十四話 雪夜も意外と短気かも
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「んー、いーよいーよ。雪夜が何かしたいって言うのって珍しいし」
雪夜の目的すらもよくわからない見学につき合わされている京子だが、彼女は本心から楽しんでいた。 特に、この意味も無い状況の意味を考える事は有意義だ。雪夜は、突拍子もない行動をする事が多いが、その意味は必ずある。
彼女は、彼女なりに雪夜の思惑を真剣に探る。
雪夜は、そんな彼女には気づかず、相変わらず風船を配り続けている道化師を見続ける。
その風船を配る動作は無駄な事に、無駄が無い。流れるように子供から子供へ、しっかりと手渡している。
中には先ほどの雪夜を見ていたのか、浮かぶ風船を強請る子供もいて、何人かは空中に浮いたりする。
彼女の目的は道化師に十秒間触れる事だが、こうして見ていると意外と難しい。少し触れるだけなら、どうとでもなるだろうが、十秒ともなると怪しすぎる。
なら、無理矢理にでも正々堂々と触れた方が良いと雪夜は考えた。
京子の視線を背中に受けて道化師へと歩く。
「あの、ファンなんです。握手して、貰えま、せんか?」
慣れない作り笑顔は口の端が攣りそうになり、微妙なアクセントな言葉使いになってしまった。
それでも、道化師は、風船配りを一時中断し、雪夜へと振り向く。
「アーハッハ。嬉しいネェ。最近はインタァネットでも、ボクを支持シテくれる人がちょっとダケいるけど、まさか直接会えるナンテ!!」
ナヌ。それは聞き捨てならない。と言いたい雪夜だが、ぐっと堪える。怪人のスレッドが立っているのは恐らく異世界掲示板の事だろう。魔法戦士フォルテのスレッドも此処に立っている。
普段は、自分のスレッドしか見ていないが、道化師のも探して見ようと心に決め、差し出された手を握る。
目を強く閉じ握り締める道化師の手は不自然なほどに柔らかく冷たかった。
雪夜は魔法少女としての活動のせいで女性にしては力が強い。それでも、雪夜が握る手はまったく動かず、雪夜の手を握り返していた。
「ありがとう……ござい……」
これで魔法は発動したハズだ。
騙まし討ちをした様な負い目が彼女の口から素直にお礼の言葉を出させた。が、ゆっくりと目を開いた彼女の目に入ったのは、相変わらず子供たちに風船を配っている道化師だった。
ちなみに、道化師の右手だと思っていたものは、まだ彼女の手の中にある。
何がなんだかわからず、思わず道化師と右手にある物を交互に見る。彼女の右手が握ってるのは、手首から先が無く申し訳程度に木の棒が突き出ている。
どう見ても、偽者だ。
「ふざけ、んな!!」
思わず、手っぽい物体を地面に叩きつける。
完全にゴミのポイ捨てだが、それは京子がなんとなく回収したので安心して頂きたい。
「アハハ、ジョーク、ジョーク!握手だっけ?ジャァ、しよ、ふがっ!?」
雪夜の中で何かが切れる音がした。
「うん、シェイクハンド。シェイクハンド」
雪夜は笑いながら近寄ってきた道化師に笑って返す。まるで天使の様な笑顔だったが、行動は伴っていない。
「ちょ、痛だだだ!そこ、顔!顔ダカラ!!」
どうにも雪夜は道化師と相性が悪いみたく、まるでフォルテの様に感情の制御が利かない。
道化師の仮面を掴み、力いっぱい握り締めながら引っ張るが残念ながら仮面は取れない。それでもダメージは与えれているので良しとする。
「頑丈ね。これ、取れないか……なっ!!」
「怪人の装飾品は体の一部ダカラ取れないッテ!!ウワー!!」
「きゃっ!?」
「おぉ、必殺技!!」
突如、爆発する雪夜の右手。もとい右手に掴まれていた道化師の頭が爆発し、子供たちが歓声をあげ、雪夜が驚きの声をあげた。ちなみに、必殺技だの言っているのは京子だ。
魔法少女化していない雪夜が、こんな漫画みたいな必殺技を使えるハズはなく、当然、道化師の自作自演だが、それに気づいたのは京子のみ。
