十八話 仲間が出来て
「この子がアリス。私が魔法戦士で居られる理由」
「子って、私、年上なんだけど……まぁ、よろしく」
「響子です。よろしくお願いします、アリスさん」
木製の丸テーブルの上にちょこん、と座った小さな少女に響子は頭を下げる。
響子はガチガチに緊張しているのが見て取れるが、冷静に見えるアリスも内心は穏やかではなかった。何せ、彼女が雪夜以外の人と話すのは数年ぶりなのだ。
一人、普段通りな雪夜だけが、テーブルにお茶を置きながら、少し様子が違う二人を見て小さく首を傾げる。
「聞いた私が言うのもなんだけど、ゆっきーが魔法少女って……聞いても大丈夫だったの?」
「むしろ、私は広めるべきだと思うんだけど……ね?」
と、責めるような口調で横目で、雪夜を見るアリス。
「嫌よ。恥ずかしいじゃない。そもそも、魔法少女ってのも違う。私は、魔法戦士フォルテ……って、あぁ!これ、言ってるだけでも恥ずかしい!」
一応、年齢相応の羞恥心はあるらしく、床にぺたんと座り込み、落ち込む雪夜だが、響子は更に追い討ちをかける。
「でも、すっかり魔法少女フォルテって広まってるよ?ほら」
「へ?」
そう言って差し出されたのは、最新のスマートフォン。画面に映っているのは雪夜もよくみる某掲示板であり、その板にも覚えがあるが、問題は、そのタイトルであった。
魔法少女フォルテちゃんスレ
「ちょ、何これ!?え、魔法戦士フォルテスレは!?」
「え、ゆっきー、自分のスレ見てるの?引くわー」
響子が半歩下がり、アリスは呆れた様に溜息を吐く。雪夜としても、ちょっと自意識過剰なんじゃないかと普段から思っていただけで何も言い返せず唸る事しか出来ない。
「し、仕方ないじゃない。気になるんだから。それに、フォルテは私であって、私じゃないわ」
「感情が強く表れるだけで、雪夜自身に……なんでもないわ」
雪夜に睨みつけられ、途中で言葉を止めるアリス。別に怖かったわけではないが、涙目で睨まれると流石に可哀相になってきたのだ。
「まぁ、なんでもいいんですけどね。ゆっきー……じゃないか、フォルテが素顔晒したあたりから、フォルテちゃんって有名になってるわよ。今更、魔法戦士フォルテなんて呼んでる人いないんじゃないかしら?」
「う……そ……」
雪夜は、その場で這い蹲り絶望した。
彼女にとって、フォルテとは、怪人と戦い日本の自主性を守る戦士だったハズなのに、いつの間にか、アイドル的な立ち位置になっていたのだ。
道理で最近、歓声が増えたとは思っていたが、良い傾向だとしか思っていなかった。
「それもこれも、あの道化師が!私のフェイスガードを外すから!!絶対に、許さないっ!」
涙目になりながらも、雪夜は絶対に道化師に負けないと決意を新たにするが、それを見る友人と戦友の視線は冷ややかなものだった。
「そんな大声出して大丈夫?ここ、壁薄そうですし道久のお兄さんとか機関の人みたいですから、あんまり言わない方がいいのでは?」
「あ、大丈夫。道久なら、朝から何処かに出かけていったら……って、何よ、その目」
ふぅ、と一息吐いて立ち上がる雪夜。それに対して、本気で若干引く響子。
「ゆっきーってさ、ストーカー?」
「……違いますー。壁が薄い上に真上だから、道久の出入りがわかりやすいだけですー。真上だし」
ま、そんなもんかな。と響子は納得しかけたが、今度はアリスが突っ込んだ。
どうにも、雪夜以外の話し相手が出来て嬉しいのか、雪夜以外と話せないストレスが溜まっていたのか、心なしか彼女も口が軽いようだ。
「それにしても、毎日の出掛けから帰宅まで気にしてるんだから、素養あると思うわよ?」
「ちょ、アリス!?」
「うわ……」
雪夜にとって親友の片割れで気遣いが出来て、彼女をからかい元気付ける親友。そんな彼女が魔法少女フォルテの事を知った事は、決して華々しい活躍はなくとも、機関にとって無視できない脅威となる、
◆
「待ち人未だ来ず、か」
駅前の喫茶店の一席で京子は退屈そうにストローを咥えながら、そんな事を呟く。
とはいえ、退屈には退屈だが、怒っている訳ではない。確かに、相手は待ち合わせに遅れているが、その理由は仕事であり、待ち合わせ場所も駅前にある、よくわからないモニュメントの前から近くの喫茶店へと変更し、何を頼んでも良いとまで言われてるのだから、怒れるハズがない。
が、それはそれとして、緊張し夜も寝付けなかった事を思えば気が抜けてしまったのも事実。
特に目的もなく携帯電話を弄り続けて30分ほど経った時、ようやく待ち人である彼が、入り口に見え、店内を見渡し京子に気づいた。
「ごめんっ!昨日の一件で、社員に休暇を出してて、その説明だけ本部にしなきゃいけなかったんだ」
椅子に座る前に道久は、京子に対して頭を下げる。
昨日の一件とは言うまでもなく、テーマパークでの黒髪の道化師と魔法少女フォルテとの戦闘だ。
一見すれば、機関の思惑通りに運んだように見えるが、本来ならフォルテと戦闘行動に入るハズもなく、多くの犠牲、と言っても魔力欠乏症で体調が悪くなるだけなのだが、その上に成り立った勝利は無視できない影響があり、動ける道久が説明を求められたのだ。
「気にしないでください。お仕事なら仕方ないです。それに……」
