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デレるが吉っ!

作者: 五円玉

こんにちは。


今作はラブコメと名打ってますが、半ばノーマルなコメディーです。


ラブラブ展開はあまり期待しない方が吉。

末吉荘。


それは今僕の目の前にある、築30年の木造二階建てアパートの名称である。


この末吉荘は近場の駅から徒歩47分、部屋数は8つ、トイレは部屋それぞれにあるが風呂はない。

そして近場の銭湯までは徒歩29分。


近くにコンビニエンスストアはない。

病院も交番もスーパーマーケットも公園も学校も駅も銭湯もエステサロンも雑貨屋も理髪店も寺も神社もガソリンスタンドも旅館も商店街も電気屋も車屋も食事所も消防署も裁判所も銀行も教会も呉服屋も役所も海も畑も山も川も田んぼも希望も夢も愛情も友情も市からの恩恵も慈悲も何もない。


周りにあるのは多少の住宅と道路、後は荒れ地のみという、現日本において最も不便かつ辺境の地と言っても過言ではない場所である、末吉荘の立地場所。


僕はこの末吉荘の101号室にて一人暮らしをしているしがない貧乏高校生だ。


名前を沙原白星と言う。


母親が出産直前にテレビ中継で相撲を観戦していたらしく、出産中に仕事を中断して来た相撲好きの父親に相撲の結果を報告しようと「白星だった」と言った所、それを息子に名付ける名前だと勘違いした父親が出産直後に市役所へその白星で届けを出してしまい、僕の名前は白星となった訳だ。


極めて複雑な気持ちになるような歴史だが、僕は白星と言う名前で苦労等をした覚えがないので、別に苦ではない。


むしろ「勝つ」の意味が込められているので、ちょっと気に入っていたりもする。




そしてそんな僕は今年で18歳になり、高校3年生になった。


両親が将来役に立つからと一人暮らしを勧めて来たのが約1ヶ月前。


僕はある意味その息子を突き放すかのような両親の案に乗り、一人暮らしを始めた。


とりあえず両親の勧めで安い所が良いと言われ、家賃の値段だけでこの末吉荘へとやって来たのだが。


「……はぁ」


この末吉荘で暮らし始めてから1ヶ月。

僕は心の底からこの選択に後悔をしていた。


「僕はなんて愚かな選択をしてしまったんだ……」


僕は自室にて畳の上に横になり、ただただ1ヶ月前の自分自身を呪っていた。


この末吉荘に入居し、後悔した事が3つ程あるのだ。


1つは先程記述した通り、末吉荘の立地条件が神がかって悪い。

奇跡と言っていい程の立地場所。

文明が全国に発展している現代日本の世の中、よくぞここまで文明が発達していない土地があるものだなと、とても不思議である。

ちなみにここはまだギリギリ関東圏内。


2つ目は末吉荘の不便さ。

築30年と、決して新しくもなく、かと言って凄く古い訳でもないこの木造アパートだが、風呂がないのが非常に痛い。

近くの銭湯までは徒歩29分も掛かる。

自称潔癖症の僕としては、夏の学校帰りなんかはすぐにシャワーを浴びたいのだが。

そこから徒歩29分、さらに風呂帰りも徒歩29分。

帰りも汗をかくので、実質プラスマイナス0。

いや、マイナス29なのだ。


そして3つ目。


それは……


バタンッ!!


