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46Memory:0100

 部屋の窓から、西日が射している。紅の光と黒い影が、空間に彩りをそえる。くだらない時間をすごしてきた僕は、その中に足を踏み入れ、パソコンを起動した。制服から私服へと着替え、何気なく部屋を見回す。パソコンにテレビに本棚、何も変わっていない。ベットもクローゼットもだ。

 ショーケースに飾ってあるコレクションに目を向ける。正義の象徴たる、ヒーローたちのフィギュアが鎮座している。その勇ましい姿には惚れ惚れする。彼らには何者にも屈しない精神と、悪と戦う勇気をもらった。現実で変身することは叶わないが、せめて心だけは勧善懲悪のヒーローでありたいと思う。いくつになろうとも、それは変わらない。

 

 Zoaに敗れてから三日が経っていた。現実世界で意識を回復したとき、恥ずかしいことに安堵してしまった。マスターの言うように、Zoaにキルされた人間が消えてしまった。そんな馬鹿馬鹿しい話があるわけない。だが事態は、そんな僕の考えをはるかに超えていた。イノヴェーションでの異常が、目に見える形で現れてきたのだ。

 パソコンを立ち上げると、すぐさまメールボックスを開く。新着メールが二件あった。前に来たほうから見る。イノヴェーション運営からのものだ。おそらくは、僕の問い合わせへの返答だろう。案の定、メールには簡潔にこう書かれていた。


 あなた様からご指摘いただいたZoaなるプレイヤーは存在しません。姿を消せる装備は、現在のバージョンでは実装されておりません。チートが使われた痕跡はなく、ご指摘いただいた日には問題なく稼動しておりました。

 

 思ったとおりだ。運営はZoaの存在を隠匿しようとしている。この回答が何よりの証拠だ。

 僕は帰還した後、イノヴェーションにアクセスする気力が失せていた。当然だろう。あのように無様に敗北したのでは、他のプレイヤーの笑いモノになると思ったからだ。そのような屈辱を味わうのならば、いっそのこと二度とアクセスしたくないと感じていた。

 せめて第三者視点ではどのように映っていたのか。それが気になり、試合の記録を見ようとした。だがなかった。そればかりか、僕の勝敗の記録も装備の損傷具合も、そしてZoaのデータそのものも見当たらなかった。はじめから存在しないかのように、何一つとして残っていなかったのだ。

 マスターの言葉が脳内で再生される。Zoaと戦った者には何も残らない。はじめは疑っていたが、どうやら本当のことのようだ。不自然極まりない。この事実は、イノヴェーションに落ち度があることを示している。そのようなことは今まで一度もなかった。

 だからこそ、それを確認する意味で運営に確認をとったのだ。データが残っていなかったため、見たことのない装備をもったプレイヤーがいるという断片的なことしか伝えられなかった。昨晩の話だ。にもかかわらず、僕が出掛けた直後に返答してきた。明確に存在を否定してきたのだ。

 分からなかった。どちらが正しくて、どちらが間違っているのか? 僕が戦っていたZoaは本当に存在していたのか。あれは夢ではなかったのか。そんな疑念が頭を駆け巡った。その答えを、僕のかけがえのない仲間が見せてくれた。

 

 もう一方のメールはマスターからのものだった。内容はイノヴェーション内でのZoaのことだ。どうやら元J.T.Jのメンバー以外にも、ヤツとおぼしき存在と戦った連中がいたようだ。戦い方が僕のときとは違うが、外見的な特徴から判断すると、ほぼ間違いないとのことだ。

 その連中のほぼ全員の消息が、ここ最近掴めなくなっているらしい。マスターの話によると、これまでZoaと戦ったことのある人間は、約165人だ。又聞きの話を統合した結果であって、実際はもっと多い。その中でイノヴェーションを続けている人間は、わずか14人しかいない。つまり九割以上の人間が消えたということになる。

 いくら負けたのがショックであったとしても、これほどの数のプレイヤーが短い間に引退するだろうか? いなくなったのは、いずれも高い実力をほこる猛者たちだ。イノヴェーション内でも名の知れたトップランカーも多い。それほど入れ込んだ人間が、はたして一回の敗北でどうにかなるものだろうか?

