一話 黒髪の道化師
魔法と異世界から来た人間がいる現代。そんな世界観です。
1話1話は短めに、週1.5話~2話のペースでの投稿を目標にしていきますが、始めは書き溜めがあるので少なくとも1週間は毎日投稿出来るかと思います。
ちょっと変わったジャンルかもしれませんが、宜しければ読んでみてください。
イギリス西部、BlackpoolにてWorldAlienと接触
確認された怪人の数は1名。その姿は、御伽噺の道化師に酷似していて、その顔は薄笑いを浮かべた仮面に覆われている。服は青色を基調としているが、赤と白のラインで彩られ、その派手さが目に付き、白い手袋に爪先の尖った靴を履いている為に、露出している部分は、黒い髪の毛しかない。
夜間の襲撃とは言え、その様な派手な姿をしていれば、的として困る理由はなく、現地の警備に置かれていた中隊規模の部隊は思う存分、魔弾を浴びせたが一向に効果は無く、道化師は紅いマントを翻し、何事もないかの様に歩いてくる。
「魔弾、貯蓄残量88%。未だに効果は見られません!」
「たった1人の怪人を相手に、10%以上の貯蓄を使ってしまったか……。『能力』持ちと考えた方が良さそうだな」
「実弾や魔法の効果も無いそうです。恐らくは遠距離攻撃、そのものを無効化している模様です」
隣国、アイルランドは未だ世界征服機関の影響力が低い数少ない国の一つであり、だからこそ、向かい合う、この場所には世界征服機関と言えど数多くの兵力を送り込めないハズだった。
だからこそ、機関は遠距離攻撃の効かない隠し球とも言える怪人を送り込んだのだ。
異世界との扉が開き十数年たった今、魔法技術という新しい技術が飛躍的な進歩を遂げ、物量により怪人を圧倒する事が出来るようになったが、接近戦に秀でた人間は未だ少ない。
しかし、たった1人で乗り込んできた怪人の目的がわからない以上、これを放置する事は出来ずに、中隊長は痛みを伴う決断を迫られていた。
「……近接戦闘にて迎撃をする。自信の無い者は後方でのサポートに徹して構わん。命を無駄にはするな」
「了解、全部隊員に通達します。接近戦により目標『道化師』を撃退せよ」
◆
「あハハハハぁ!僕に遠距離攻撃ナンテ意味が無イんだよぉ!!」
道化師に向けて後方部隊の援護射撃である魔法が殺到するが、その全ては道化師の手前で黒い何かに呑まれ消滅している。
その正体がわからない以上、近接戦闘を得意とする者でさえ、それが自分に無害である確証などあるハズもなく、攻め倦ねていたが、ついに「接近戦による撃退」という命令が下った以上、怯えてはいられない。
「機関。5年前の君達による大襲撃で僕の兄は殺された。イギリスを、これ以上、好きにはさせない!!」
英国の青年はサーベルを構え、身体を魔法で強化し、道化師に斬りかかるが、その技術は道化師から見れば未熟と言わざるを得なく、到底、戦いになる様なモノではなかった。それが、例え、この部隊、随一の近接戦闘の腕前を持っていたとしても、だ。
「それハ、僕達『世界征服機関』ジャなくて、『はぐれ』の連中ダッテ言ってるのニ、聞かない人タチだなぁ」
道化師の両手に何処からともなく、一対の剣が現れる。それは、刃の部分が大きく半円を描くように曲がっているショーテル。重心の位置が通常の剣とは大きく違っていて扱い難いハズのソレを道化師は軽々と振り、自らにサーベルを突き出す騎士を十字に斬りつけ軽々しく吹っ飛ばした。
そして、そのまま、交差させた両手を素早く開きショーテルを投げつける。高速で飛来する回転したショーテルに、後に続いていた二人の騎士も吹っ飛ばされてしまったせいで、僅か十数名しか居ない近接戦闘部隊は、影を縫われた様に足を止めてしまう。
今までの戦闘を見る限り、道化師は間違いなく接近戦に特化したタイプであり、自分達が彼に勝てるのだろうか?という不安が頭を過ぎる。
しかし、遠巻きに道化師を見ていた後方部隊は冷静に道化師の足元へと魔法攻撃を打ち込み出す。
「負傷者を回収して!それまで、全力で目暗ましくらいは……!!」
自分達が必死に習得した魔法が、ただの目暗ましにしかならないという悔しさはあるが、共に戦い抜いてきた仲間を守る為に後方部隊は懸命に魔法を打ち続ける。
幸いにも道化師の攻撃を受けた騎士3人、誰も大きな怪我はなく……いや、それどころか、斬られた様子すらなく、経度の打撲で済んでいた。
仲間の無事に胸を撫で下ろしたのも束の間、彼らは、砂煙の中から、いつ道化師が出てくるかを全身全霊を持って警戒する。が、そこに既に道化師の姿はなく、彼らが見たのは遥か沿岸に接近する大型船の姿であった。
遠く離れた大型船を止める術は彼らに存在しなかった。