「白星くん、今居るぅ〜!?」


今この瞬間、鍵の掛かった101号室のドアの鍵穴を針金でピッキングして強引に開け、ドアを蹴り飛ばし笑顔で不法侵入してきたこの女性。


「あ、白星くんいたぁ!」


「何が……あ、白星くんいたぁ!……だ。白昼堂々不法侵入すんな、そしてドア蹴るな鍵穴ピッキングするな!」


僕はグダグダと身体を起こし、目の前にいる災いの元へと視線を向けた。


「だってねぇ。独りの寂しさにうちひしがれている三十路のお姉さんの心を晴らしてくれる、唯一の男の子の姿を今日はまだ見てなかったから……」


「独りの寂しさって、アンタがただ今の夫と別居しているだけだろうが! そんな寂しいならさっさと夫の元へ帰れ!」


「そんな冷たいわ白星くん。そんな冷たいとお姉さん、余計に燃えてきちゃうわぁ! ゾクゾク」


「燃えるな! 別に夫とは離婚調停中とかじゃないんだろ? そんな家出もどきしてないで早く家へ帰れ変態ッ!」


……この変態とバカとキチガイを足して3で割ったような三十路の女性。


この末吉荘201号室に入居している、安谷屋麻耶である。


現在自分の気まぐれで別に離婚調停中でもない夫と別居、そして何故か滅茶苦茶に不便なこの末吉荘で暮らしている意味不明な女性だ。


……末吉荘入居での後悔、その3。


この末吉荘入居者はみんながみんな、滅茶苦茶に面倒くさい人ばかりだったと言う事。


「ってかアンタ、今日は仕事じゃなかったのか?」


今日は土曜日。

安谷屋麻耶は隣町のデパートでパート業をしている。

デパートのパートなんかは、土日が一番忙しく、現に昨日安谷屋は仕事だと言っていた。


ちなみに今午前11時。


「うん、まぁ今日は仕事の日なんだけどね」


そこで、何故か僕の背後を取る安谷屋。

不覚、反応が遅れた。


「……今日は白星くんの顔が見たくなっちゃったから、仕事休んじゃった! てへっ!」


「うわっ、三十路のてへっ! は威力ハンパねぇ! 破壊的な意味で!」


その瞬間、僕の首もとへ腕を回す安谷屋。


「うわっ、何するんだ!?」


まるでヘビが首もとに絡みつくような……


「……ねぇ白星くん」


「おおっ! 耳元で甘ったるい声を出すなっ! ってか腕放せ!」


「……この後暇?」


「暇じゃない、この後はアンタが壊したドアの修理が……」


「そんなのどうだっていい」


「良くねぇよ! 早く直さねぇと大家に怒られるんだよ! ってか壊した張本人のアンタが直せッ!」


「ドアを直すよりも、男に飢えたアタシを治してよ、白星くん……」


「止めろぉっ! 何か止めろぉっ! だったら夫の元へ帰れぇ!」


「嫌よ、アタシは白星くんがいいの!」


「ああああああっ! 耳たぶ噛むなっ! 耳に口紅の赤がぁっ!」


「……白星くん、アタシが手とり足とり腰とり教えてあげるからさ、やろ?」


「白昼堂々強姦宣言ッ!? ってか腰とり何!?」


「男の子が腰を動かすものよ普通」


「だから何の話だッ!!」


その瞬間、僕の耳元に物凄い衝撃が。


「ふぅぅぅ〜」


「ぎゃあああああッ!」


その衝撃の正体は、耳の中へ大量の空気が安谷屋の口より投入されたがために起きた、身震いするような最悪の衝撃。


「な、ななな何すんだ変態ッ!?」


「ふふっ。場の数ならアタシの方が上手ね」


「不気味過ぎるよその笑顔ッ!!」


「……高校生の純潔、美味しそうだわ」


「ひぃいいいいいッ!!」


僕は、とにかく叫ぶしかなかった。










それは翌日の事である。


「…………」


僕は昨日安谷屋に壊されたドアの修理をしていた。


「……えーっと、釘は……っと」


釘と金槌を使い、ドアの修理にせいを出す。


……リズムよく釘を木製のドアと壁の間へと打ち込む。


「……あ、白星くんだぁ!」


釘を金槌で叩く度に、ゆっくりと木を貫く。


「ねぇねぇ、何してるのぉ?」


僕は、釘を打つ。


「あ、白星くんドアこわしてる!」


僕は、釘を打つ。

金槌で、釘を打つ。


「い〜けないんだぁ! 大家さんに言っちゃおっ!」


……無心。

無心で釘を打て、僕。


「……白星くん?」


無心。


無、だ。


「……ねぇ白星くん?」


……釘を打つ。


「……大丈夫?」




カチッ




「お前が言うなぁあああああああああッ!!」








人間、怒りの感情こそが一番強い感情だと、18年間生きてきた僕、沙原白星は考える。


怒りは時に、全てを凌駕する。


怒りは時に、全てを破壊する。



怒りは時に、人間を無へと変える。


怒りとは、本能がままに無意識を造り出す、最悪かつ最強の感情なのだ。





故に、怒りは全てにおいて最強。


全てにおいて、だ。


「……何でアンタがそこにいるのよ」


「何でって、釘を買いにホームセンターへ向かうべく、徒歩47分掛けて駅へ行こうと……」


末吉荘の入口。


