表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

1

 

 どうだい? これまでの行いを振り返ってみた感想は? 

 

 おや? やはり覚えていなかったようだな。波長に乱れが生じていたと言う事は、君の記憶もいよいよ危なくなってきたらしい。たとえ修復できたとしても、このままだとデータの回収に支障をきたしそうだ。タイムリミットは刻一刻と迫っているか。

 けど、少しインターバルをはさむ必要があるな。記憶というのは結構デリケートなものなんだ。君みたいなヤツでも、丁重に扱わないと簡単に壊れてしまう。焦って全てを失っては、元も子もないからね。ここは慎重にいかせてもらうよ。

 

 私は君とは違う。よく考えて行動する主義なんだ。つねにまわりに与える影響を考えている。くだらない過ちを犯してしまわないようにね。目先の利益しか考えられないヤツほど失敗する。それが世の常さ。

 後先を考えない増税や事業への投資。他国や企業に媚びへつらい、歪んだルールをつくる。そうして財政破綻をまねき、国としての機能が危うくなっている。そんな場所が数多くあるのが、今の世の中さ。そういう国を引っ張っている政治家という連中ほど、まねく結果を考えずに行動する。だから経済が政治を超越し、秩序が失われていったのさ。

 国が滅ぶだけならまだ何とかなる。だが高いリスクを無視して、原発や化学工場のような施設をどんどん建てたのはいただけないな。現にそれらは地球の大気を汚し、事故によって放射性物質がどんどん流出している。自分たちの生まれ育った場所である地球を、欲のために破壊するなんて愚かとしか言いようがない。

 まぁ、当然の結果だな。自分ひとりのことしか考えてなければ、こういうバカな真似はできまい。君たちのような人間のせいで大多数の人間が不幸になり、尻拭いをしなければならなくなる。困ったことにね。

 私は自然を愛している。だからこそ、地球を貶めるような行為をする人間が許せない。だから決めたんだ。この地球とかけがえのない仲間たちを護るために、私がひと肌脱ごうってね。これもその活動のひとつ、ということさ。


 おっと。話が逸れてしまったな。君のような人間には到底理解できない話だ。君が興味があるのは、あの紅い敵だけ。そうだろう? 作業再開まではまだ余裕がある。もう少しだけ付き合ってやるよ。

そもそも彼がいなければ、私が君に興味をもつこともなかったからね。もしかしたら、君も何かを思い出すかもしれない。


 Zoa。突如としてイノヴェーションにあらわれた、正体不明のプレイヤーだ。彼は全てにおいて謎に包まれている。

 何しろランキングには上がらないし、"プレイヤーが閲覧できる"データには存在しないことになってる。まるで幽霊だな。見えているようで、正体は誰にも分からない。実際に会ったヤツしか、Zoaの存在を認識することができないんだ。

 運営に問い合わせた連中もいるようだが、プライバシー保護という理由でうやむやにされている。つまり彼とグルってことだ。存在が日のもとに晒されるのは、都合が悪いからね。まぁ、イノヴェーションの強大な権力を使えばそれも可能だろう。経済至上主義の賜物さ。

 彼の存在を認知しているのは、交戦経験のあるわずかなプレイヤーだけ。そのプレイヤーの話が浸透していき、噂として語られるようになったんだ。

 数少ない目撃者の話を統合してみよう。Zoaの全身は、様々な装備によって覆われている。バイザー付きのヘルメット、カメレオンのような左目、各所を爬虫類のようなプロテクターが覆っている。そして装甲の隙間からは、水色の光が輝いている。

 特筆すべきは、どれもこれも全部真っ赤だったということだ。体中がドス黒い血にまみれたような姿らしい。これだけでも彼の特異性が垣間見えるな。

 ちなみにどのプレイヤーも、そのような外見は再現できないようだ。イノヴェーション内の外見は、自分で作ることができないからね。あらかじめ用意されたものを組み合わせる。どんなに工夫をこらしても、Zoaになりきることはできないのさ。

 特別なのは見かけだけじゃない。彼との遭遇の仕方も特殊なようだ。あるときはミッションを終えた直後に襲撃される。またあるときは突如としてプライベートマッチを仕掛けられる。遭遇しているプレイヤーには"表面上では"規則性は無い。高ランクや低ランク、レベルの垣根なしに遭遇報告があがってる。

 だから遭遇できたプレイヤーはよほど運がいいと言われてる。彼に挑戦したくてもどこの誰だかも分からないし、ミッションの記録もされないからね。挑戦したいがためにプレイ時間を増やした連中もいるようだが、はっきり言って時間の無駄だ。

