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僕は今、E-4地区の軍事基地に来ている。イノヴェーションの中でも、かなりの面積をほこるフィールドだ。どこまでも広がる滑走路。その脇に建てられた格納庫で、鉄の鳥たちが翼を休めていた。倉庫には彼らのための燃料、武器が貯蔵され、いつでも巣立てるようになっている。基地の中心にそびえる管制塔からは、今日も荒れ果てた大地が見えるだろうか?
今日は珍しく、滑走路の端に輸送機がとまっていた。一定の確立で現れる可変オブジェクトで、中には強力な兵器が収納されている。後で役立てる時がくるかもしれない。この光景をしっかりと目に焼き付けておく。
荒野を吹きぬける風が、僕の頬をなぞっていった。仮想空間とは言えど、その感触は現実のそれと全く変わらない。耳元で囁くようにぴゅう、と音をたて、そ知らぬ顔で通り過ぎる。だが今日だけは違うように感じた。まるで僕の手を引き、戦いの場へ誘っているかのようだ。そんな風に翻弄されぬよう、大地を踏みしめて進む。
指定されたポイントまで歩いていくと、複数の人影が見えてきた。様々な装備に身を包んだプレイヤーたちだ。中には見知った顔がいくつもある。早撃ちの達人、イノヴェーションのガンマンと呼ばれるガンバイソン。アジアで最強のプレイヤーと謳われる、マスター・ミン。チームT.M.Cに属し、戦場の破壊者の異名をとるクレイジー・グイリー。
名だたる兵士たちが、このフィールドに集まっていた。同じイノヴェーションのプレイヤーでも、有象無象の輩とは比べ物にならない。身のこなしひとつひとつに、磨きがかかっている。研ぎ澄まされた闘争本能はピリピリとはりつめ、僕にまで伝わってきた。全身が切り刻まれるかのような迫力を持つ。まごうことなきツワモノたちだ。
僕は彼らと戦いにきたわけではない。それは向こうも同じだ。ここにいるプレイヤーは今からチームを組み、共通の敵と戦うことになる。
総勢32名。つまり1対32だ。これだけの人数で、一人のプレイヤーと雌雄を決する。普通ならば、勝負にすらならないだろう。だがヤツにそんな常識は通用しない。気を抜けば、喰われるのは僕たちのほうだ。数の有利は忘れるべきだろう。
「いよいよか。これが最初で最後のチャンスかもしれないな」
「? あんたは」
後ろを振り返ると、そこにはマスターがいた。どっしりとした風貌を、灰色の迷彩服で包みこんでいる。肩からはアサルトライフル・SCARをぶら下げ、ヘルメットやプロテクターなどを装着していた。それなりの重量があるにもかかわらず、挙動にムダがない。流石はJ.T.Jの最古参のプレイヤー、ベテラン中のベテランだ。その貫禄は、彼が優秀な兵士であるということを再認識させる。
拳を突合せ、笑顔で挨拶をする。
「やっぱり呼ばれてたか。まぁ、ヤツほどの存在ならば、マスターに目をかけるのは当たり前だろうね」
「幸いなことにな。だが無策で挑めば、過去の二の舞を踏むだけだ。そうはならないようにしないとな」
「この前みたいにはいかないさ。僕には秘策がある。そう簡単に負けてやるつもりはない」
「秘策だって?」
「ああ。とっておきのやつだ。今度こそ、勝つ」
そう、だからこそ僕はここまで来たのだ。因縁の敵である紅い悪魔、Zoaに復讐するために。
ヤツからの挑戦状がたたきつけられたのは、僕がチカラを手にした時だった。
ナノマシンを改造し、己が体内へと注入した直後、僕の端末にメールが入った。イノヴェーションでのプライベート・マッチの申し込みだ。僕はある予感を胸に、メッセージを開く。戦いたいと望んだ時、ヤツはその姿を現す。まるで見計らったかのようなタイミングで、勝負を挑んでくる。
差出人は、やはりZoaだった。二度目ともなると、驚愕よりも喜びのほうが上回る。またヤツと戦うことができるのだ。僕とZoaが戦うのは、まさに運命の導きだと言えるだろう。互いに吸い寄せられているかのように惹かれあい、あいまみえる。
そこに理屈など存在しない、いや存在する必要などない。相手が何故、僕のことを狙っているのか? そして再び勝負を挑んできたのか? そんなことはどうでもいい。重要なのは、僕の強さを証明し、仮想世界の秩序を保つことだ。今はただ、Zoaを倒すことだけを考えればいい。