 以前なら一笑に付していただろうが、今は違う。いなくなったJ.T.Jのメンバーとの連絡が、一ヶ月ほどたった今でも途絶えている。何人かと親しかったマスターですら、彼らがどうなったのか知らない。何かが起こっている。そう思わざるをえない。奇妙な偶然が何度も重なれば尚更だ。

 それに反して、一般のプレイヤー間ではたいして話題に上がっていない。理由などいくらでも説明がつくからだ。

 J.T.Jが壊滅したときは、それなりの騒ぎにはなった。だがチームの終焉は、大多数の人間が予想していた。チームの評判は落ちていたし、いずれ空中分解するだろうという噂も囁かれていた。単なる内輪もめで解散したというのが、プレイヤー間での認識だ。 

 実力者たちが忽然と消えている件も、全体で見れば些細なことに過ぎない。現在では、世界の約半分の人口がイノヴェーションをプレイしている。いくら名が知られていても、所詮はその一部にすぎない。身内でもない限り、誰も気にとめようとはしないだろう。

 たった一人のプレイヤーによって、この騒動が引き起こされている。そのような現実を、誰も知る由はない。そもそも、Zoaのことを知る人間など数えるほどしかいないのだ。人間離れしたな身体能力を持ち、誰も見たことのない装備に身を包む。そんな常識はずれのプレイヤーが存在する。仮にそう話したとして、誰が信じられようか。荒唐無稽だと罵られるのが目に見えている。

 生き残ったプレイヤー同士はコンタクトを取り合い、どうにか情報を発信しようとした。少しでも噂を広めることで注意を促し、対策を講じようとしていたのだ。驚くべきことに、それを運営が阻止していた。コミニティを作成した直後に警告が入り、即解散させられたらしい。理由は単純明快だ。


 根拠のない発言によって秩序を乱し、混乱を招こうとする行動を看過するわけにはいかない。


 人脈の多いマスターには感心させられる。これだけの情報を、ほぼひとりで収集できたのだ。おかげで疑念が確信に変わった。

 イノヴェーションは、僕たちに何かを隠している。Zoaのことだけじゃない。もっと大きい何かが蠢いている。

 仮想世界全体が歪んでいるようだ。今は小さいが、やがて大きなひずみへと変わっていき、気づいた時には取り返しのつかない事態に進展する。何が起こるのかは想像できない。情報が少なすぎる。だがこれを予見できるのは、ほんの一握りのプレイヤーしかいない。ならば生還者である僕たちが、歪みを正さなければならない。

 これが真実か、ただのおとぎ話か、それを判断することはできない。いずれにせよ、Zoaのことを追い続けるより他はない。何よりもまず、ヤツを打ち倒す必要がある。負けたままというのは気に入らない。秘密のベールに護られているのであれば、それを引き剥がしてやればいい。

 当面の目標はそれだ。だから負けたあとは情報収集に専念していたし、勝つための秘策を編み出していた。たとえ運営が何を企んでいようと、これだけは邪魔させない。

 再びZoaに出会える予感がしていた。この騒動の中心には、からなずヤツがいる。イノヴェーションが何かをしでかそうというのなら、Zoaが活動をやめることはないはずだ。

 機会はいずれやって来る。それを待てばいい。時が満ちれば、栄光の太陽が輝きを取り戻し、全てが白日のもとに晒される。その瞬間を迎えるためにも、準備は念入りに行わなければならない。

 また日が昇るまでの間、僕は影に身をひそめていることにしよう。一時の屈辱に塗れようとも、最後に勝てばいいだけのことだ。

 傷ついても幾度となく立ち上がり、強大な敵を打ち倒す。今のZoaは、ある意味でイノヴェーションの秩序を侵そうとしている。それを許すわけにはいかなかった。憧れのヒーローのように、勇気を奮って立ち上がるときが来たのだ。

 

 全ては僕の正義と信念のために。


 メールボックスを閉じた僕は、ネットの海の奥深くへと潜りこんでいった。

 



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