその人物を知ったのは、プロジェクトマーズなる謎の組織が配布していたとされるプログラム、IAPの説明文を読んでいたときだ。まさかマスターもそのプログラムを所持しているというのだろうか? 僕のように、闇に身を委ねてしまったのだろうか?

 いや、そうではないだろう。マスターはアンタレスのことを男だと言った。僕が知っているのは、アンタレスが最強の傭兵と呼ばれ、人間離れした能力を持っている。それだけだ。ただプログラムを落としただけでは、アンタレスの性別、容姿などは何ひとつ分からない。つまりマスターがIAPを持っているとは限らない。

 マスターは僕以上にアンタレスの情報を持っている。もしや直接会ったことがあるのではないだろうか? 僕がネットで調べても、アンタレスの情報は何一つ出てこなかったのだ。

 最強の傭兵と呼ばれたアンタレスに、マスターが関係している。そうとしか思えない。別人のことを言っているかもしれないが、偶然で片付けられるはずもない。僕の知的好奇心が、はげしくかきたてられる。マスターの質問の意図は分からないが、逆にこちらが聞きたくなった。アンタレスとは誰なのか? そんな人間が本当に存在するのか?

 いずれにせよ、まずは事実をハッキリさせる必要があるだろう。彼のことをたずねようとして、マスターの顔を見る。

 

 そこには、未だかつて誰も見た事もないような、マスターの姿があった。カタキを見るかのように冷たく、それでいて怒りを内包したかのような表情だ。その視線は僕を射抜き、貫いてしまいそうなほど鋭い。牙をむき出しにし、低い唸り声をあげ、相対する敵を威嚇する狼を連想させる。

 喉からでかかった言葉が詰まった。戸惑う余裕すらない。得体の知れない恐怖が、僕の体を支配しようとしている。心臓の鼓動が早くなり、握り締めた手は震え、そこに不快な熱がこもってゆく。

 状況が全く飲み込めない。マスターが豹変した理由が分からない。だが、自分の身に危険が迫っていることだけは理解できる。もしもここで対応を間違えば、本気で殺されかねない。大事の前に、余計な諍いはおこしたくない。


「アンタレス? そんなプレイヤー聞いたことがない。一体誰?」


 咄嗟に嘘をついた。アンタレスがマスターにとってどのような存在か分からない以上、無関係を装うのがベストだと考えた。僕の行いを正直に話しても良かったかもしれない。だがそれはためらわれた。  

 先ほどから僕に向けられているのは、単純な怒りではない。大切な何かを傷つけられた悲しみと、憎しみのようなものを感じる。そんな複雑な感情が入り乱れる中で、こちらの手の内を晒すのは得策ではない。素っ裸で地雷原を駆け抜けるようなものだ。無意識に起爆させ、自覚のないままバラバラになってしまう。

 疑われても、シラを切るしかない。冷や汗が止まらない。後ろめたさで動揺はしているが、マスターの態度でごまかしがきく。今の彼になら、誰だってすくみあがる。僕が挙動不審になっていたとしても、それは当然の反応なのだ。

 たった数秒間の出来事が、永遠のように感じられる。一刻もはやく、この窮地を脱したい。マスターの出方次第だ。嘘だと見破られれば、別の対策を実行するより他はない。

 マスターは僕の顔をじっと見つめていた。やがて僕から視線を逸らし、殺気を収めてくれた。何かをあきらめたかのように、力なく肩を落とす。


「そうか。いや、知らなければいいんだ。あくまで個人的なことなんでな。今の話は忘れてくれ」

「それはないだろ。あんな怖い顔をされて、何もなかったことになんかできないよ。よければ相談にのるけど、もしかしてそのアンタレスって奴に何かされたのか?」


 恐怖から開放されたはずみで、つい口が軽くなってしまう。折角あの状況を脱したというのに、また首を突っ込んでしまった。だが、どうしても気になるのだ。マスターをあそこまでムキにさせるものは何なのか。


