十七話 二人の分かれ道
突如、現れた魔法少女フォルテによって園内の観客は予定外の盛り上がりを見せ、本人も少し戸惑いながら声援を送る観客に向けて手を振っている。
働いている黒子戦闘員などの機関の人間は予定外の事に呆然とし、道久だけが状況を理解し悔しそうに手に持った携帯電話を握り締める。
失敗した。
原因はわからない。この時間にフォルテが来る事はありえない、そう高を括っていた。
遊園地の広告としては予想外の成功と言っても良い。フォルテの出現は観客にとっては嬉しいサプライズイベントであり、これからの経営に支障が出る事はないだろう。
だが、機関としては黒髪の道化師は魔法少女フォルテよりも弱いというマイナスイメージになり、それはそのまま勢力の縮図となる。
「だからと言って……ここで戦う訳にはいかないっ」
それでも納得出来ず俯く道久の顔を京子が覗き込み心配そうに彼の名前を呼ぶ。
それが道久に決意を促した。彼女はただ遊びに来ただけの一般人であり、この場に居る大半の人は彼女と同じなのだ。
今回の負けは大きいが取り返しがつかない程の物ではなく、彼女達に迷惑はかけられない。
「道久のお兄さん、大丈夫?顔色、悪いけど……」
「ごめんごめん、ちょっと予定外の事態で慌てちゃって。少し本社に電話しなくちゃ……」
なんでもない様子を装った道久が、視界の端に何かを捕らえた。それが、見慣れた青を基調とした衣装だが、こうして遠目に見る事は初めてだ。
そんな、馬鹿なと思いながらも振り向くと同時に再び歓声が沸いた。
「アーハハハハァ!アノ程度デ私ヲ倒シタト思ッタカナ?」
先ほどよりも更に高い位置に高笑いをしながらマントを靡かせる道化師が居た。
一体、何故と考えるが、その理由は即座に思いつく。元々、アレは黒子戦闘員の見た目を道化師にしただけのものだ。
つまり、倒されたところで新しい魔力供給源さえあれば何度でも生成出来る。当然、倒された人は魔力欠乏症にかかるが。
「無茶、するな。あの人達も……!」
口ではそう言いつつも口元はついにやけてしまう。本社に連絡しようかと迷ったが、恐らく、これは秋彦の仕業だろう。
それならば、と彼の道筋をそのまま見てみたい気持ちが強い。
「あ、あの程度で倒せるなんておかしいと思った。ここからが本番って訳ね、行くわよ、黒髪の道化師!」
フォルテですら安心したように溜息を吐き、赤く燃える大剣を構え道化師の偽者へと斬りかかる。
結果は火を見るより明らかであり、偽者の道化師は一瞬で突進したフォルテに切り裂かれ、虚空へと消えた。
普段なら、黒子戦闘員を攻撃する事をどうしても躊躇ってしまう彼女だが、この時ばかりは手加減の一切ない本気の一撃だった。
黒子戦闘員程度には逃げられるハズがない一撃、だったが、それにしても逃げる素振りすらなくフォルテに斬られ、斬った彼女自身が、その手ごたえの無さに眉をしかめる。
正確に言えば黒子戦闘員は逃げる素振りを見せてはいけないのだ。彼らの力では、どちらにせよ碌な抵抗も出来ず斬られるだけで、その力の低さをフォルテに悟られる真似は、どれだけ怖くても、してはいけなかった。
そして、その僅かな勇気が、錯覚を引き起こす。
「アハッハハハ!無駄ダーヨ、無駄。何度ヤッテモ俺は倒せない!」
先ほどよりも更に高く道化師が姿を現す。
勿論、中の人は変わっているが、それに気づいたのは機関の人間だけであり、それ以外の人には倒しても倒しても蘇るその姿は、さながら不死の怪物を連想させる。
「確かに斬ったハズなのにっ。アリス、わかる?」
遠めには彼女が何を話しているのかわからないが、その表情から察するにアリスから納得のいく答えは貰えなかったらしい。