だが気になることがある。
「でも何でZoaは、わざわざこれほどの人数をひとりで相手にしようとしたんだろう? それほど腕に自信があるんだろうか?」
「分からん。今までアイツが同時に相手をしていたのは、最大でも8人程度だ。いくら姿を消せるとはいえ、今回はその数倍の戦力に挑もうとしている。何かがあると考えたほうがいいだろうな」
「ただ数が多いわけじゃない。ここにいる面子も妙じゃないか。半分は誰もが認めるトッププレイヤーたち。だけど残りの半分は、J.T.Jの生き残りだろ。意図がまるで読めないよ」
そう。この場には、大きく分けて二種類のプレイヤーが存在していた。一方は特定のチームに所属せず、ひとりで戦場を駆け抜けてきた実力者たちだ。総合的な能力が高く、己の腕のみでトップへ上り詰めた。協調性に欠けるのが難点だが、彼らほど突出した力を持っていれば、仲間はむしろ邪魔となる。まさにワンマンアーミーだといえよう。
もう一方は、かつてのJ.T.Jで活躍していたチームメイトたちだった。能力は高いといえないが、ひとりひとりが秀でたスキルを持っている。団結することでひとつの力を何十、何百倍にも膨れ上がらせ、互いを補うことで勝利を重ねてきた。獣の群れのごとく己の役割を全うし、任務を遂行する精鋭中の精鋭だ。
相反するプレイヤーたちが、同じ空間に集まっている。これが偶然とは考えにくい。何かしらの理由があるに違いない。
「確かに妙だ。だが俺たちの部隊が半数を占めているのは都合がいいな。作戦が立案、実行しやすい。しかも手品のタネが割れているなら、Zoaの姿も捕捉できる」
「マスターが率いているワーウルフ隊、そしてリーダーが率いていたべオウルフ隊か。まぁ、彼らならいい働きができるだろうね」
マスターの後ろに控える14人の戦士たちを見やる。マスターと同じ、灰色の戦闘服を被った狼たちが、何かを話し合っている。おそらく作戦会議をしているのだろう。
J.T.Jにいたときから、彼らには注目していた。使命をもたぬゴミどもとは違う。気高く、誇りある兵士たちだ。自分だけでなくチーム全体のことを考え、発展と秩序のために行動する。J.T.Jがイノヴェーション随一のチームとなったのも、彼らによるサポートが大きい。実力者たちを的確に補佐し、成功へと導く。
僕の存在に気付いたのか、彼らの視線がコチラに向いた。微笑みかけ、右手を挙げて挨拶する。ワーウルフたちは返礼してくれた。だがべオウルフの連中は忌々しげに僕を見た後、はじめから見なかったかのように話し合いに戻ってしまった。分かってはいたが、お互い様だろう。怒りよりは、呆れの感情のほうが強い。
「さすがはリーダーの飼い犬たちだ。まだリーダーに逆らったことを怒ってるのか。くだらないな」
「そう言うな。規律を乱す原因は、あくまでお前にあったんだ。それを忘れるなよ」
「もうそんなことは忘れたよ。まったく、英雄の名を冠す部隊が聞いて呆れるよ。秩序や誇りよりも、実益をとったんだぞ。Zoaがやらなくても、どのみち潰れることは明白だったのに」
「そのへんにしておけ。お前は理想を見すぎだ。チームの運営にも、いろいろと気を遣うことがある。誇りだけで飯が食えれば、誰も苦労はしない。少しは現実に目を向けろ」
「……分かったよ」
たしなめるような視線を向けられ、僕は口を閉じる。マスターの言い分に納得はできないが、反論することができない。
規模が大きくなるにつれ、J.T.Jのメンバーにも齟齬が生じるようになっていた。僕のようにひたすら強さを求める者と、戦績に関係なくイノヴェーションを楽したい者。幾度となく対立し、解散の危機を迎えていた。
このときからチームが腐り始めていたかもしれないが、僕は見限る気にはなれなかった。J.T.Jが仮想世界に影響力を持ち、頂点に近づいていたということもある。だがそれ以上に、愛着のようなモノが沸いていたのだ。
現実世界はくだらない。持つものと持たざるもの差は歴然で、生まれた瞬間に人生の大半が決まっている。持たざるものは搾取され、貶められ、生き恥を晒していく。こんな惨めな生活に何の意味がある?
