表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

二話 冬色の少女と金色の戦乙女

 少女が意識を取り戻すと、辺りは人々の悲鳴と怒声で溢れかえっていた。


 痛む頭と朦朧とした意識の中で、少女は自分に何が起きたのかを考えるが、彼女の記憶は母と父、それに妹の4人で旅行に行くために車で高速道路を走っていたところで区切れている。

 割れてよく前が見えないフロントガラスを、目を凝らして見つめると、前の車に衝突したらしいという事だけは理解できたが、その光景はずっと前まで続いていて、長い玉突き事故になってしまったのだろう。

 そして、彼女は何故か、走っていた高速道路が途中からぽっかりと無くなっている事に気づいた。


「お母……さん……?」


 体を起こすと事故の際に強く打ったようで痛みを覚えるが、それを堪え、前席に居る両親に話しかける。


「雪!?良かった!」


 雪と呼ばれた少女の母親は、一瞬だけ後部座席を振り返る。どうやら、彼女に大きな怪我はなく、無事な様だが、運転席にいる父親は苦悶の声をあげ潰れかけた車体とエアバッグに挟まれていて動けないようだ。

 それでも、見た限り命に別状は無さそうなのだから、この規模の事故としては運が良かったのだろう。


「よく聞いてね。お母さんは、お父さんを助けなきゃ行けないの。でも、此処も危ないから、雪は先に逃げて。携帯電話は壊れてないわよね?うん、よかった。後で連絡するから。前は道が途切れてるから後ろに逃げてね」


「お母さん、お父さん大丈夫……?」


「ええ、大丈夫よ。でも、ちょっと動けないの。だから、先に雪だけでも、逃げて。遥は先に行ったから心配いらないわ」


 姿の見えない妹の名前を聞き、彼女は安堵する。そして、自分より幼い妹が、両親の言う事を聞き、一人で行動しているのに、自分が良い子にしない訳には行かないと、小さいなりに芽生えていた姉としてのプライドが彼女の足を動かした。

 

「お母さん、後で電話頂戴ね!」


「うん、私たちもすぐに行くから」


 そう言って笑う母を残し、少女は壊れて閉まらないドアから外に出る。車の外は逃げる人で溢れていて、皆が一斉に既に無い道路から離れる様に逃げていた。

 

 少女も痛む体に鞭を打ち逃げるが徒歩よりも僅かに速く走るのが限界だった。だからこそ、人々の雑音の中から少しでも有益な情報を得ようと耳を傾ける。

 その情報を纏めると12年程前に現れた異世界人が反乱を起こし、人間に危害を加えているらしい。

 異世界人など、自分にはまったく関係のない事だと思って過ごして来た彼女は、どうして彼らが、こんな事をするのかがわからなくて悔しくて涙を流し、唇を噛み締める。


「なんでこんな事するの……?異世界の人は悪い人なの?なんで、お父さんを……お母さんを傷つけるの……?私……悔しいよ!!」


 それは本来なら誰にも届くはずのなかった独白。

 しかし、この場でたった一人、それを聞いている者がいた。


「悔しいの?」


「悔しいよ!!」


「どうしたいの?」


「……っ、守りたい!」


 反射的に答えた後に、少女は自分が誰と話しているのか疑問に思い涙を拭い顔をあげる。

 彼女の目の前には彼女よりも小さい……遥かに小さい、それこそ手の平の上にでも乗ってしまいそうな少女が飛んでいる。


「妖精さん……?」


 頭には羽根の生えた髪飾りを付け、青く輝く鎧を身につけた小さな少女。腰まで伸ばされた、一本の三つ編みに編まれた金色に輝く髪は後ろから見たらエビの尾の様にも見える。そして、強き意思の宿った黄金の瞳は、まだ小さい少女を真っ直ぐに見つめていた。