変わりにただ愚直に道化師へと突っ込み再び、剣を振るうが、一つ前の焼き直しにしかならず、フォルテは混乱するばかりだ。
道化師を斬ると、更に高くに道化師が出現する。
何度、その行為を繰り返したかわからないが、地上から見上げる人々からはフォルテも道化師も小さな点にしか見えなくなった辺りで道化師は呟いた。
「時間切レダヨ、フォルテ」
「何をっ……!」
そしてフォルテが剣を振るい道化師を横薙ぎに斬った、瞬間に園内が紫の光に包まれた。
妖艶な光は何処か不気味で恐怖感を煽るが、それと反発する感情も生み出していた。
「……綺麗」
道久の隣にいる京子が呟く。
寂しさと恐怖に高鳴る心臓と裏腹に、感動すら湧き上がるほどの圧倒的な紫。不気味でありながら感動を与える光に園内は一斉に静まり、軽快な声だけが園内に響いた。
「此処ハ、モウ機関ガ占領シタ!サラバダ、フォルテ!」
「な、待ちなさい!」
とは言うが聞こえるのは声だけで、姿形も見えない物を追う事は出来ず、フォルテは悔しそうに歯を食いしばる。
しかし、よくよく考えてみれば今回はフォルテの勝ちなのだ。道化師は何も出来ずフォルテに斬られ続けただけであり、実力の差を見せつけられたと言っても過言ではない。
それを、無抵抗で笑いながら何度も何度も斬られ、挙句の果てには、ただの演出により占領を宣言した事により、勝利を錯覚させただけに過ぎない。
本当にギリギリで、世界征服機関はフォルテと対抗したように見せかけ勝利したように嘘をつくことに成功した。
「ごめんね、二人とも。ちょっとオレは会社に電話をかけてくるよ」
「あ、道久のおにーさんっ。行っちゃった。響子、どうする?」
「んー。雪夜、遅いですよね。ちょっと探して来ます」
響子はそう言うと、携帯電話を弄りながら、とてとてと離れて行き京子は思いもよらず一人になってしまった。
さて、どうしよう。と考えるが、特にする事などなく、離れていく道久の背中を見ている事しか出来なかった。
◆
戦闘を終えたフォルテはなるべく目立たないように、建物の隙間へと降り立った。
幸いにも日は完全に落ち、ライトは薄暗い紫色が中心になっていた為に誰にもばれずに地上へと降り立ったが、気がつかないうちに随分と高くまで飛んでいたために人目に付かない様にゆっくり降りてくるには時間が掛かってしまった。
「道久とキョウコ達、心配してるかな。って、わ、わ、携帯鳴ってる」
着信件数3件
その名前は全て響子を指している。
「もしもし、響子?ごめんね、ちょっとばたばたして気がつかなくて」
『まったく、雪夜は普段しっかりしてるのに、何処か抜けてるんだから。何事もなかったみたいで安心したわ』
「うん、すぐに戻るね」
深く詮索してこない友人に申し訳なさと感謝の気持ちを抱いたが、道久にも心配をかけただろうなと考えると申し訳なさが倍増する。急いで、電話を切り彼女達と合流をしようと考えたが、その少しの時間が彼女の運命を大きく変える事になった。
『大丈夫よ、今、私、貴方の傍にいるから。さっき、電話かけた時に、貴女の着信音が聞こえ……って、フォル、テ?」
「え?」
地上に降りた時に電話など気にせず、すぐに変身を解くべきだった。そう後悔するも、既に遅い。
すぐそこに、今まで雪夜を探してたであろう響子が携帯電話を耳に当てたまま呆然とした表情でフォルテを見つめている。
此処は逃げて、携帯電話は落とした事にでもしようかと考えるが、数少ない大切な友人に対する裏切り行為の様な気がして、それは出来なかった。
「アリス、変身を……解いて」
『いいのね?』
フォルテは一瞬、躊躇った後に、首を立てに振り、魔法少女フォルテは始めて正体を明かす事になった。