だがこちらは違う。誇りと使命を持ち、己が役割を果たしていれば、みんなが自分のことを見てくれる。訓練を積み、実戦をこなせばスキルが身につき、持つものに追いすがることができる。それのどこが悪い? 強さと名声を求め、他者に認められようとすることの、どこが問題だというのだ?
あんなチームでも、結成当初は僕のことをあたたかく迎えてくれた。リーダーは僕のことを必要としてくれた。他のメンバーとも打ち解け、チームのために尽くすことの喜びを知った。任務を全うすれば、それだけ僕の存在が確立されていく。だから誓った。強くなってJ.T.Jを上へと押し上げ、イノヴェーションの頂点に君臨させる。そうすれば、僕はもっと必要とされるようになる。
J.T.Jは僕のかけがえのない居場所だったのだ。だからその場所が汚され、踏みにじられるのが我慢できなかった。強いチームを維持するためには、それなりの規模が必要だったというのは理解している。より大きな戦果を得るためには、戦力の拡充を図らねばならなかったのだ。
チームメイトたちがかつての理想を忘れず、後釜たちにそれを説いていれば、今のようなことにならなかったかもしれない。だが、どこかで認識がずれ、そのひずみが大きくなっていった。そうしたらもう、あとは瓦解していくだけだ。結局は現実と同じようになってしまった。くだらない欲に飲み込まれ、すべてが無に帰した。勝利を求めることを忘れ、敗北を是とするようになってしまえば、そうなるのも当然の帰結といえるだろう。
僕の帰るべきチームは、もうどこにも存在しない。秩序と栄光を捨て去ろうとした時点で、諦めはついていた。未練もない。そんなものは、とっくの昔に捨て去った。だが僕にはまだ残されているものがある。マスターとのつながりだ。
彼には今も感謝している。イノヴェーションを始めたときから僕をサポートし、気にかけてくれた。チームが崩壊しようかという時も、必死にまわりを説得して留めてくれた。そんな彼だからこそ、さきほどの言葉には重みがある。おそらく彼も、現実と理想とのあいだで葛藤したのだろう。その苦しみは、察するに余りある。
マスターは、僕の存在意義と居場所を守ってくれた恩人だ。彼がいたからこそ僕は強くなり、イノヴェーションの実力者となれた。いままで出会った人間の中で、一番尊敬している。感謝こそすれど、反抗するなどもってのほかだ。
「とにかく、べオウルフ隊は俺が率いることにする。お前にはワーウルフ隊のフォローにまわってほしい。話はつけてある。お前に敵意を持っていないあいつらなら、お前と組んでも問題ないはずだ」
「まかせてくれ。他ならぬあんたの部隊だ。無駄死にするような真似だけはさせないさ」
Zoaへの憎しみは消えていない。だがそれと同様に、マスターに頼られることへの充実感も芽生えていた。
僕の存在が、誰かに認められている。それだけのことだが、これ以上の喜びはない。強さを求める姿勢が理解され、そんな人間が増えていく。そうなれば、僕の存在はますます大きくなっていく。いままで僕を見下したり、否定していた人間を見返すことができるのだ。
だから僕を見ていてくれるマスターのためにも、この戦いに負けるわけにはいかなかった。もしも負けるようなことがあれば、今度はチームだけでなく、かけがえのない人間まで失う羽目になる。僕がこの世界に存在することができなくなってしまう。また醜い現実に逆戻りするなんて、まっぴらごめんだ。
全てを捨て去った今、Zoaに勝つこと以外に、僕を確立する方法は残されていない。マスターのためにも、僕自身のためにも、負けるわけにはいかなかった。
「頼もしい言葉だな。誰がなんと言おうと、俺はお前の腕は信じてる。期待しているぞ」
「ああ。せいぜいその期待に裏切らないよう、精一杯やらせてもらうさ」
心が昂るのを感じる。僕が得たチカラと、マスターが育てた部隊があれば、ヤツに勝てる。ワーウルフは決して無能ではない。僕の考えに共感し、キチンと目を向けてくれる連中だ。だから僕も、存分にチカラを振るうことができる。
「だがその前に、聞いておかなければならないことがある」
「何だって?」
これからの作戦のことだろうか? マスターにはZoaの情報は残らず伝えている。何かいい作戦を思いついたに違いない。それをより確実なものとするために、僕に相談を持ちかけてきた。ならば僕は、その信頼に応えるべきだろう。マスターに返答しようとする。それより先に、彼の口が重々しく開いた。
「お前は知っているのか? アンタレスという男のことを?」
僕のなかで、何かがひび割れる音が聞こえた。