十五話 経営する側と遊びに行く女の子
久しぶりの更新になって申し訳ないです。
『今朝未明、機動魔法隊と異世界人との大規模な戦闘があり双方に多大な被害が―――――』
制服姿の雪夜は流れているニュースを右から左に聞き流し雪夜がご飯と鮭フレークの入った茶碗に更に緑茶を注ぐ。
その目は生気というものが欠如しており、どうにもやる気がない。
「光の王女、ね。アメリカは大変ね」
機動魔法隊とはアメリカ合衆国の誇る兵器と魔法の融合部隊だ。個々の力こそ魔導連盟に劣るが、その物量と連携は世界最高の対WorldAlien部隊として知られている。
だからこそ、アメリカに侵攻している異世界人も強力だ。筆頭はオールSのステータスを持つ女王の娘。『光の王女』と呼ばれる怪人。
彼女の手から放たれる光は全てを断つ防御不可能の必殺技と呼ぶのに相応しい能力であり、機動魔法隊も手を焼いている。
必然、双方が気をつけているとはいえ、怪我人は愚か死人まで出る事も少なくない……が、アメリカでは個々の実力が高く、実際に経済を引き伸ばす機関の支持率は決して低くない。
「何で、そんな他人事なのよ。道化師との戦いが終われば、次に来るのは光の王女かもしれないわよ」
「その道化師が全然出てこないんじゃない……」
追尾魔法が失敗してから……いや、正確には成功してるのだが、失敗したと思い込んでから半月、道化師は姿を見せていない。
また地道に目立たないように風船配りみたいな事でもしてるのかと思いもしたが、異世界掲示板「黒髪の道化師スレ」を見ても目撃情報が無いのだから、本当に活動をしていないのだろう。余談だが「魔法戦士フォルテスレ」も急速に勢いを落としている。
追尾魔法失敗の悔しさから二週間ほど気を張って道化師の出現を待っていたが、完全に空振ってしまい、土曜日に京子と響子が雪夜の家で勉強会とは名ばかりの騒ぎを起こして集中力が途切れてしまった。
お陰で日曜日はぐったりと過ごし、月曜日である今日に至る。
茶碗をシンクに投げ入れ、鞄を持ち玄関を出る。
外に出て二階を見上げるが人の気配はない。
どうにも道久も忙しいらしく、最近は雪夜が寝る頃に帰ってきて、起きる頃には、もう家を出ているらしく顔を見ていない。
昨日も布団の中で階段を上る音と扉の開閉音を聞いた気がする。
少し物足りなさを感じつつも社会人は大変そうだなと感想を抱き学校へと着くが、どうにもやる気が出ず机の上に突っ伏すが、残念ながらトラブルメーカーと親友である雪夜に、そんな怠惰は許されていなかった。
「雪夜、雪夜。遊園地いこ!」
ショートカットを犬の尻尾の様に機嫌よく振り話しかけてきたのは京子。その後ろでは、楽しそうに笑っている響子の姿がある。
雪夜は面倒くさそうに首だけを上げて、二人に対応する。
「遊園地って……都内の外に行くの面倒なんだけど。高いし」
遊園地と聞いて雪夜が想像したのは隣の県にある冗談みたいなテーマパークだ。リピーター率九割を誇る日本で一番有名な巨大な遊園地であり、平日でも人で溢れている。
「そこじゃないよー。ほら、何年か前に都内の田舎に出来た小っちゃい遊園地だよ。まだ潰れてなかったんだーって感じの。しかも無料!!」
と、突き出してくる券には確かに入園料無料!と書いてある。しかも、送迎バス付き。
日付は週末からであり、遊びに行くには良いのかもしれないが、少しだけ気になる部分もある。
「機関傘下企業と提携して無料送迎バス運行……普通、わざわざ書く?これ」
「宣伝なのでは?機関もボランティアでバスを出す訳ではないと思うし」
今の世の中、機関傘下の企業の全てと関わらずに生きていくのは難しい。だが、機関への悪感情が無い訳ではなく、大々的に宣伝するのも珍しい。
「ほらほら、道久のお兄さんも来るらしいし、雪夜も行こ?」
渋る雪夜に京子が追い討ちをかける。
対した雪夜は、それで少し前向きな気持ちになる自分に気づきながらも目を細め京子を問い詰める。
「なんで道久が出てくるのよ。ていうか、なんで道久が来るって知ってるの」
「だって、この券くれたの道久のお兄さんだもん」
「土曜日に雪夜の家で遊んだでしょう?その帰りに駅前で会ったんですよ。仕事で行くから良かったらって。何やらイベントもするそうですよ」
京子と響子がニヤつきながら説明をする。
その様子が気に食わず無言でチケットを見る。