「雪夜……びっくりした。でも、今は京子と道久のお兄さんが心配してると思いますし、帰りましょう?」
「……うん」
説明はしなければいけないだろう。が、今すぐには雪夜もうまく説明出来る自信がなく、友人の心遣いに甘え、頭を整理する事にした。
結局、この後、道久からは京子が「仕事で忙しい」という趣旨のメールを受けとっていた為に会うことは出来なかったが、それはこの時の雪夜にとっては関係のない事だろう。
そう雪夜にとっては。
◆
閉演間近の時間、既に疎らになった人々の中を道久が歩く。
この後、更に本社に戻らなければいけない事を考えると頭が痛いが情勢を考えると、帰るなんて選択肢はない。
昼間に潜ったゲートを潜り、バスに乗ろうと思った矢先に聞き覚えのある声が道久を呼ぶ。辺りを見渡すと、茶色い髪の少女が小さく手を振っていた。
「京子ちゃん」
「えへへ、忘れ物したって言って一人で道久さんを待ってたんです。一緒に帰りませんか?」
「待ってたって何時間たって……ご、ごめん。言ってくれたら、もう少し早く……出れなかったかもしれないけど」
それほどまでに、ドタバタしてたのだ。
「私が勝手に待ってただけですから。気にしないでください。あ、バス出ちゃいますよ?帰りましょう、道久のお兄さん」
京子に袖を引かれ道久はバスへと乗り込む。バスは幸いにも道久の目的地である世界征服機関日本支部の本拠地まで行くので、問題はないが、着く頃には終電がギリギリ間に合うかどうかだろう。
「えっと、タクシー代渡すから本社まで来て貰ってもいいかな?」
「大丈夫ですよ。幸い私服ですし、ファミレスで一夜明して始発で帰ります」
「そうもいかないんだって」
道久は苦笑しながら、先に座った京子の隣に座る。
「あのですね、道久のお兄さ……ううん、道久さん。実はちょっとお話したい事があって待ってたんです」
楽しそうに笑っていた京子がふいに真面目な表情になりバスはエンジン音を立てて走り出す。これで、二人の会話は意識的に耳を傾けていない限りは聞こえないだろう。
「道久さんって、機関の偉い人、なんですよね?」
「うーん、どうだろう。多分、それなりの立場にはいる……かな?」
事実、道久の立場は難しい。
機関の中枢とも言えるが根本的な運営には一切関わっていない為に、彼に出来るのは怪人、又は魔法少女フォルテか魔導連盟が絡んで来る事だけだ。
しかし、それを詳しく説明する訳には行かず、微妙にはぐらかした言い方になってしまった。
京子にとっても十分な返事とは言い難かったが、それでも彼女は意を決して口を開く。
「道久さん、お願いします!私を機関で使って頂けませんか!?学生のうちはアルバイト……将来的には機関で働かせて頂きたいんで、あうっ!?」
バスの小さな席の中、勢いよく頭を下げた彼女は前の椅子に頭を軽く打ちつけた。
◆
バスを降りた道久は、京子の手を引いて急いで本社へと入っていく。
途中で京子に120円を渡し、少し待っててくれと言い残すと急ぎ足に廊下を進み、自らの部署の扉を開いた。
死屍累々。
そう呼ぶのが相応しい惨劇だっただろう。その中には頼れる同僚の秋彦の姿もあり、彼は長椅子に仰向けに倒れ辛そうに息を荒らげている。
「みんな、大丈夫……いや、違うな。みんな、ありがとう!お陰で機関はフォルテに勝利し、遊園地を占領したように見せかける事に成功した!明日は勿論、明後日もゆっくり休んでくれ!」
その言葉に多くの社員は辛そうにしながらも、小さく笑い、秋彦は顔を上げずに手だけを高く上げ、拳を強く握り親指を立てた。
彼ら、道化師に変装し、無抵抗にフォルテに斬られ魔力欠乏症にかかった黒子戦闘員たちである。
主人公が圧倒的に空気。
更新……頑張ろう。




