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十六話 誤算は、その手の中に


 雪夜の自宅より徒歩20分かかる近いとは言い難い駅から、電車に揺られる事10分。更にそこからバスに乗り換え、20分は揺られていただろう。

 目の前に広がるのは、都内とは思えない程に自然が残った風景と寂れたテーマパーク。しかし、存在は知っていても交通の不便さから敬遠していたソコは、少女達の想像よりも、ずっと輝いていた。


「広っ!思ったより広っ!ていうか、田舎!なんで、こんな所に建てようと思ったのさ!」


「広い土地なんて、そうそう何処にでもある物じゃないよ。でも、車でもないと来れない位置ってのは、どうなんでしょうね……」


 我先にとバスから降りた京子と響子は、メインゲートの前で、そんな感想を漏らす。

 その少し後ろで歩いている雪夜は、静かにテーマパークを見上げ、物静かな態度こそ何時もと変わりは無いが、目にはキラキラと星が踊っている。

 彼女を少しでも知っている人が見たら「楽しみで仕方ない」という心情が手に取るようにわかるだろう。


 新設当初こそ多少の賑わいを見せていたものの、数年に渡り閑古鳥が鳴き続けてきた遊園地も賑わいを見せ、普段は虚しさばかりが増す、その広さも今日ばかりは開放感溢れる広場となって、人々を向かいいれる。

 出入り口のゲート前は、本物か偽者かは不明ながら黒子戦闘員が子供達に風船を配り、只の通過点ではなく誰もが通る最初のアトラクションとなっている。

 出入り口は広く開放され、誰でも無料で通過出来る。ソレを見ると無料券とはなんだったのか疑問に思えてくるが、実際に只の宣伝のチラシと変わりなかったりする。


「すごい人。道久も忙しそうね」


「当日は視察だけだから案内してくれるって言ってたよ」


 風になびく髪を抑え少し残念そうに言う雪夜に京子が携帯電話を弄りながら答え、一瞬、呆ける。

 その一瞬のうちに京子の携帯電話が鳴り、小さく声を上げた京子は携帯電話を持った手を振りながら嬉しそうに言った。


「道久のお兄さんから返信来たよ!中央広間のアイスクリーム屋さんの前で待ってるってさ」


「ちょ、ちょっと!」


 手早く園内のパンフレットを広げる京子に雪夜が詰め寄る。


「なんで、道久の携帯電話の番号知ってるの?」


「番号は知らないよ?駅前でチケット貰った時にメールアドレスは教えて貰ったけど」


「あ……そう」


 いまひとつ社交性と言う物が薄い雪夜と違い京子は愛想が良く異性から話かけられる事も多く、彼女にとって「メールアドレスを聞く」という行動は挨拶となんら変わりがない。

 雪夜も、それを理解して、何か納得出来ない理不尽な感覚を引き摺りながらも、あっさりと引き下がった……が、こういった事態は京子よりも響子の方が目聡く、非常に楽しそうに手を口に当てながら、雪夜へと囁いた。