この日、黒髪の道化師が初めて人間の前に姿を現し怪人として戦い、堂々と囮を努め、『世界征服機関』の工作員、数十名がイギリスへと侵入した。
◆
南太平洋、世界征服機関本拠地
「たっダイまぁ~、あハハハぁ……はぁ、疲れた」
数年前に突然、世界に現れた異界に続く扉。共に現れた大陸の中央にある城に道化師が帰還する。いや、すでに道化師であった男と言うべきか。
彼が高笑いしながら、その仮面を取ると、道化の衣装が光と共に霧散し、髪の色も漆黒から鮮やかな金色へと変容し、その声のトーンが幾分か落ち、如何にも面倒だったと言わんばかりの声質になる。そして、最後に、その手に取った仮面までもが消失した。
「お帰りなさいませ。此度の戦果、お見事でした」
「イギリスは機関としても、どうしても落としておきたかった所だしね。あそことの交流が盛んになれば、経済効果は更にあがる」
「はい。ですが、貴方程の力があれば、英国女王艦隊も落とせたのでは?」
今回、狙ったのは小規模の部隊だったのだが、道化を迎えた男は、その事に多少不服がるようだった。
英国女王艦隊は兵の錬度が非常に高く、貯蓄魔弾も尋常ではない量がある。
世界征服機関が、今まで上陸できなかったのは、その弾幕の激しさから、相当の犠牲を覚悟しなければいかなかったからだが、道化師は遠距離攻撃を無効化するという特性を持っている。英国女王艦隊の強みを一つ潰していると言えるのだ。
しかし、それに対して道化師だった男は両手を挙げて反論する。
「無茶を言うなよ。どれだけの物量があると思ってるのさ?それに、もし勝っても英国民が本気で機関の介入を拒めば潜入員の居場所がない。なんだかんだ言っても、オレ達を歓迎してくれる人は多いんだよ」
世界征服機関。
その目的は名前の通り、世界の征服だが、最終的な目標は独裁ではなく統治にある。元々が別世界の生き物だった彼らに世界の対応は暖かいとは言えず、その為に結成された組織だ。
しかし、人間側に付き、彼らに魔法を授けた『協力派』や、機関と行動をせずに好き勝手に動き悪評をばら蒔く『はぐれ』により、その活動は上手く行っているとは言い難い状況にある。
「……それもそうですね。さて、そんな貴方を歓迎してくれている地域からのお仕事です。宜しくお願いします」
「うわ、また新しい仕事?」
男から渡された書類に目を通す。それはアジアの島国である日本の状況が詳しく書かれており、強力な独自の魔法を扱う魔導連盟と、正体不明の魔法戦士の介入が激しく、活動が上手く行っていないという趣旨が書かれている。
書類を見た限り魔導連盟は強力ではあれど、先進国であれば、保持していて当然程度の兵力だ。しかし、魔法戦士のステータスを見て、その目が止まる。
攻撃力 S
防御力 A
速さ B
魔力 A
特殊能力 S
能力はS、A、B、C、D、E、―、の7段階に分けられる。しかし、大半の魔法戦士のステータスに並ぶのは横線が多い。これは注意の必要はないという意味であり、平均はEなのだ。Dであれば得意、Cで強力、Bで特化、Aならば最高クラスという具合である。
それを超えるSという記号は世界征服機関、女王クラスのレベルであり、そのステータスの異常な高さに注目せざるを得ない。
「これは……確かに、そこらの怪人では荷が重いな。オレが行こう。しばらく日本に滞在する事になるかもしれない。魔法戦士の出現位置はわかっているのか?」
「いえ、魔法戦士は雷歩と呼ばれる秒速50km以上の速さで動く魔法を用いて日本各地、何処にでも現れます」
「速さはBとあるが?」
「雷歩状態では本人が、その速さに、ついて行けないようです」
つまり、その魔法戦士は、まだ大きく伸びしろを残している。その事実に、流石の道化師だった男も状況を重く受け止めざるを得ない。
「すぐに行こう。住む場所は現地で手配する」
「畏まりました。しかし、お名前だけは、此方で決めてください。身分を容易致します」
「そうか。そうだな、では、これで頼む」
道化師だった男は紙に、何も考えずに名前を書くと、それを手渡す。が、手渡された、その紙を見て彼は、ゲンナリとして聞き返した。
「……参考までに、これはどう読まれるのですか?」
「そのまんまだよ。黒髪道化」
「巫山戯てるんですか」
黒髪道化。正体を隠す気があるのかすら怪しい名前を見て、何時もの事ながら頭が痛くなってしまうのは、仕方ない事だろう。
「せめて、この位は気を使ってください」
そう言いながら紙に再びペンを走らせ道化師だった男に投げつけると、器用にキャッチし、機嫌良さそうに彼は返す。
「黒上道久か。良い名だな、気に入ったぞ」
そう言い残し、手を顔に添えると、何処からか再び仮面が現れ次いで、その服装も煌びやかな道化衣装と変え、道久は、突如現れた黒い穴の中へと、その姿を消した。