十話 道化師就任のご挨拶
「お話は先に聞かれてると思いますが、工作員の潜入に成功したイギリスは、機関内部の整理に入っており派手な行動が取れる状況ではなくなりました。そこで、未だ機関の影響力の低い日本へと回された怪人の秘書をしております、黒上道久です。基本的には、この会社の監査役と言う位置付けになりますが、私の様な若輩が、日本で頑張ってこられた方々に口出しするのは差し出がましいかと思いますので、今まで通り、お願いします」
道久が言い終えると、オフィス内の人から小さな拍手が起こる。緊張で膝が震えるのを必死で隠していた道久には、少し気が休まる思いだが、日本の世界征服機関傘下……というか、日本支部、KKNコーポレーションで働く社員にとっても、余計な口を挟まない。という言葉は嬉しいものだった。
機関本部の外人が上司として来ると聞いた時から続いていたピリピリとした空気は今のところ鳴りを潜め、それぞれ忙しそうに各自の仕事に戻る。
反応としては可もなく不可もなくといったところだが、道久の役目は機関傘下の組織を纏めるという本来の仕事ではなく、怪人黒髪の道化師のバックアップなので、問題はないだろう。
「黒上さん。三課を任されている柊秋彦です。怪人活動の支援や、黒子戦闘員の配置などを担当しています。役割上、共に仕事をする事は多いと思いますが、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、柊さん。早速で申し訳ありませんが、事前にお伝えしておいた件は、準備出来ていますか?」
「はい。学生のアルバイトを雇って黒子戦闘員として、活動して貰うとの事で、面接の結果52名を採用しました」
黒子戦闘員とは機関の使う魔具によって、人から魔力を吸い出して人形を作る技術だ。魔力を吸われた人は意識が黒子戦闘員へと移る。
戦闘員の見た目は黒子の言葉通り、全身黒尽くめで顔すらも黒頭巾に覆われている。人より力が強いが、一定以上の損傷を受けると魔力を四散して消滅してしまう為に、魔法を扱う魔導連盟などには、有効な戦力とは成り得ないが、もし死んでも意識が肉体に戻るだけなので、リスクが低く怪人と共に行動する事が多い。
しかし、魔力とは生命力に近いものであり、黒子戦闘員が四散してしまうと体調を崩してしまう為、使い捨ての駒としては使いにくい。
だから、学生アルバイトを黒子戦闘員として導入すると聞いた時、秋彦は反対しようと考えたが、その書類には、一度限りの短期雇用である事と、仕事内容はビラ配りと区内清掃という美化活動であった為に、疑問に思いながらも言われた通りに仕事をした。
「ありがとう。では当初の予定通り、機関傘下の組織で開催されているフリーマーケットに黒髪の道化師が就任挨拶として、ビラ配りをします。学生アルバイトの方にも、キチンと説明をしますので、一箇所に集めてください」
秋彦は危険がないと考えた仕事だが、実際は異なる。
いや、仕事自体に危険はないとしても、怪人が活動する以上は、魔導連盟と魔法少女が現れる可能性が高いのだ。その事を理解した上で、仕事をして貰わなくてはいけない。
しかし、その程度の事は学生達も理解し、それでも、それぞれの事情……主に高い時給だが。によって、参加を決めているのだから、帰る人は皆無だった。
◆
「コノ度、日本担当が決まりマシタ、怪人、黒髪の道化師デス。よろしくお願いシマスー!」
「「「よろしくお願いします!」」」
怪人と化した道久が、声を張り上げ、マーケットの参加者にビラを配ると、それに追従して学生アルバイトの黒子戦闘員が、声を上げる。
元々が機関傘下の催しというだけあり、人々からの反応は好意的であり、逆に茶菓子を貰っていたりする。
誰だって自分の働きが評価されれば嬉しい物で、そんな雰囲気でビラを配る黒子達は思いのほか高いモチベーションを維持していた。