「そういうわけじゃない。そもそも彼はイノヴェーションのプレイヤーではないんだ」

「だったら僕が知るはずもないな。そいつはリアルの人間なのかい?」

「まぁな。それにしても興味津々のようだな。そんなにアンタレスのことが気になるのか?」

「当然さ。アンタレスのこと、というよりマスターのことが心配なんだ。本当は何かあったんじゃないのか?」

「……」


 マスターは押し黙ってしまう。先ほどの獰猛さが嘘のようだ。返答に微妙な間があるし、いまいちはっきりしない。アンタレスの話をしたくないように感じる。こちらも本心を隠しているからおたがいさまだが、マスターのことは本当に心配だ。先ほどのことといい、今日のマスターの様子は明らかにおかしい。

 アンタレスのことは勿論気になる。だが、本来の目的は、紅い悪魔を駆逐することだ。ヤツを倒すのに、アンタレスの情報は必要ない。そんなものよりも、マスターの問題を解消するほうがよっぽど大事だ。今まで助けられた分、しっかりと支えてあげたい。困ったときはお互いさまだ。僕の想いが通じたのか、マスターが意を決したかのように話しかけてきた。


「そうだな。お前にならいいだろう。少なくともお前にも知る権利はあるかもしれないしな」

「興味があるね。何だいそれは?」

「今回の戦い、いや正確に言えばZoaのことだ。ヤツがイノヴェーションに現れたのは、アンタレスに関係があるらしい」

「関係だって?」

「そうだ。アンタレスというのは実在する傭兵だ。まさに最強と呼ぶより他はない、偉大な兵士だ。そしてZoaは彼を」


 やはりマスターはアンタレスの正体について何か知っているのだ。マスターの言う傭兵は、IAPに記されたアンタレスとみて間違いない。

 その彼と、最凶の敵であるZoaが関係している。震えが止まらない。今度は恐怖ではなく、喜びの感情が僕を支配する。隠された財宝を見つけたかのように、ワクワクしてきた。

 話の続きに耳を傾ける。僕の鼓膜を刺激したのは、マスターの声ではなかった。突如、インカムから謎の音声によって遮られる。

 女性のきれいな声だ。だがどこか無機質で、感情が読めない。彼女は機械的にメッセージを読みはじめた。



 勇敢なる戦士のみなさま。


 本日はこの特別な戦いへのご参加、まことにありがとうございます。

 みなさまの日頃の活躍は、イノヴェーションのスタッフともども存じ上げております。

 ここにいらっしゃるのは、Zoaとの戦闘において好成績を残され、他にはない特別な能力を持つ方ばかりです。

 そんなみなさまに更なるイノヴェーションを体感してもらうべく、Zoaを通じてご招待させていただきました。

 ルールは簡単です。今回のターゲットであるアサルトZoa、コードネーム・アーソナを排除してください。

 手段は問いません。みなさまで協働するのもよし、または他者を利用して捨て駒にしてくださってもかまいません。

 より緊迫した戦いを楽しんでいただくために、脳と仮想空間へのリンクの制限を解除しました。

 この戦闘におけるダメージや感覚は、あなたがたの脳に影響を及ぼし、キルされてしまった場合は命の保障はできません。

 この戦いで生き残った方々には勝利の栄光と、偉大なプロジェクトに参加する権利を差し上げます。

 残念ながら負けた方には、そのお命を捧げていただくことになります。

 それではZoaとの戦いを十分にご堪能ください。みなさまが楽しんでいただけることを、心よりお祈り申し上げます。


 プロジェクト・マーズのエージェント一同より



 プロジェクト・マーズだって? またこの言葉を聞く羽目になるとは。それが何を言いだすかと思えば、にわかには信じ難い話だ。イノヴェーションとZoa、双方につながりを持つというのか。