雪夜本人も、驚いて転がってる道化師と自分の右手を交互に見て焦っている。
まぁ、彼女の場合、下手に魔法が使えるのだから、仕方ないのかもしれない。
「クッククク!まさか魔導連盟や魔法少女の他にもコンナ強い少女がいるだなんてネ!!今日の所は引くとシヨウ。サラバダ!!」
完全にコイツの自作自演のハズなのに、ふてぶてしい。
そうして囃したてる子供に見送られ、ぷすぷすと焼いた魚のような匂いを漂わせながら道化師は、黒い空間へと消えていった。
◆
「あー、酷い目にあった」
家に帰り、そう言う道久の顔は実に楽しそうだった。
最近は機関参加の企業で顔見せの意味もありアルバイトをしていたのだが、まさか、一階に住んでいる少女と出会うとは思わなかった。
今までは、道化師の格好で働いていても誰も本物だとは思わず騒ぎにならなかったが、今日は少しはしゃぎ過ぎたようで、しっかりと魔導連盟に連絡がいっている。
最も、彼らが駆けつける前に適当に理由をつけて逃げてきたが。
「お陰で今日が最終日になったが、悪くはないな」
道久が満足気に冷蔵庫を開く。
その頃、雪夜とアリスは大忙しで探査魔法を準備していた。
「雪夜、電気消して!」
「ん」
アリスに言われ雪夜が蛍光灯からぶら下がる紐を引っ張ると彼女の部屋は闇に包まれる。窓の向こう側は大きなビルが建っている為、月明かりすら入らず目が慣れるまではロクに動けない。
しかし、彼女の目が慣れるよりも早く、部屋全体に青い線が走り始める。
部屋の端から中央に向けて走る幾つもの線は複雑な模様を描いていく。
「これは……魔法の地図?」
「場所を探る魔法なんだから、地図がなければ話にならないわ。さて、この地図の範囲内に居てくれればいいんだけど」
雪夜は道化師に探査魔法を仕掛ける事には成功したが、範囲内にいるかどうかは賭けだった。
探査魔法の範囲は500km程度であり、日本全てをカバー出来る訳ではない。それでも、不十分ながら広範囲といえる性能であり、今までで一番怪人の正体に近づいている。
「行くわよ、雪夜」
アリスの言葉に雪夜は黙って頷く。
彼女の詠唱は人間では聞き取る事が出来ない。何かを言っているのはわかるのだが、それは人には再現不可能な発音だった。
異世界人の中でも、自分の種族だけが使える特別な魔法だとアリスは言っていた。
やがて、その詠唱も終わり、雪夜の部屋を青白く照らす地図に、空に輝く一等星の様に明るい光点が浮かび上がる。
「引っかかった!拡大するわ!」
「これ、すごく近い……!」
怪人は、もしかしたら近くにいるかもしれない。
そう思った雪夜は間違いではなかった。確かに、怪人はすぐ近くに潜伏している。だが、それは余りにも近すぎた。
「これ、都内……ううん、町内?いえ、まさか……!」
「これって、うちのアパート?嘘、同じアパートに怪人が!?」
「「アパート華月の一号室!!」」
雪夜が慌てて立ち上がり、外に行こうと一歩踏み出したところで止まる。
アリスは難しそうな顔で雪夜を見ている。その視線は呆れと励ましが混ざった非常に複雑なものだ。
「一号室って、この部屋じゃないのよ!!」
雪夜は膝から崩れ落ち、両手を強く床に叩きつける。彼女にしては非常に珍しい……最近、増えてる気がするが、彼女にしては珍しい荒っぽい行動だ。
「おかしいわねぇ。カウンターされるような魔法じゃないのに。流石は、黒髪の道化師って事かしらね」
雪夜が、悔しさを、これ以上ないってくらいに表したポーズのまま力を抜き、べちゃっとなる、正直、体の力だけではなく心の芯まで抜けたように疲れた。
実際には、魔法は完全に成功していたが、唯一の欠点は、平面上の座標を特定する魔法だったという事だろう。
他の方から指摘頂いた事もあり、やはりちょっと1話の長さが短すぎるかと思い、もうちょい長くします。
ただ、それにともなって、更新頻度が少し落ちるかもです。
どちらにしても、書き溜めはここまでなので、毎日更新は出来なくなりますが。