 Zoaには使命がある。あたえられた役目にしたがって、イノヴェーションに侵入したにすぎないんだ。だから、誰もかれも相手にするといったことはしない。普通のプレイヤーには、知るよしもないんだけどね。

 そんな彼が注目されている一番の理由。それは彼と交戦した連中が、一分ももたずに全滅させられてることさ。その方法は様々。どれもこれも神業さ。他のプレイヤーとは格が違う。

 まるでこちらの弾がすり抜けているかのように移動し、まともに照準を合わせられない。撹乱して狙撃しようにも、先回りされてキルされる。距離を詰めても格闘術で動きを封じられ、脳天に一発ぶちこまれる。おまけに人間ばなれした体力を持ち、どこでも縦横無尽に駆け回れるらしい。常識では考えられないほどにね。

 彼のバイザーにつけられた、カメレオンのような瞳。それに見つめられたら最後、そのプレイヤーはあっという間に殺されるんだ。とは言っても、いくつか例外があることも確認されている。まるでプレイヤーを観察するような挙動をし、あえて止めを刺さない。そんなケースもあるようだ。

 おもしろいことに彼の武勇伝は、存在が認知されるにしたがって凄まじいものになっている。姿がまったく見えなかった。銃を撃つ前に殺された。銃弾をいくら浴びせても致命傷をあたえられなかった。こんな話がちらほら聞こえるようになった。

 プレイヤーたちはそんな彼に畏怖と敬意の感情を抱いた。ゴーストや悪魔呼ばわりするヤツもいれば、レッドコートや紅い彗星なんてヒーローのような二つ名をつけているヤツもいた。そういう連中に限って、実際にZoaと戦ったことのあるヤツはいないんだけどな。

 ちなみに、これは君がやられた後の話さ。思い出してきたか? 君やJ.T.J、マスター以外にも彼と戦ったプレイヤーはいるんだ。しかもZoaは、プレイヤーごとに戦い方を変えている。目撃者が少ないのに、様々な証言があるのはこのためだ。ミッションごとに装備を変え、様々な状況でプレイヤーたちと勝負していた。

 意外だったのは、君と戦ったときのZoaは本気だったということだ。姿を消すことのできるステルス迷彩を使用していたのは、数えるほどしかない。君を含めた、J.T.J幹部の掃討にしか使われていないんだ。しかも彼は君を排除しなかった。目的に見合った存在だと認識したのさ。

 分からないでもない。君に実力があるのは事実だ。いくら性根が腐っていたとしても、それは変わらない。Zoaも君の力を認めていたからこそ、あの装備を使用したんだ。君という器を見極めるためにね。よかったな。唯一の取り柄が役に立って。

 しかし君の勝利に対する貪欲さには、私も感服するしかないな。目的のためには手段を選ばないなんてことは、とても私には真似できないよ。自分勝手な考えで他人を貶め、勝つためにはいかなる犠牲も厭わない。そんなクソやろうには、死んでもなりたくないな。


 さて、話はここまでだ。Zoaにはまだ真実が隠されているが、言うわけにはいかない。全ての記憶を修復できるまで我慢してもらおう。イノヴェーション内における彼の記録は貴重なんだ。君が思っている以上にね。余計な刺激を与えて、台無しにするわけにはいかないんだ。

 Zoaのデータを集めるのには苦労したよ。対戦者たちのほとんどは消えているか、廃人となってしまっている。だから断片的なモノしか集められなかったんだ。特に交戦データは、今ではほとんど手に入らない。

 だが今は君がいる。どうにか存在を見つけ出し、コワれる前に接触することができた。運が良かったよ。いや、ある意味では悪かったかな。君みたいなヤツと、同じ時間を共有しなきゃいけなくなったんだからな。

せめて最後くらいは誰かの役に立ってくれ。君とのデータさえ取れれば、Zoaの全てを知ることができるんだ。

 

 何故君なのかって? 君は彼のことをよく知ってるはずだ。そうだろう? 

 だって君は二度も彼と戦い、ついには勝利したんだからな。実に君らしい勝ち方だった。軽蔑するよ。



 ふむ、そろそろよさそうだ。波長が安定してきた。作業を再開するとしよう。これで全てのデータが引き出せるはずだ。

 


 じゃあ、行こうか。君の運命を決定付けることになった、最後の戦いの記憶へ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