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六話 怪人男と冬色少女

「母さん?ちょっと送って欲しい物が。いや、お金じゃなくてさ。オレの部屋に大きな槍が落ちてると思……え、壁を突き抜けてきたって?すごい威力だなぁ、あの分厚い鉄板を。まぁ、いいや。その槍を送って来て欲しいんだよ。うん、住所は誰か知ってる人いると思うから。うん、うん。大丈夫だよ、うまくやるさ。元気でね」


 聞いてる人が居たら何事かと驚くような会話だったが、生憎、周囲には誰も居ない。道久は母への電話を切ると、今日、戦った魔法少女の事を思い出していた。

 凛とした張り詰めた空気を纏った金色の少女。その強い意志を宿した瞳に惹かれたのは否定できない。多少、迂闊で女の子らしい面を持ち合わせていたのは彼女の年齢を考えれば逆に魅力的な部分とも言える。

 敵としてだが、彼女にまた会えるのは楽しみでさえあった。


「そんなフォルテより民衆からの支持率を勝ち取るのは、簡単では無さそうだが……」


 遣り甲斐はある。と、片手で持った買い物袋の重さを噛み締める。中身は、ピーク時に主婦という名の戦士達と争い勝ち取った貴重な食材だ。一級品こそ逃してしまったが、そこそこ程度の物は買い押さえられたあたり、近くのスーパーには恵まれたらしいと道久は考える。


「そして、主婦……此方も強敵になりそうだ」


 フォルテよりも遥かに容赦のない彼女たちを思い浮かべると疲れが浮かんでくるが、これから長い間付き合う事になるのだから、無視は出来ない。

 悔しさを噛み締め帰路を歩く。やがて、機関の幹部が教えてくれた事を書き連ねたメモにあるボロアパートが見えてきた。

 家賃は安いのだが、穴だらけの外見や駅から遠い事で人が寄らず困っていた老夫婦から機関が買い上げた物件であり、その外見は新しくペンキを塗りなおし補修した事で見違えている。根本的な部分こそ、どうしようもないが、手入れ出来る部分は全て改善し、更に家賃も下げ入居者が増えた事から老夫婦は涙して喜んでくれた。

 この円滑な作業こそが世界の2割の企業と関係を持つ世界征服機関ならではの強みだ。が、未だに日本への影響力は低い。その原因が、邪魔をする魔導連盟であり、強力な怪人すら退ける魔法少女フォルテの存在だ。

 道久は、機関の援護を引き受ける立場にある。


 だが、今日の仕事は終わった。後は帰って、ゆっくり食事でも作ろう。

 と、思ったが、アパートの一階に少女が座り込んでいる事に気づく。ドアの前に座っている事から常識的に考えると鍵でも落としてしまったのだろう。非常識な出来事を考えるとキリが無いのでやめておく。

 正直に言えば、あまり関わりあいたい存在ではない気もする。が、同じアパートの住人が妙な事になっているのに、無視するのも印象が悪い。

 道久の使命には正体を隠す事が前提としてあるのだから、何であれ目立つ事は避けたい。ここは善良な一般市民を装うべきだろう。


「お嬢さん、どうしたんだい?」


 と、なるべく邪気のない笑顔を作り話かけてみるが、少女は顔を伏せたまま、素っ気無く答える。


「すいません。放っておいてください」


 でも、こんな所で……。と言おうとした所で道久は少女から滲み出る警戒心に気づく。ナンパとでも思われたのだろう。確かに、同じアパートでなければ話しかけなかったかもしれない。

 道久は名乗りもなく、いきなり話しかけたのだから、警戒されて当然とも言える。だからといって、今更、普通に名乗るのも格好悪い。そう考え道久は、外に備え付けられた階段を上っていくと、少女の小さな驚きの声が聞こえた。同じアパートの人間が心配して話しかけてくれただけだと気がついたのだろう。

 しかし、雪夜が道久を引き止める事はなく、丁度、彼女が座り込むドアの真上から、ドアが開き再び閉まる音がする。


(やっちゃったなぁ……)


 雪夜は後悔するが、今はどうしようもない。後日、改めて謝ろうと決めて、正面の一軒家を見据えるが、未だに明かりは点いていない。

 外の寒さは僅か5分の時間も、間延びし耐えがたい時間となる。いつでも大家さんがいると思い込み、スペアの鍵を作らなかったのは迂闊だった。


「寒っ……」


「どうぞ、お嬢さん」


 なんとなく呟いた声に返事を貰い思わず体が小さく震える。顔をあげて見ると、暖かそうに湯気をたてるマグカップと先程と何も変わらず優しそうな笑顔を浮かべる金髪の青年の姿があった。


「え、でも……」


「寒いんでしょう?気にしないで、一階さん」


 他人でも、同じアパートの人だと思えば警戒心は和らぐ。雪夜は素直にマグカップを受け取る。手に伝わる熱は熱いくらいだったが、ソレが心地よかった。ゆっくりと、火傷しないように口をつけると甘さが口いっぱいに広がる。


「美味しい、です」


「インスタントのココアだけどね。すぐに出来る物が他になかったから」


 そう言い苦笑する青年を前に自分の胸が不自然に高鳴っているのが雪夜には自覚できたが、彼女はそれを心の中で否定する。実際には、彼女が考えている様な理由で鼓動が高鳴っている訳ではないのだが、それは、もう少し後に分かる話だ。


「それで、どうしたんだい?鍵でも落としたのかな?ご両親は?」


「あ、さっきは、ごめんなさい……。鍵は……そうなんです。落としちゃったんです。私、一人暮らしなので、大家さんが帰ってくるのを待ってるんです」


 まさか、折れ曲がったとは言えなかった。そして、道久の言葉が雪夜を絶望の底に落とした。


「え、大家さんは温泉旅行で日曜日の夜、遅くまで帰ってこないけど?」


「へ……!?」


 雪夜は現状を整理する。今日は木曜日で明日が金曜日、明後日が土曜日で、大家さんが帰ってくるのは、更に次の日だ。

 慌てて財布の中身を確認すると、野宿する事は無さそうだが、そのギリギリ具合に泣きそうになる。せっかく、好きな甘いものを我慢してたのに、こんなくだらない事で……!と怒りたくなる。ちなみに、この怒りの原因は目の前にいる男、黒髪の道化師だ。

 しかし、互いにそうとは知らず、道久も何か事情があるのだろうと察し、一度、断られたら素直に引こうと決め、思い切った提案をした。


「良かったら、うちに泊まるかい?二階だし」


「良いんですか!?」


 その天からの助けとも言える提案に、雪夜の頭が考える前に脊髄反射が大胆な返事をしてしまっていた。



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