十三話 アルバイトする道化師
自動販売機に硬貨を一枚入れスイッチを押す。
落下音と共に出てきたのはパックの林檎ジュース。雪夜は付属のストローを刺し、それを口に運ぶ。
「好きだよねー、それ」
「安いし、美味しいし」
京子の言葉に雪夜は素っ気なく返す。その様子は、とてもではないが親友と呼べる人に対する態度ではない様に見えるが、雪夜は親しい相手程、無愛想になる兆候があるので、京子も気にしていない。
友人と遊ぶ為に節約生活をしている雪夜にとって、安くて美味しいものに手を出さない理由はない。
その日、二人が学校帰りに雪夜が持っていた割引券を存分に使いながら駅前の繁華街を歩いていた。手始めにドラッグストアで化粧品とヘアケア用品を買い、ファミレスで食事をした後、カフェで甘い物を食べた挙句に時間を持て余している。
使う前は抵抗があったが、今となっては道化師に一抹の感謝を覚えるくらいだ。これなら、確かにゴミになり難いだろう。
最も道化師からビラを受け取った人のほとんどが自分と同じ感情を抱いているんじゃないかと考えると頭の痛いところだ。
「ねぇ、ゆっきー。このチケット、道化師さんから貰ったって言ってたよね?」
京子が明後日の方向を向きながら雪夜に話しかける。
「だから、ゆっきー……まぁ、いいけど。怪人黒髪の道化師から貰ったのよ。怪人は気にいらないけど使わないのも勿体無いでしょう?」
「ねぇ、ゆっきー、あっち見てみて」
「何よ……って、ケホッ!?あぅ……」
「ちょっと、汚いよ!?」
京子が指した先を見て雪夜は思わずむせてしまう。京子は文句を言うが雪夜が見たものを考えれば、仕方ないと言えるだろう。何せ、そこには―――――。
「ほォーら、イイ子の皆、風船をあげよう!!」
と、デパートの前で子供たちに囲まれ、風船配りに勤しんでいる道化師がいたのだから。
「な、な、な、何でアイツが、あんなところに……!?」
「まぁ、風船配りのイメージには合ってるよね。本物かな?」
真っ当に考えたら本物のハズはないが、相手は黒髪の道化師。レーヴァテインを貸してくれたり、アルバイトを時給という盾で人質にとったり、真っ当な考え方をしていたら損をする。
雪夜は、ゆっくりと道化師へと近寄り、京子も、その後に続く。
京子はただの興味本位だが、雪夜は、これをチャンスだと思っていた。彼女は雪夜として怪人と接触した事がないから、アリスが傍に怪人がいればわかる。という言葉にも実感が持てない。
もし、あれが本物の黒髪の道化師なら、それが分かるハズだ。
一歩ずつ近寄っていくと鼓動が高鳴るのはわかったが、それが緊張によるものなのか、魔法少女としての本能なのか判断がつかない。
少なくとも見た目は完全に同じだとわかる距離まで来ると、本物だという思いが強くなる。が、それでも、まだ確信を持てずに近寄る。
と、そこで、どうやら道化師も雪夜に気づいたようで目が合った。そして、どういう訳か道化師は彼女に早足で近寄ってくる。
「え、ちょ、あの……」
「ホゥラ、お譲ちゃんにも風船をあげよう」
あれ、この感じ何処かで……。と、雪夜が思ったところで、道化師から差し出された風船を反射的に握る。
すると、不思議と雪夜の体は風船に引っ張られ少しだけ浮き上った。雪夜は女性としても軽い方だが、それでも、風船一つで浮き上がる訳はなく、道化師の魔法の効果だ。
「え、えぇ!?わ、わ、きゃっ!?痛っ……」
魔法のお陰で吊り上げられる感覚もなく、本当に浮遊しているだけだったが、雪夜は驚いて手を放して尻餅を着いてしまう。
幸いにも、彼女の膝程度の距離までしか浮き上がらない仕様だったのだから、怪我はない。
集まっていた子供たちに、笑いながら、大丈夫ー?と声を掛けられたのだから、むしろ微笑ましい気持ちになるくらいだった。
道化師も、指差し腹を抱え仮面から涙を流して笑っている場面を見るまでは。
怪人に対する不信感も手伝って一気に、鼓動が高くなる。それは、道久に対する不思議だけど嫌ではない高鳴りではなく、イラッとしたものだった。
その僅かな違いが、彼女の感覚を鈍らせる。
もしも、道久の……この場合、黒髪の道化師だが、悪戯心から無駄にちょっかいを出さなければ、雪夜は道久と道化師の関連性に気づいたかもしれないが、互いにそれを知る時は来ない。
それを、笑顔で受け流したのは雪夜ならではの忍耐力だろう。フォルテにも、この忍耐力があれば、アリスの気苦労は大分少なくなる。
(アリス!アリス!聞こえる!)
『雪夜?珍しいわね、遠距離通信魔法なんて。慌てて、どうしたの?』
(今、目の前に黒髪の道化師が居るんだけど)
『……何の冗談?』
アリスから返ってきた返事は半信半疑のものだった。
そもそも、アリスは魔導連盟の情報を盗み見ているのに加えて怪人が現れれば、臨時速報くらいは流れる。雪夜の自宅で寛いでいるアリスだが、そんな情報入ってきていない。
ていうか、誰もデパートの風船を配っているのが、本物の怪人だなんて思わない。
(本当なのよ。何か良い魔法ない?相手は私がフォルテだなんて思ってないだろうし、チャンスよ)
『……ちょっと状況が想像出来ないけど。そうね、追尾魔法を掛けてみるのなんて、どうかしら?魔力を転送するわ。左手で十秒、道化師に触れれる?』
(長いわね。でも、頑張る)
雪夜の右手の中に淡い青色の光が輝きだし、それを力強く握る。
その魔法は相手に取り付くと一度だけ、アリスの持つマップデータで位置情報が探れるという単純なものだ。今まで使った事がなかったのは、十秒間、相手に触れ続けなくてはいけないという戦闘中に使うには厳しい使用条件が問題だったからだ。
だが、雪夜なら、成し遂げられる可能性がある。
「ねぇ、道化師さん。ちょっと、見学していってもいいかな?」
「アッハハ、風船配りで良けレバ、ドーゾ、ドーゾ」
一見すると向日葵が咲いたような笑顔だが、目以外は笑っていない事に気づかない道化師は、楽しそうに笑う。
雪夜と道化師の地味な戦いが始まったが、雪夜のおかしな態度に気づいた京子は、目の前に居るのが本物の道化師だと感づき、一番わくわくしていた。
お気に入り登録が微妙に増えてきました。
変なジャンルですし、最初はどうなるかと思いましたが、ありがとうございます。
それにしても、意外と書くのが難しい……。




