三話 魔導連盟
魔導連盟。
怪人の出現とほぼ同時期に人と共に暮らす事を選んだ怪人の力を借りて魔法を行使する人々の集まりは、日本ではそう呼ばれる事となった。
初めは他の小規模な魔法を扱う団体と同じ様に独自に治安維持活動を勤めていたに過ぎない組織だったが、異世界人による大襲撃が起こってからは、その立場は怪人対策部隊となっている。
そんな街を守る彼らの任務は意外にも少なく、今も二人が街中の治安維持の為のパトロール中に少し休憩をとっていた。
そして、更に、そんな彼らを空中から見下ろす怪人が一人……。
「ンー、気を抜いてるネェ。前任の怪人モ中々に強かったハズなんだケド」
道化師は仮面の顎を撫でながら、そう呟く。
先進国に派遣された怪人なのだから弱いハズはない。それどころか、資料ではステータス平均B以上を誇る猛者だったハズだ。
「ダケド、まぁ、僕らは好き放題暴れるワケにはいかないし、そんな物なのかもネ」
機関の活動には一定の制限が掛けられているのだから、相性の問題もあるのだし、うまく行かなくても不思議ではないし、それは自分の考える事ではないと、道化師は自分の仕事を全うする事に集中する。
まずは資料にあった魔法戦士フォルテが目的だ。彼女は機関が活動しているだけでは現れないが、怪人が出たとなると国内の何処であろうと高確率で現れるらしい。だからこそ、戦闘行為が可能であり、広い空間で、騒ぎを起こそうと思っていたが、連盟の魔法戦士が休憩している公園は絶好の場所だった。
後は、彼らの前に姿を現すだけで事は済むのだが……。
ここで一つ、怪人の性質について説明させて頂きたい。
怪人には人と同じ姿と、大なり小なり形態を変えた怪人の形態がある。当然、姿が変わったとて、中の人が変わる訳ではなく、同じ思想、同じ目的を持つ同一人物だ。
だが、たった一つだけ、怪人形態には欠点がある。それが――――――――――
サテ、どうやったら面白くなるカネ?
と、いうような感情の増幅だ。
道久は道化師は非常に頼りになる形態だと思っているが、同時に、この遊び心が最大の欠点だと言って止まない。御陰で何度、危ない目にあったか数え切れないくらいだが、残念ながら今の彼は、黒髪の道化師と呼ばれる怪人であり、「楽」の感情が心を弾ませている。
そして、彼は影の様に、その場から消えた。
「寒くなって来たなぁ。今日は来るかな?虚狼」
「最近、見てないよなぁ。フォルテは容赦ないからな。余り大きな怪我してなきゃいーけど」
「アァ、彼は一旦、機関の本部ニ戻ったよ。魔法戦士フォルテが手強すぎてネェ」
休憩中の魔法戦士の会話を聞くと、虚狼は敵でありながらも、気を使われる様な存在であったらしい。そんな前任の怪人を誇りに思いながら、ベンチに座っている彼を気遣ってくれた二人の真ん中で道化師は事情を説明する。
「そうなのか?ま、怪我とかじゃないなら、ちょっと安心……って、ふぁっ!?」
「ッ!?な、はぁ!?」
ワンテンポ遅れて、戦士たちは慌ててベンチから飛び退き、自らの武器に手を掛ける。
突如の自体に対する反応速度こそ流石と言うべきではあるが、気を抜いている所に、いきなり密着状態で現れた何者かを相手に平静を保てるハズはない。見た目のまま怪人なのだが、その判断すら咄嗟には出来ない様だ。
「お前、何者だ……!?いきなり現れなかったか!?」
「うっわ、コーヒー零したよ……。っち、よくもやってくれたな」
いきなりの敵対心。
なるべく、悪役でありながらも、憎悪を受けず真っ当に世界征服機関の手先として活動する矛盾を重ねた活動をしなければいけない道久にとってはマイナス要因でしかないが、道化師としては、彼らのリアクションは非常に満足の行くものだった。
「クックック。僕は彼の跡を継ぐ怪人さ。黒髪の道化師って呼ばれてるよ」
「新しい、怪人!!亮平、本部に連絡!」
「了解。少しの間頼んだぞ!」
怪人と名乗った瞬間、彼らの対応は冷静で素早かった。しかし、既に最初に大声を出してしまったせいで、野次馬が集まり始めている。これは、距離をとっての攻撃魔法戦を得意とする魔法戦士としては、有難くない状況だ。
しかし、そんな状況でも彼らは気を抜くわけには行かない。目の前の、怪人が虚狼と同じ様に日本国民を傷つけない保証など何処にもないのだ。
「面妖な怪人だ。せめて素顔を見せたらどうだ?」
「ゴメンヨー、コレを外したら変身が解けちゃうんだ。アハハハハ」
「それならば、仕方ない。魔導連盟の健介だ、参るぞ」
「これは、コレハ、ご丁寧に。世界征服機関、黒髪の道化師、お初にお目ににかかりマス」
道化師は声に大きな抑揚をつけて喋り、それは人によっては不快感を催すかもしれない巫山戯たものだった。しかしながら、魔導連盟の魔法戦士も堅苦しい言葉を使い、その姿格好も武士の様で、鞘から抜いた武器は、どう見ても刀だ。彼は珍しくも近接戦闘が得意なタイプだろう。
