九話 その、きっかけは勘違い?
「もし出掛けるなら、この予備の鍵を使っていいから。夕方には帰ってくる」
「はい、いってらっしゃい。道久さん」
休日出勤なんて社会人は大変だな。と、考えて雪夜は道久を見送る。
しかし、道久は見た目は大人びているし、落ち着いた物腰から、実年齢より高く見られることが多いが、実は雪夜と道久は同い年だったりする。生まれだとか環境の違いから、道久は機関傘下の企業で働いているのだ。
そうとも、知らず雪夜は、ぷち同居期間、最後の日曜日、年上だと思い込んでいる相手の部屋で留守番をする事になった。
道久が付けっぱなしにして行ったテレビをチャンネルも変えずに、なんとなく眺める。
土曜日に必要最低限の荷解きは済ませたために、道久の部屋は始めて雪夜が御邪魔した木曜日とは比べるべくもなく生活感のある部屋になっていた。
それでも、少し寂しいことは否定できないが、雪夜としては、落ち着く雰囲気だ。
たった二日ではあるが、この部屋の主と同じ時間を過ごした勝手知ったる台所に立ち、冷たいココアを入れ、新しいクッションの上に座って、ふと床を見ると妙なモノがあるのに気づく。
床の上から人の頭の上が生えている。しかし、そのサイズは、自分の知ってる人よりも小さい。一言で表現するならミニチュアサイズの生首なのだが、生気を感じさせる。ていうか、瞬きすらしている。
「で、どうして、こんな事になってるの?雪夜」
「喋った!?……って、アリスか。驚かせないでよ」
雪夜が、幻覚かと疑い始めたがいきなり喋った生首は、彼女にとって馴染み深い相棒。異世界人のアリスだった。
「せめて全身、床から抜けてきて。生首と話すのは、嫌よ」
「我侭ね。よ、っと。鍵が折れてどうしたかと思ったら、男の家に転がり込んでるんだから驚いたわよ」
「嫌な言い方するわね……。大家さんが、温泉旅行に行ってるから、その間、泊めて貰ってるだけよ。今日の夜に大家さん戻ってくるから鍵作って貰って帰るわ」
「そう、良かった。それで、これからの方針について話し合いたいんだけど、大丈夫?」
アリスは雪夜の正面に座り、その言葉に雪夜も気を引き締める。
これからの方針というのは、当然、魔法少女としての活動方針であり、怪人「黒髪の道化師」の対処方法だ。
前回の戦いで道化師が本気を出したのは、ほんの一瞬……空間転移を使った時だけだろう。彼の実力は底が知れず、ステータス通りの強さでない事は雪夜とアリス、共通の認識だ。
遠距離攻撃は効かず、武器を召還し、空間すら跳躍する彼は接近戦を得意とする怪人であり、幸いフォルテとの相性は悪くはないと二人は考える。道化師は攻撃力が低く(と言っても一般的な怪人より高いが)フォルテ相手に有効な攻撃は少ないと予測されるのが最大の理由だ。
つまり、勝てるかどうかはわからないが、負けはしない。
しかし、相手の目的も殆どの場合は戦闘員や工作員の為の時間稼ぎであり、フォルテの足止めとなるだろう。
つまり、互いに決め手はなく、膠着状態に陥る事が予想できる。
「そうなると、実体を特定するのが早いのよ」
アリスは、そう結論付けたが雪夜は、不満そうに反論する。
「私の『憎しみ』の感情を手掛かりに……ねぇ。幾ら近くに怪人が居たら、人間形態でも、憎悪し戦いたくなるって言われても広すぎるのよ、日本は」
雪夜は魔法少女となる際に、異世界人への対抗心を糧に変身した。その影響から、フォルテは怪人相手には好戦的であり、それは雪夜になっても変わらない。というのが、アリスの主張だ。
そして、その感情は相手が正体を隠していても魔法少女の本能までは騙せない。……らしい。
実際には雪夜は、非変身時に怪人を目の前にする事など、これまで一度も無く、従ってアリスの主張に対する実感もない。
世界的に見れば日本は小国だが、個人で捜し人をするには余りにも広すぎる。都合よく怪人と会う事なんて、そうそうない。怪人が出現してから、フォルテとして、現場に向かう事しか、これまでは無かったのだ。
だから、雪夜は実感がない。
だから、雪夜は自分の感じている道久に対しての未知の鼓動の高鳴りの正体がわからなかった。
魔法少女フォルテは全ての感情を増幅する。
つまり、雪夜は、増幅された感情でしか、怪人を目の前にした時の自分の状態を知らず、いざ目の前にしたら、フォルテである時と同じ状況になるとばかり思っている。
彼女は鼓動の高鳴りを恋心と思い必死に否定するが、本当にただの勘違いだったりする。いや、ただの勘違いだったと言うべきか。今、道久の事を考えると、頬が熱を持つ程度に意識してしまっている雪夜は、既にその勘違いには気づけない。
故に―――――。
「気長に探しましょう。学校もあるのに日本中回るなんて、出来ないし」
「そうね。期待せずにゆっくりと。私達の目的は魔導連盟の手に負えない怪人の撃退が本業だし、ね」
そんな結論しか出なかった。
『番組の途中ですが、緊急速報です。只今、――都、――区にて開催されているフリーマケットに怪人が出現しました。危険度は低いと見られていますが、魔導連盟の出動も確認されており――――』
「……アリス」
「ゆっくりさせてくれないね。怪人も。行きましょうか、雪夜」
突如、入った緊急速報に対応し、雪夜は道久に言われた予備の鍵を手に取り、速報の続きも聞かずに部屋を出る。もし道久に見られてしまったら……。と考えると、部屋の中で変身する気にはなれない。
魔法少女フォルテの正体は、アリス以外には絶対に内緒なのだ。
アパートの裏の影で変身し、空へと飛び上がる。
フリーマケットの会場となっている公園は、そこから遠くに見える程度の距離だ。前に、道化師が現れた場所も、近すぎると言って良い。
「黒髪の道化師……案外近くにいるのかもね」
誰に言うのでもなく、彼女はそう呟いた。
雷歩があるのだから、駆けつける距離は関係ないのだが、もし近くにいるなら、雪夜として遭遇する可能性は高いと、少しだけ期待する。
実際には近すぎて絶対に見つからない様な距離にいるのだが。