会場でビラ配りをしているのは、黒髪の道化師本人と、黒子戦闘員10名ほどで、他の黒子達は、区内の清掃に出ている。
ビラを配れば、どうしても道端に捨てていく人もいる。そうならない様に工夫はしているのだが、無くすのは不可能だ。そして、誰が捨てたかなど関係なく、捨てられたビラを見た人は、道化師に対して悪印象を抱くだろう。だからこそ、同時に清掃活動をこなし、出るゴミ以上に街の美化に勤めて悪評を相殺するのが清掃員の仕事だ。
ちなみに、道化師と共に活動していない清掃員達が黒子戦闘員になる必要はないのだが、機関の宣伝の為、全員、黒子戦闘員になっている。
「道化師さん!ビラってまだありますか!?」
「まだまだ沢山アルサ。ホーラ、持って行きナ」
「うわっと!?ありがとうございます!」
冗談のつもりで大量のビラを押し付けたが、黒子は、よろよろと歩きながら元、配っていた位置まで戻り、またビラを配りだす。
道化師自身気づいて居た事だが、わざわざビラを配りに行かずとも向こうから近寄ってきてくれる事が多く、当初3時間程度を考えていたが、それよりも早くビラが尽きてしまう可能性が高い。
少しでも、ゴミにならない様にと思って付けた、ちょっとした工夫は予想以上の効果を上げているようだ。何処からか話を聞き、ビラを貰うために来て、ついでにフリーマーケットを見て帰る人も僅かながら居るようだ。
「マァ……もう、終ワリかもしれない、ネェ」
道化師の予想よりは遅かった。それでも、必ず来るだろうとは思っていた。
道化師の後ろで賑やかに集まっていた人が、何かに気づき道化師への道を空ける。
それに気づいた人は、何があったのかと視線を向け、ソレに気づき自然と後ずさり距離を取る。
会場は未だに盛り上がっているが、道化師の周りだけ人が居なくなる。彼を中心に円状に距離を取る様子は、まるで何かの見世物が始まるかのようだ。
実際、機関に深く関わりのない人たちにとっては見世物なのだろう。そして、道化師も、そんな雰囲気こそが、自分の居るべき場所ではないかと考える。
喧騒が一瞬だけ止み、彼女が姿を現す。
眩いばかりの金は、左手に持った大剣レーヴァテインの炎に照らされ紅く輝いている。道化師を知り一般人に危害を加える気がない事がわかったからか、不必要なまでの警戒心こそ薄くなっているが、敵愾心は、まったくぶれていない。
「イラッシャイ。魔法少女フォルテ」
「黒髪の……道化師」
噛み締めるように、その名前を呟いた彼女は、そのまま彼の目の前まで歩く。
「おやおや?どうしたんダイ?そんな怒っちゃっテ。今日のボクはビラを配っているダケだぜ?」
「残念だけど、日本では怪人及び機関の活動が許可されていないわ。すぐに撤退するか倒されて頂戴」
「デモ、このマーケットはKKNが正式な手続きを踏んで許可ヲとったモノだよ?自社イベントの中での活動マデ拘束は出来ないハズだけど?」
「むっ」
フォルテは少し考えるが法律に詳しい訳ではない。何せ、その正体は、ただの学生なのだから。
「……なら問答無用で貴方を倒すわ。日本の法では怪人は保護されていない」
「ククク、ボクを倒す……ネェ?」
「何が、おかし……」
フォルテの言葉を遮り遠巻きに様子を眺めていた黒子戦闘員達が、フォルテと道化師の間に割ってはいる。黒子戦闘員では魔導連盟の一般兵にすら勝てないのだから、フォルテを相手にしようだなんて無謀でしかない。
しかも、もし倒されでもしたら、症状はそれぞれだろうが、明日の朝まで寝込むくらいの体調不良は起こすだろう。
それでも、彼らは退こうとはせずに、むしろ両手を広げ、フォルテを阻む。
それは道化師に強制された行動ではない。彼らは紛れもなく自分自身の意思によって魔法少女の前に立ち塞がっていた。
「な、何……?」
「アーハッハッハ!さぁ、魔法少女フォルテ。ボクを倒したかったら、先に彼らを倒すしかナイ様ダネェ!!」
力任せの怪人虚狼とは違った、怪人黒髪の道化師の戦いが、ここに始まった。