「気になる男性に先に手を出されて困りましたねぇ、ゆっきぃ?」


「別にそんなんじゃない。……ていうか、上と下だから携帯電話で連絡を取るって発想がなかった事の方がショック」


「今時、メアド一つ騒ぐ程の事でもないでしょー。道久のお兄さんも携帯電話慣れてないみたいだし。まぁ、違った意味で道久のお兄さんは気になるけ……どしたん?」


 京子が不用意に放った一言で、雪夜と響子が凍りつく。


「え、あの、ほ、本当に道久が気になるの?」


「あの『寄る鳥を落とす勢い』の京子が男性を気にするって……」


 若干、しどろもどろになりながら、真剣な目で聞く雪夜に、信じられない物を見たかの様な表情で呟く響子。

 言い寄られる事は数あれど、その全てを良いお友達で継続させる彼女の手腕は、ある意味、将来が心配になりそうな程に素晴らしく二人を呆れさせた。

 それに対して京子は呆れた顔で、しかし若干、頬を染めながら返す。


「だから、変な諺作らないでよ。それに、違う意味でって言ってるでしょ?私、暫く、彼氏とかはいらないもん」


「それはそれで、気になるんだけど」


 追求する雪夜を『内緒』の一言で区切り、携帯電話を弄りながら園内を歩く。

 園内を見回すと大勢の一般客で賑わっており、黒子や道化師を思い出させる青い服に紅いマントを羽織った人間が、接客をしている。

 その事が、この遊園地は既に機関傘下にあるという事実を雪夜に思い知らせる。

 機関を、怪人を恨む彼女が、その事に思う所が無い訳では無い。しかし、今の社会は既に機関と切り離せない物となっていて、関わらずに生きていく事は難しいのが現実だ。

 だから少しの心の靄を覆い隠し、今日は楽しもうと前を向くと、京子が指を指した先に道久が、小さく手を振っていた。

 そんな小さな事が、今はとても嬉しかった。


「こんにちわ、みんな。雪夜も来てくれて嬉しいよ」


「ん、暇だったから」


 雪夜の一言に、京子と響子は小さく噴出す。

 後ろ髪を指で巻き視線を逸らす彼女は、明らかに意識しているのが丸分かりであり、そんな様子が珍しくも微笑ましい。


「道久って機関で働いてたんだ」


 少しだけ不服そうに雪夜が聞いた。

 怪人嫌いの雪夜のいきなりの質問に、友人である二人は少し驚いたが、道久がソレに気が付く事はなく、笑いながら返す。


「日本の、ではないけど、そうなるのかな?」


 怪人である道久は本来なら働いている。というのも、違う気がするがソレをバラす訳にも行かず、曖昧に口を濁す。

 機関関係者を毛嫌いする人間もいるが、雪夜の感情はそこまで過激な物ではない。


「そうよね。黒子なんかが営業してるし。道久も、この遊園地の経営に関わってるんだ?」


「経営っていうか。再興かな?一応、僕が中心になって、計画を立てたんだ。今は盛況だけど、これを長期的に続けるには、これからも新しい……」


「へっ?」


「ちょっ!?」


「……はい?」


 道久の言葉を遮り上から雪夜、京子、響子と思わず声をあげる。

 若い女性三人に、いきなり声をあげられ、思わず道久も固まり、一番最初に冷静に頭を動かせるようになった京子が雪夜に尋ねた。


「ね、ねぇ。道久のお兄さんって、もしかして、ものすっごいエリート?」


「し、知らないわよ。仕事の話なんて始めて聞いたしっ」


 雪夜とて道久の詳しい個人情報は知らないが、その見た目はどう見ても自分達より少し年上程度にしか見えない。

 もし同級生にいても少し大人っぽいと思うくらいだろう。事実、道久は雪夜と同じ年齢だったりする。

 幾ら過疎化した遊園地とはいえ、決して少なくないお金が動いている事は容易に予想がつく。

 その計画の中心人物ともなれば、それなりの立場がある人間であるハズだ。


 実際に、道久は機関本部直属の怪人という雪夜たちの想像よりも上の立場だったりするが、本人に自覚はなかったりする。


「すごいんですね、道久のおにーさん」


「あぁ、すごく大変だったよ。前は英国に居たんだけど、そこの功績が評価されて日本に来たんだけど、わからない事だらけで……」


 微妙にズレた道久の解答に、三人は同じ疑問を抱いた。

 英国といえば、つい最近まで機関の手を退けていたが、遂に大量の機関人員の進入を許してしまった事が記憶に新しい。

 まさか、その作戦に関わっていたんじゃ……。とは誰も聞けず、遊園地を回るウチに、その事も忘れ、その日は遊び呆ける事になった。


 やがて日も沈みかけ、空が茜色に染まる頃、三人が目配せで、いつ帰ろうかと思案さいていると道久もしきりに時計を気にしていた。


 彼の本来の仕事は遊園地の営業ではない。彼が中心になったのは、あくまで機関の広報活動との兼ね合いを調整する為だ。

 つまり、これから始まる偽道化師の遊園地征服のパフォーマンスこそが、彼が機関本部に求められている仕事、強いては魔法少女に勝利する為、数多に練った内の一手だ。


 そして、突如、普段より抑揚がなく、わざとらしい発音の声が園内に響いた。


「ヨウコーソ、ミナサン!!コノ、テェーマパァクへ!!」


 声と同時に、六方向からスポットライトが空中を照らし、観覧車の中心の前方で交わる。

 光の交差点で照らされたのは、偽者の道化師。黒子戦闘員と同じく魔力で顕現したダミーであり、細部は省略されているが、その特徴的な面が人々の思考を固定させるのに十分な物だった。


「黒髪の……道化師っ」


 雪夜が、反射的にそう叫ぶと同等に、そこらから声が上がり動揺と歓声の声があがる。

 観衆の反応を見るに掴み出しは上場であり、道久は思わず拳を握る。と、その袖が引っ張られた。


「あ、あの道久。わ、私、ちょっと……えっと、そっちへ……」


 雪夜があらぬ方向を指差し、慌てた様子で道久に話しかけるが、道久には何の事だかよくわからない。


「えっと、雪夜?どうしたの?」


「あぁ、あぁ。言って来なよ、ゆっきー。迷ったら私の携帯電話に連絡いれてねー」


 戸惑う道久とは対照的に、京子は何かを察したように、手でひらひらと雪夜を遠ざけ、雪夜も雪夜で、走って彼らの視界外に出て行く。

 それを見ていた道久は首を傾げるしかない。


「どうしたんだい?雪夜」


「トイレですよ。女の子はそういう事、言うの恥ずかしいんです」


「……だったら、もう少し雪夜に気を使って誤魔化したらどうなんです」


 雪夜には興味なさそうに視線を道化師に固定している京子と、呆れ気味にツッコム響子。

 そうこうしているうちに、計画は最終段階へと進んだ。

 

 道化師は観覧車から、中央の大樹へと移動する。

 一応、この遊園地のシンボルであり、こればかりは立派な物だった。

 そして、道化師が手を翳した瞬間、元より樹に仕掛けていたイルミネーションが紫と白の光を放ち幻想的な光景を作り出す。

 それは、あたかも道化師が魔法を使い、樹を征服した様にも見え、それは同時に、遊園地が機関の手に落ちたと改めて実感する光景だった。


「綺麗……」


 頬を染めポーっとイルミネーションを眺める京子を見て、道久は今回の計画の成功を確信した。

 後は、道化師が更に浮き上がった所でスポットライトを外した瞬間に魔力をカットするだけだった……が、紫と白の光を掻き消す様に空よりも尚、赤い先行が空中を斜めに切り裂いた。


 その一撃は、姿だけの道化師を焼き尽くし、そこには最初から何もなかったかのようだ。


「……馬鹿な。早すぎるっ!」


 思わず道久はそう叫ぶ。

 道化師出現から、ここまでの時間は、たったの7分だ。まだ余裕はあったハズだった。

 それなのに、園の外を見張っている警備員からもフォルテ出現の連絡はなかった。


 だが、確かにフォルテは三角錐になっているメリーゴーランドの屋根の上に立っていた。


「へ、あれ?やっつけた……?」


 あっさりと道化師を倒してしまった事に本人すら困惑しながら。

 

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