が、道化師の特徴ある喋り方は変身時の副作用ではあるが、侍の彼はどうにも厨二病を再発してしまっているようだ。
ちなみに、特別な力を手に入れた魔法戦士が、この様になる事は珍しい事でもない。
「健介!本部にソイツのデータはない!大した事のない怪人って事だ。やっちまえ!」
「応!!」
名のある怪人は、各国とも情報を共有している。だからこそ、亮平と呼ばれた彼は、そう判断したのだろう。だが、それは大きな間違いで、単に黒髪の道化師と呼ばれた怪人は、数日前に英国に出現しただけの存在であり、情報が回っていないのだ。
ちなみに、亮平の台詞に対して、怪人は「え?一緒にこないの?」と驚いてたりする。
「日本人は律儀ダネ。マァ、僕もソレナリの力をもってお相手しよう。レーヴァテイン!」
黒髪の道化師が叫び、腕を振るうと、その手には先程までなかった紅い炎を纏った大剣が握られていた。その手品の様な所業と非常識な武器に健介は一瞬だけ怯むが、周囲への被害の少ない接近戦を選んでくれたのは好都合と考え直し、刀を振るう。
「先ずは速さ比べと行こうか。無名の怪人!」
「アハハはハハ!!僕も素早さには自信があってネェ!!」
勝負を持ちかけるだけあり、健介の剣速も中々のものではあるが、怪人は大剣を使いながらもソレ以上の速さを持って彼の剣を弾く。その度に、道化師の大剣レーヴァテインから放たれる炎が舞い散り幻想的な光景となり見る者を圧倒する。
現に野次馬達は、自らの盾である連盟の魔法戦士が明らかに押されているにも関わらず、ある者は口笛を鳴らし、ある者は感嘆の溜息を吐く。
「いやはや、観客は呑気なものだな。目の前に、これ程の化物がいるというのに。しかし、機関は人手不足なのか?」
健介は自分では叶わぬと悟りつつも不敵な笑みを浮かべ挑発めいた事を言う。それは、黒髪の道化師が虚狼よりも弱いと判断したからだ。それでは、魔法戦士フォルテに勝てるハズがない。
「虚狼クンと比べられテモ、困るナァ。彼ハ機関の中でも特ニ強いんダヨ?でも、ボクも、そこそこヤレるんだよ?証拠を見せヨウ」
怪人の大剣レーヴァテインから放出する炎が、その威力を増す。魔法戦士に、その程度の炎は効果が薄いが、それでも炎に対する根本的な恐怖が消える訳ではない。その一瞬の隙をつき、黒髪の道化師は、健介を大剣で突き倒す。
「けんすけええぇ!!」
「ぐっ、カハッ!だ、大丈夫だ……!!」
大剣で突かれ吹っ飛んだ健介は傍目からは致命傷に見えたが、仰向けに倒れ、上半身を起こして答える。痛みで顔を歪めながらも、まだ動けるようだ。
「サテ、力比べといこうカ」
いつの間にか、倒れている健介の両隣から木製の棒が真っ直ぐと上に伸びている。両手を伸ばせば、掴めそうな位置にあるソレは20m程上空まで伸びていて、その先には――――――巨大な刃が付いていた。
「ギロチンターイム!」
「へ?う、あ、あ……うわあああぁ!?」
そして刃が落とされる。
それに気づいた健介は慌てて逃げ出そうとするが、先ほどのダメージに合わせて気が動転している事で、動かしている手足は虚しく砂利を掻くだけで、ほとんど動けていない。このままでは、数秒後に彼の体は真っ二つになるだろう。
(あ、マズイな、コレ)
それを見た道化師もまた慌てた。
どうしよう。いきなり人殺しなんてしたら、きっと日本に機関の居場所がなくなる。でも、日本人は殴られてもご飯がアレば怒らないって言うし大丈夫かな?いやいや、死んだらご飯が食べられないからきっと、怒る。でも、ここでギロチンを消すのも不自然だし。よし!ギロチンを消して「ねぇねぇ、どんな気持ち?死ぬかと思った?ねぇねぇ」。これだ!印象は悪いけど、取り返しがつかない程では……!!
焦るあまり、微妙に方向性が間違った思考を高速で働かせ、ギロチンを消そうと―――――した、刹那のタイミングで、刃を支える棒の片方が、中間で真っ二つに斬られる。太いとは言えない棒きれ一本で巨大な刃を支える事など出来るハズもなく、その刃はバランスを崩し落ちるが、途中で黒い何かに飲み込まれた為に、見物人に被害を与える事はなかった。
「ホゥ」
道化師は「助かった」という思いを隠し、ギロチンが破壊された原因を見つける。
それは、眩しく空中に佇み、道化師を見下ろしている。鮮やかに白き光を放つ鎧、それよりも尚、輝く金色の髪と強き意思を宿した瞳。
その姿は神話に出てくる戦乙女に良く似ている。金色の戦乙女、魔法戦士フォルテ。それが彼女と道化師の最初の出会いだった。
此処まではシリアスが少し多めですが、基本的にはゆるい感じで続けて行くかと思います。
ちょっと変わったジャンルですが、面白いと思って頂けたら嬉しいです。
感想頂けたら嬉しいです。