「……行く」
そして、無言でニヤつく二人に根負けしたように、そう呟いた。
◆
「交通機関などの整備は予定通り終わっています。どの程度の集客が見込めるか予測するのが難しい部分がある為、少なめに配備していますが、予想以上の客足があった場合は即座に増員する手配が出来ています。テーマパーク内のアトラクションでも大々的に世界征服機関の名前を―――――」
自分よりも年上の社会人を前に道久が緊張しながら当日の概要を話す。
その内容は、都内の端にあるテーマパークのイベントと、それをサポートする人員配置や計画など多岐に渡り、最近は、この仕事のせいでロクに怪人活動も出来ていない。
潰れかけのテーマパークが機関の参加入りを希望してきたのが二週間ほど前であり、その経営を立て直す為の計画が始まったのだ。
機関に入れば安泰なんて甘い話はなく、本部の経営努力と他傘下企業との連携を駆使した一大プロジェクトだ。
道久は日本人の勤勉さに関心しつつ、ほとんど確認でしかない説明を終えると自分の席へと戻り、まだ解決していない問題へと頭をシフトする。
テーマパーク運営のノウハウは機関にはほとんどない。だからこそ、そこは元の経営陣に任せ、僻地故の不便さを解消する為の直通交通機関の配置と園内で安めの飲食店を経営し、気軽に行けるテーマパークをモットーにするだけでいい。
それでも、経営困難な場合は、そもそも機関の手に余る。
つまり、道久の仕事は、ほとんど終わったと言っていい。
だからこそ、黒髪の道化師の仕事を考える。
機関傘下のテーマパークのイベントはアピールの絶好のチャンスだが、以降の客足が鈍るような真似をする訳にはいかない。戦闘行為など持っての他だ。
「そう考えると道化師のパフォーマンス時間は最長でも5分。それ以上はフォルテが来る可能性が高い。やっぱり挨拶程度が限界か?」
怪人虚狼のデータを照合すれば、フォルテ出現は最短で10分を切るが平日の昼間は来ない日も多い。しかし、イベント当日は土曜日だ。
フォルテの正体が見たまま若い女性だと考えるなら学生なのかもしれない。
「お悩みですか?黒上さん」
資料を見ながら思考する道久に秋彦が話しかける。
二人は短い付き合いながらも、黒髪の道化師の草の根活動で共に計画を練っており、他の社員よりも気心が知れた関係にあった。
特に道久は、新参の自分自身に日本の知識を教え、適切にサポートしてくれる彼を頼りにせざるを得なく、秋彦も、そんな道久に頼られて悪い気はしていない。
「例のテーマパークの方は終わったのですが、道化師のアピールが難航していまして。戦闘行為は避けなくてはいけないので、フォルテ出現前に終えるとなれば時間は5分。たった、それだけの時間で何をすべきか……いっそ、今回は見送った方がいいのかもしれません」
「5分、ですか。そうですね、フォルテは最短で10分で来ると見ていいでしょう。今までの怪人活動も、そう考え行動しています」
「フォルテに見つかると逃げれませんから、彼女に補足される前に退避したいんですよ」
黒髪の道化師に比べ彼女はあらゆるステータスが高すぎる。
彼女自身が一般人を傷つける行為は避ける為に今まで大きな被害は出ていないが、それを前提に考えて行動し万が一があってからでは遅い。
故に、今回の作戦は接触前に逃げる事を選んだ道久だが、秋彦は別の作戦を提案する。
「なら、今回は黒髪の道化師本人が直接出る必要はないのですね?」
「一応、機関の顔は怪人ですから……うーん、黒子戦闘員に任せてもいいかもしれませんが、どうしても、与える印象は落ちますよね」
「今回は黒子戦闘員のみを使ってはどうでしょう?彼らなら、魔力供給を遮断するだけで即時に帰還出来るので、園内は機関の味方ですから職員からのフォルテ出現の報告を受けて即逃げれます。但し、調整をして姿形だけは黒髪の道化師を真似る……と言う事で、どうでしょうか?」
「そうか。黒子戦闘員も簡単な魔法は使えるし、姿を変えれば特別な事さえしなければ人は勘違いをする……。時間も最短10分から、フォルテ出現までの余裕を持ったシナリオが組める。それで行きます!秋彦さん!」
言い切った道久は楽しそうにデスクに向かいボールペンを白紙に走らせる。
これで、何の偶然かフォルテが最初から園内にでも居ない限り彼の練られた演出はうまく行く筈だ。