 特に気になったのは最後の項目だ。命の保証がない。確かにイノヴェーションをやりすぎると脳に影響が及び、数分間手足が動きにくくなることがある。だがいくらなんでも、死に至るなんてことがありうるのだろうか。そんなことになればイノヴェーションは現実で裁かれ、破滅してしまうことになる。

 その一方で、心当たりがないわけではなかった。Zoaに手を掴まれ、首を締め上げられたときだ。痛みはなかったが、実際に締め上げられたような感覚がした。流石に死にはしなかったが、現実に帰ってきたときも、掴まれた箇所に違和感があった。それは今も続いている。


「負けたら死ぬだって? そんなバカなことがあるものか。だろ? マスター」


 不安を払拭したい一心で、マスターに問いかける。答えは返ってこなかった。彼は天を仰いでいた。まわりの連中も、空を見上げている。上に何かあるのか? 怪訝に思いつつ、僕もそれに習う。

 真っ青な空に黒い影が二つ見える。ひとつは飛行機だ。そこから何かが投下された。黒いラグビーボールのようなものが、もの凄いスピードで落ちてくる。その形がみるみる大きくなってきた。


「おい! みんなここから離れろ! あれは強襲用降下ポッドだ! はやくしないと衝撃で吹っ飛ばされる! 逃げろ!!!」


 隣にいたマスターが大声をあげる。それを聞きつけたプレイヤーたちは、動揺しつつもめいめいの方向へ駆け出した。

 強襲用降下ポッド。名前は聞いたことがある。確か兵士を安全かつ、迅速に投入するシステムだったはずだ。ステルス性のあるポッドに入り込み、音速を超えるスピードで空を降下する。中にいた人間いわく、その時は生きた心地がしないらしい。故に兵士たちの間では、地獄の宅急便、ヘル・パッケージなどと揶揄されている。

 現実に存在するモノだが、イノヴェーションでは実装されていなかったはずだ。となれば、あの中に入っているのは、間違いなくヤツだ。

 空気を切り裂きながら、降下ポッドが迫ってきた。風切り音が鼓膜を刺激する。このままいけば、確実に僕たちのいる場所に落ちてくるはずだ。格納庫に向かって走り出す。ここは滑走路のちょうど真ん中だ。建物の近くにいれば、落下時の衝撃は届かない。

 振りかえると、降下ポッドはすでに地表から500メートルの地点に到達していた。側面の装甲が開き、本体を減速させている。白い線を描きながら、三本の足を展開させる。瞬きする間もない。

 ドン! 凄まじい風圧とともに、黒い影が大地に根付いた。まきあげられた大量の砂と埃が、あたり一面に降り注ぐ。

 命がけのパーティーが始まろうとしている。胸が高鳴る。あれが運んできたのは、美しいシンデレラなどではない。登場するのは、そんなものとは無縁の、冷酷非情な殺戮マシーンだ。今の僕は、それを誰よりも待ち望んでいる。

 胸中の緊張と期待が激しく混ざり合う。スリルという極上のテイストが、僕の胸を潤す。勝利の前の食前酒だ。じっくりと堪能する。もしかしたらヤツはすでに身を潜め、こちらの様子をうかがっているかもしれない。だが今の僕は、Zoaと互角以上に渡り合えるチカラを持っている。

 視界を塞いでいた砂煙が晴れてくる。それと同時に、ポッドのハッチから光が漏れ出す。ついにご対面だ。武器を構えて全身する。トリガーに指をかけ、いつでも発砲できるようにする。

 僕だけではない。ここにいる全てのプレイヤーが、芽を刈り取るべく、銃口を突きつけている。一斉掃射されれば、いくらヤツといえどもただではすまないだろう。主賓を歓迎する準備は整った。

 バクン! ついにハッチが全開した。中に人影が見える。誰なのかは確認するまでもない。


(いよいよこのときが来た! 僕の未来のために消えろ、Zoa)


 引き金を引こうとした刹那、僕の瞳は驚愕に彩られる。


 

 そこに立っていたのはZoaであり、Zoaではなかったのだ。


 


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