私も、ソチラ側の人間になりないので。
と、京子は真剣な表情で道久に告げる。
この話自体は、昨日の帰り道に話した事であり、道久も把握している。今日、此処に来たのは、その先を話す為だ。
椅子に座り店員に注文を通した後、道久はなるべくプレッシャーをかけないように京子と話す。
「まず最初に言っておくと機関は確かにアルバイトを雇っている。けど、それは一時的な物で、継続的な雇用じゃないから、給料は安定しない。その分、時給は良いから何度も申し込んでくれる人や、また声を掛けて欲しいっていう人も多いけどね。そして、そのアルバイトは多少の危険……はっきりと言えば、丸一日程度は動きたくない程度の体調不良に陥る危険がある。それが機関が募集している唯一のアルバイトだよ」
「黒子戦闘員、ですね」
京子が、息を呑み静かに目を閉じ頷く。
危険なアルバイトでも下がる気はないらしく、道久は京子へと質問した。
「そんな訳でアルバイトを雇うのは問題ないんだけど……知っての通り、機関の立ち位置は微妙で、いつ潰れるかもわからない不安定な企業だし、世間体も決して良いとは言えない。なのに、なんで機関なんだい?」
アルバイトの給料が良いのも、そんな事情があるからだ。
世界的に見て機関、異世界人は敵であり、経済力や流通、怪人による武力で必死に抗っているに過ぎない。
客観的に考えて、若く将来性がある京子が、一時のアルバイトならともかく、その先ですら機関と関わる必要はない。
「私のお父さん、いわゆる職人っていう人種でして、小さな店を経営していたんです。でも、今の時代、流行らないんですよね、そういうのって。お客さんはドンドン減ってくのに、生活の為に借金が増えていって、どうにもならなくて。でも、そこで助けてくれたのが機関だったんですよ。結局、機関傘下に入ったところでお店は潰れちゃったんですけど、変わらず機関で腕を振えてます。今じゃ、お酒を飲んで笑いながら、店が潰れたのも時代の流れだって話せるくらいでして。ま、借金は、まだ残ってるんですけどね」
機関にも救えない事はある。いや、救えない事の方が多いくらいで、昨日は盛況だったテーマパークも一年後にはどうなっているかわからない。
それでも、機関は貴重な自分たちの味方を見捨てる事はせず、その勢力を拡大していっている。それこそが、自分たちが、この世界で生きる方法だから。
その行為は周囲に影響し結果的に、新しい味方を作ることになる。それが、京子だろう。
「私が機関に興味を持ったのは、そんな事があったからです。でも、機関ってどうやって入ったらいいかわからなかったんですけど、道久さんが機関の人だって、聞いて迷惑も考えず、こんな話を……」
道久に対する迷惑を考えなかった訳ではないが、それでも、京子は機関との繋がりが欲しかった。
それは、決して父や家族に対する恩返しではなく、ただ、そんな人たちと同じくありたい憧れという自分勝手な、自分自身の夢。
だが、それは道久にとっても都合の良い話でもある。
黒子戦闘員の全てが臨時のアルバイトである現状では柔軟な行動が取れず、その統率も秋彦がとっているが、道久自身が動かせる黒子がいれば、黒髪の道化師の行動力が大幅にあがる。
「なら、とりあえずは試用期間で働いてもらっていいかい?二度ほど、実際に働いて、それから決めるって事でどうだろう?」
「はいっ。お願いします!」
「じゃ、この資料を見て」
京子は、嬉しそうに頭を下げた、が、その高揚も一瞬にしてかき消され、緊張する。
元々、採用する可能性も考えた道久は既に、任せれる仕事の資料を整え持ってきていた。それは、アルバイトの経験すらない京子の始めてのミーティングだ。
「京子には、黒子戦闘員の纏め役……黒子リーダーとして動いて貰う。まぁ、最初はお飾りで経験ある黒子たちに事情を説明して付けるから心配しないで。でも、ちょっと目立ってもらう事になるから」
「リ、リーダーですか……」
道久の言葉に余計に緊張しながら京子は資料を受け取る。
二つの資料には、まったく別の機関の実行予定の作戦が書かれていて、そのどちらも地域に密着した地味な作戦に見える。
一つは黒子戦闘員を導入した区内の清掃ボランティア。京子自身も何度かニュースなどで目にしたことがある活動で、黒子戦闘員のリーダー、つまり京子を目立たせようとする項目があるものの、何ら特殊な事もない活動だ。
ただの清掃活動である故に魔導機関の邪魔も入らず、魔力欠乏症にかかった人は過去に一人しかいない。ちなみに、普通に自転車に轢かれた人だ。
もう一件は、機関の傘下に入り、業績を伸ばしてきたファミリーレストランだ。価格の安さと、提供の早さを武器に、味はそこそこながらも、学生や子供連れに人気がある。
新規獲得の為、焼肉御膳ご飯御代わりし放題を340円という値段で提供するセールを行う予定だが、それには一つの問題があった。
「清掃の日取りは調整出来るから、ボランティアとファミリーレストランの件は、どっちを先にやってくれてもいいよ。ただ、こっちは……」
真剣に資料を読む京子に対し、道久は、ファミリーレストランの資料を見ながら同じく真剣な表情で冷や汗すら搔きながら言った。
「戦場に……出て貰うことになる」




