十二話 和食と言えば、これかなって
その日、雪夜は久しぶりに大量のお買い物をした。
内容はジャガイモ、牛肉、人参、玉ねぎ、糸コンニャク、サヤインゲンだ。家庭により些細な違いはあるだろうが、材料から今日の彼女の夕食を予想するのは難しくない。
肉じゃがだ。
しかし、その材料は、一人分にしては明らかに多く、台所で包丁を振るう彼女からも緊張した様子が見て取れる。
(和食は作れないって言ってたし、大丈夫だよね。道久の洋食は美味しかったけど、私だって和食なら自信あるし、大丈夫!……でもぉ)
と、なんとも乙女らしい悩みを抱いて集中力が欠如している彼女が指を切らなかったのは奇跡だろう。
ちなみに、なんで彼女が、そんな事をしてるかと言えば、怪人黒髪の道化師が片付けを始めた頃に帰ると大家さんは既に帰宅していて新しい鍵を貰い受け部屋に入った。
そして、そのまま道久を待とうと思っていたのに、うっかりと寝てしまった事にある。
目覚めたら学校に行かなければいけない時間で、恩知らずな行為に自己嫌悪した彼女は、ちゃんと手土産を持って道久にお礼を言おうと決めたのだ。
幸いにも道久の家では彼が食事を用意してくれたので、財布の中身は一切減る事はなかった。冷蔵庫の中身の一部が駄目になった事と、二人分の食事を作る材料費を考えても十分にお釣りがくる。
ちなみに、肉じゃがにした理由は、恋人に作って欲しい料理ランキングなんて物を調べて見て三位だったからだ。更に何故三位を選んだかと言えば一位、二位は洋食だったからである。
まだ作ってる段階なのに、緊張してどうするんだろうと思うが、何故か初めて会った時から道久の事を意識して止まない彼女は、本来の理由とは別に芽生えた感情もあり、二重に動揺しているのだから仕方ない。
元々、雪夜は小さな頃から男女の恋愛に疎く、意識した男性すらいなかったのだから、その勘違いすら恋愛経験のない彼女にとっては、十分なきっかけだった。
恋をしているかと聞かれたら否だが、恋する可能性があるかと聞かれれば雪夜は顔を真っ赤にし俯くだろう。ちなみに、フォルテなら赤くなりながら怒る。
「うん。後は待つだけ。美味しく出来てる……きっと」
落し蓋をして、時間が過ぎるのを待つ。という所で、部屋の外側の階段を誰かが上る音が聞こえる。
硬い金属音が響く足音に耳を済ませると、雪夜の真上の部屋のドアが開いた音がした。体が一瞬ビクッと震え、道久が帰った事を確信すると、緊張で息を飲み込んだ。
肉じゃがが出来るまで後十五分程度。帰宅したばかりの道久の事を考えれば丁度良い時間だろう。
雪夜は、その間、学校から帰り外行きの格好をしているにも関わらずクローゼットを開け服を選びなおし始めた。
◆
呼吸の音が聞こえる程、深く深呼吸してチャイムを鳴らす。
片手に鍋を持っているのだから、鳴らしにくくて仕方ないが、あえて食器に盛り付けなかった。
「はーい」
「ゆ、雪夜です!道久、ちょっといいですか?」
間延びした声にこたえると、すぐにドアは開いた。
道久は上半身はYシャツのままだが、下はジャージという妙な格好になっているが、常識が抜けている彼は寝巻きも適当だというのは、二泊三日のお泊り会で理解していた為、何も言わない。
「泊めて貰ったお礼に、これ作ってきたんです。良かったら、食べて貰えませんか?」
そう差し出された鍋を受け取り道久は感嘆の声を上げる。その表情は雪夜も始めてみた自分と同い年かと錯覚させるような子供らしいものだった。……まぁ、実際には年相応でしかないのだが。
「でも、ちょっと多いな。雪夜はもうご飯は食べたの?」
という道久の言葉に雪夜は内心で拳を握り締める。
作った分量は、二人分にしても多いくらいだ。そして食器に移さず鍋ごと持ってきたのは、もしかしたら食事に誘ってくれるかもしれないという期待があってだ。
そのまま受け取られたら自分のご飯は作り直しか、買いに行くか、抜くかの三択だったが、勝利の女神は彼女に微笑んでくれた様だ。
「買い物と合わせたら時間掛かっちゃって……まだ、なんです」
「じゃあ、一緒に食べない?オレも軽く何か作るからさ」
「はい!」
物静かな少女というイメージが付いて回る雪夜としては珍しいくらい良い返事だった。
雪夜が、トテトテと道久の後に続き、部屋に入る。ちょっと考えたら好意を持たれている事くらいは分かりそうだが、道久は日本では親しい間柄では鍵も掛けずに、わりと自由に互いの家を行き来していたと聞いた事があったせいで、そんなものだろうと思っている。ちなみに四百年ほど前の文献から得た知識だということは頭から抜けている。
道久は、冷蔵庫を開けた後に、台所に立ち、雪夜は三日間、自分の定位置となっていた場所に腰を下ろす。テーブルを挟んで向かい側が道久の位置だ。
道久は、数分かかってテーブルに並べたのは、レタスを千切りにしマヨネーズをかけただけのサラダと作りたてのオムレツだった。平皿に盛られた、ご飯が冷凍してあったのもをレンジで暖めただけなのは、時間の都合で許してもらいたい。
道久が手を合わせると、雪夜もそれに習う。
「あぁ、和食もいいなぁ。勉強しようかなぁ。こんな小さな国の料理が世界中である程度知られてるだなんて異常だよ」
箸を器用に使いこなし、道久は雪夜の肉じゃがに舌鼓を打つ。異世界にも料理はあったが、日本ほどレベルは高くない。そもそも、彼の母親の料理は壊滅的だった為に、初めてこの世界の料理を食べた時は驚愕したものだ。
「和食なら私が得意だから、道久が勉強しなくても良いと思います。だから、道久もたまに私に何か作ってください」
上目遣いにそう言う雪夜。
男性と食事する事が初めて楽しいと思えて、少し大胆になっている。彼女の妹が見たら、お姉ちゃんはそ、そんなこと言わない!偽者め!と言われかねない状況だ。
「そういえば、道久は、日曜日も仕事が多いんですか?」
「うん、そうだね。土曜日は大体休みだけど、日曜日は仕事になる事も多いと思う」
怪人業務は人が多い方が効果的なので、必然的に日曜出勤は増えてしまう。
それを聞いた雪夜は残念そうにするが、道久が休日出勤という事は怪人黒髪の道化師が現れるということで、フォルテとして彼と戦う事になるのだが、それを知るのは、ずっとずっと先のお話だった。




