八話 旧友の襲来
母の日記1
日本に行った息子から電話がありました。
滅多に連絡をくれないので母は嬉しく思いました。でも、貴方のお部屋、ドンドン汚れて行ってますよ?たまには、掃除に帰ってきて欲しいものです。
それはそうと、あの大きな槍は母さんも驚きました。息子の部屋からすごい音がしたと思えば、顔の横に大きな槍が刺さってるんですもの。あんなのが刺さったら流石に母さんも痛いです。
気をつけてください。
あ、槍はちゃんと、機関宅配便で着払いしておきました。受け取ってください。
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微睡む雪夜の頭に聞きなれたチャイムの音が響く。
しかし、その音は遠く、自分以外の部屋の音だと判断し、鬱陶しそうに布団を頭まで被る。
「「ゆーきーやー、あーそーぼー」」
訂正。どうやら、彼女のお客さんの様だ。
「……この声は、キョンキョンか」
まだ眠い頭を無理矢理動かして布団を被ったままドアへと向かう。クラスのお調子者二人組で愉快過ぎる性格をしているが、雪夜にとっては掛け替えのない親友だったりするので、無視する訳にも行かない。
慣れた調子でドアの鍵を開く。何か忘れてる気もするけど、寝ぼけた頭では思い出せない。
「ゆっきー、いないのー?」
「ゆっきー、いうなー……あれ?」
寒さに耐えつつドアを開け放つが、そこには誰もいなかった。というか、少し離れたら地面すらない。一人が通れそうな狭い通路の向こう側は、なんとも頼りない柵があるだけだ。
(あ、マズイ。まだ良くわかんないけど、マズイって事だけは良くわかる。どうしよ?このままドアを閉じてなかった事にしようかな。せめて、目が完全に覚めるまで引き篭もろう。それから考えよう)
寝ぼけた頭で、そこまで考えれた事を雪夜としては褒めて欲しいくらいだった。だが、無常にも彼女の親友たちはゲームオーバーを告げる。
「あれ、ゆっきーの声?」
「上から聞こえたよ?あ、雪夜ー。なんで二階?お引越し?」
「へ?あ、おはよ。んっと、なんで私、二階に?」
三人揃って首を傾げる。二人は雪夜の家に何度も遊びに来てるのだから、間違える訳がない。
雪夜の頭の中で煩いくらいに警笛が鳴り響くが、もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。ちなみに、どっちにしても二人にバレた時点で色々手遅れだろう。事情があるとはいえ、男の家に泊まっているのだから。
「雪夜、どうしたんだ?ドアを開けっ放しで」
そして、騒ぎを聞きつけた道久が雪夜の後ろから顔を出す。そして、雪夜は全てを思い出した。
鍵を無くした事、二階の男の人に泊めて貰った事、やたら意識してしまって遅くまで眠れなかった事。そして、睡眠不足のせいで、寝ぼけた頭では、それらの事は覚え切れなかった。
「あ、あぁ……あああーー!?」
それは、魔法少女フォルテがあげた叫び声ととても似通った声だったという。
◆
「雪夜のお友達だったんだね。騒がしいから何かと思ったよ」
「す、すいませんでした!私、佐藤京子です!」
「五月蝿くして申し訳ありません!私、鈴木響子と申します!]
「えっと……双子?」
「苗字が違います、道久。キョウコ達は私と同じクラスで同じ名前で、たまたま仲良くなったんです」
「二人合わせてキョンキョンって呼ばれてます!よろしくお願いします、お兄さん!」
京子は肩口に揃えられた髪を振りながらハイテンションで話す。その色は薄い茶に染められていて、活発な彼女を象徴するかのように明るい。絵に描いたような元気な美少女であり、楽しそうに笑う姿は同性すらも引き付けるだろう。
響子は、京子よりも、礼儀正しく丁寧だが、勢いは負けていない。髪の長さは雪夜に近く、背中まで伸びた毛先が跳ねている。たれ目で全体的におっとりとした印象を受けるが、道久に対して興味津々と言わんばかりに向ける視線から、大人しいタイプでない事はわかった。
道久は慌しく三人が騒ぐ中、また暖かいココアを入れていた。自慢じゃないが、任務以外で女性と関わった事のない彼に、彼女達の喧騒の中に入っていけるスキルなんてあるハズがない。
取り合えず、お茶を出すという日本人の行為は、なんと便利なのだろうと感動を噛み締めつつ一人ずつ、温めたミルクで作ったココアを差し出していく。
「だから、鍵落としちゃって大家さんも帰ってこないから泊めて貰っただけなのよ。あ、ありがとう」
「鍵、ねぇ。それは分かったけど、雪夜が普通に鍵落としたとは思えないなぁ」
「ねぇねぇ、鍵どうしたの?ゆっきー、本当は鍵どうしたの?溶鉱炉に落として溶けちゃったのですか?」
「う、うるさい!ゆっきー、言うな!鍵は落としたの!!」
お泊りについては、納得してくれたけど、妙に鋭い友人達だった。これも、長年、魔法少女として活動してきた弊害なのだが、その内容は後に語るとしよう。
その喧騒は、日が沈む直後まで続き、外が暗くなる頃、二人を質問攻めにしたコンビは、道久と雪夜に楽しい時間とソレ以上の疲労を残して帰っていった。
◆
「でも、佐藤。どう思う?あの二人」
「別に付き合ってるって感じではないでしょー?でも、珍しいよね。雪夜が男の人と話してるなんて」
出会ったばかりの二人を、なんとなく良い雰囲気だから。なんて理由で、そういう方向に結びつける程、京子も早計ではない。でも、雪夜が異性と話している光景は珍しいのも事実で、気になったりもする。
彼女達は三人共、容姿に恵まれている事もあり学内でも目立つ存在だ。必然的に異性からアプローチを受ける事も少なくない、けど雪夜は他の二人に比べて圧倒的に少なかった。
決して皆無ではないのだが、彼女の近寄り難い雰囲気が人を遠ざけている。そんな彼女が異性の家に泊まったという話自体、にわかには信じがたい物だった。
「面白い事になりそうね、佐藤」
「面白くなって行きそうだね、鈴木」
雪夜のお友達登場です。
深くストーリーに関わる予定はない二人ですが、大人しい雪夜を連れまわして事件に巻き込んでくれる大事な役ですw