「私が何かなんて、どうでもいい。ねぇ、貴女、戦う覚悟はある?あるなら、私が力を貸してあげる」


「……お父さんとお母さんを、みんなを助けられる?」


「貴女次第ね。でも、可能性は高いわ。そして、何もしなかったら危ない」


 まだ11歳の少女に、その言葉の意味を正確に理解する事など出来るハズがない。それでも、少女は自らの非力さを嘆き、誰かを助けたいと強く願い、返事をした。


「戦う。私、みんなを助けたい!」


「ありがとう。私はアリス。貴女は?」


「ゆきや!」


 そう言って少女はアリスを真っ直ぐと見つめる。それは子供特有の素直さから来る強さだろう。


「なら、契約をしましょう。私は、ゆきやに魔法の力を与えるわ。貴女は、その力で何を望むの?」


 ゆきやは、目を閉じ自分が何をしたいのかを考える。


 みんなを守りたい。異世界人が何なのかは知らないけど、自分の大切な物を壊されたくない。そんな思いを胸に、少女は力強く叫んだ。


「私は、もっと……『強く』なりたい!!」


 それは後の世で「大襲撃」と呼ばれた一部の異世界人の暴走。そして、とある魔法戦士の誕生だった。







 柊雪夜(ひいらぎ ゆきや)。それが、5年前に魔法戦士となった女の子の名前だった。名前だけを聞けば男性とも間違えられかねないが、背中まで伸びた黒髪と少し茶に染まった瞳。少しだけ膨らんだ胸部に丸みを帯びた体のラインは、女の子として十分に魅力的な物だ。

 鼻が少し低いのが彼女のコンプレックスであるが、美少女と言っても差し支えないだろう。

 ただ、同年代の女の子よりも落ち着いた物腰、冷ややかな視線は、その名前と合わさって冬という季節を連想させ、異性を遠ざけている。


 学生である彼女の仕事は、勉学であり、魔法戦士として活動している以上、アルバイトも出来ないので、放課後である今、特に予定もない今日は真っ直ぐ家に帰るしかない。帰り道に甘い物でも……と、思わなくはないが親元を離れ一人暮らしをしている彼女の財布は軽く、まったく余裕がない訳ではないが、どうしても躊躇ってしまう。

 明日は金曜日だが、祝日が重なり三連休なのだから、少しくらいは、と思わなくもない、が。


「……我慢。次の仕送りまで何があるかわからないんだから」


 仕送りの前日に、まだ余裕があれば、たい焼きを買おう。と囁かな決意を胸に秘め、帰り道を歩き携帯電話を開く。それも、5年前に使っていた最低限の機能しか付いていない物ではなく、インターネット機能に長けた最新の物よりも一つだけ古い物になっている。


 【金色の】魔法戦士フォルテ【戦乙女】


 彼女が開いていた某掲示板のスレッドには、そんなタイトルが付いていた。

異世界人との戦いに初期から参戦していた彼女はそれなりに有名であり、そのスレッドの内容は全てとは言えないが概ね好意的な物で、まだ高校生に過ぎない彼女に取っては大きな心の支えにもなっている。

 お礼を言われたくて戦っている訳ではないが、それでも、お礼を言われれば嬉しいし、自分が戦っている意味があるというのは心強いものだ。


「……アリス?」


 携帯電話を見ていた雪夜は、その存在を感じ顔をあげる。


「雪、新しい怪人が来たわ」


「そう」


 雪夜は魔法戦士としての活動を周りに隠している。色々な理由があるが、平穏な生活を送りたいというのが一番大きな理由だ。アリスも、そこには万全の注意をし、今は姿も表さず、その声も雪夜にだけ聞こえる小さな物だった。

 それに、小さな返事をして、雪夜は近くにあったビルとビルの隙間に入る。


「大丈夫よ、雪。周りに人はいないわ」


「そう。なら、早く変身して現場に向かうわ」


 雪夜がそう言うと5年前から、まったく姿の変わらないアリスが目の前に現れ、雪夜に手を伸ばし、昔、聞いた言葉で問いかける。


「魔法の力を与えましょう。貴女はそれで何を望むの?」


 対する雪夜は軽く目を閉じて、昔、ピアノを習っていた時の事を思い浮かべる。魔法戦士の名前は、その時に彼女が使っていた楽譜の音楽記号から取った物だ。

 雪夜は、アリスの小さな手を取り昔から変わらない願いを口にする。それが、彼女が魔法戦士となる為の儀式。


「私は、もっと『強く』なりたい」


 そして、雪夜は雪夜ではなくなる。その姿は、彼女の面影こそ残っているが、同一人物だと気がつくのは難しいだろう。彼女の姿は、小さな少女、アリスを借りたものとなる。

 頭には羽飾りの付いたサークレット。目元には、騎士の兜の様なフェイスガードが現れる。制服は瞬く間に白色をベースに金色で縁どられた鮮やかな鎧へと変わり、その全身を覆う。

 黒かった髪も鮮やかな金色へと染まるが、長さは雪夜を基準としている様で大きな三つ編みは長さが足りなくなり、柔らかく解け、ゆるやかなウェーブが背に掛かる。

 目元は、やや釣り上がり閉じた眼を開くと、髪よりも更に黄金の輝きを放つ瞳が煌く。


 その輝く姿こそ、彼女が戦い続けた異世界の種族の力を借り、怪人を打ち倒すための姿。


 魔法戦士フォルテ。


 彼女は変身が無事、完了した事を確かめると、空へと飛び立った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