安谷屋のせいで釘打ちに失敗。

失敗して足りなくなった分の釘を買いにホームセンターへ行こうとしたら、末吉荘の入口でバイト帰りの19歳女性と出くわした。


「釘? アンタ工作でもするの?」


「ああ、ある意味工作的な……」


「工作的?」


「工作……いや、具体的に言えば工事だ」


彼女の名前は嶽間心子、自称フリーターで末吉荘103号室に一人暮らししている住民だ。


「……何? まさかまた安谷屋さんに何か壊されたの?」


「当たり。部屋の入口のドアをな」


あと僕の精神。


「ふぅん、アンタ本当に安谷屋さんに好かれてんだね」


「ドア壊されたから好かれてる? 何だその考えは!」


「何でもないわよ」


「はぐらかしたっ!?」


嶽間は涼しい顔をしている。


「それよりも、アタシバイト帰りで疲れてんの。そこをどいて」


……彼女は所謂、フリーアルバイターというヤツだ。


決まった職に就かず、アルバイトだけで生計をたてている者。


高校卒業後、進学も就職もせずに、真っ先にフリーアルバイターになったとか。


……僕の考えでは、フリーアルバイターは無職の領域に入る。


保険も国民年金も税金もない。

かといって安定した給料もない。


アルバイトとはほぼお手伝いみたいなモノだ。


職とは言えない。


つまり、僕にとって嶽間は無職だ。


「……ちょっと聞いてんの? そこどいてよ」


「……あ、ああ。すまない」


僕は無職に道をあけた。










翌日。


今日は月曜日。


学校だ。


時刻は朝6時。


僕は高校三年生。

駅が遠いだけに朝は早起きだ。


今日は晴れ。


僕は眠気と戦いながら布団を抜け出し、部屋の窓を開ける。


朝の空気は心地よい。


僕は眩しい朝日を浴びながら、伸びをした。


筋肉が伸縮。


目が覚める。


よし、今日も良い朝だ。


……そして、僕は覚めた眼を擦り、ゆっくりと台所の方へと視線を向けた。


「……おはよ」


不可解だ。


いつも不可解だ。


エプロンを着た不可解だ。


包丁を持ち、味噌汁を作っている不可解だ。


不思議の向こう側に、一体何があるのだろうか?


「……べ、べつにアンタのために朝ごはん作ってる訳じゃないから」


「…………」


「……な、何よ。アタシはただ、自室のコンロが壊れてて、朝ごはんの支度に困ってて、そしたら程よくドアが大破している部屋を発見して、何となく入ってみたら何となく良い感じのコンロがあって、何となく朝ごはんを作ってるだけで……」


「…………」


「うぅ……あ、アタシはアタシのために朝ごはんを作ってるだけよ!」


「……お前何不法侵入してんだコラ」


そこには、エプロンを着て味噌汁を作っている不法侵入者―――無職の嶽間の姿があった。


「不法っ……ち、ちがうわよ! アタシはただ、大破したドアのある部屋を見つけて……」


「それを不法侵入と言うんだよっ!」


一気に目が覚めた。


「ってか何してんだお前、いつからいたっ? そしてお前が今使ってる食材、ウチの冷蔵庫にあった食材使ってるだろっ!?」


昨日ホームセンター帰りに購入してきた食材。


「何よ! アタシは別にアンタ……いや、アタシの朝ごはんを作ってるだけよっ!」


「お前ツンデレで全てを茶化そうとか思ってるだろっ! バカかお前はっ!」


「はぁ、ツンデレ? 何言ってんのアンタ?」


「何言ってんの? は、こっちのセリフだよぉッ!!」


もう、僕は壊れる寸前だった。










「あぁあ、今日もこれからバイトだぁ〜」


嶽間は箸で白米を摘まみながら、溜め息混じりに呟いた。


……僕達は今、自室のちゃぶ台にて朝ごはんを食べていた。


「無職が何を言うか。さっさとこんにちは仕事に言って職を探して来いよ」


「こんにちは仕事?」


「ハローワークの事だよ」


「…………」


「…………」


「…………ふッ」


「……何が可笑しいんだ?」


「い、いや別に……ふふっ」


「…………」


僕は味噌汁を啜る。

様々な野菜が入った、ヘルシーな味噌汁だ。


……一時の静寂。


「……にしても」


唐突に。

嶽間が口を開く。


「……何だよ?」


「アンタ、やっぱり潔癖よね」


嶽間は僕の部屋をじろじろと見渡す。

その視線は、整理整頓された本棚や、食器棚に向けられている。


「本当几帳面と言うか、潔癖バカと言うか」


「うるさい。綺麗好きの何が悪い」


僕は自覚している。

潔癖症を。


「漫画なんか帯まで取ってあるし」


嶽間は本棚から1冊の漫画本を取り出した。


「しかもご丁寧にクリアカバーまで」


「表紙に指紋とか付けたくないだけだ」


「細かっ」


僕は嶽間のリアクションを無視し、味噌汁の豆腐を一口。


「……うわ、布団の畳み方が正方形だし」


嶽間の視線は僕の後ろ、畳まれた布団。


「はみ出しがないし、一辺も同じ長さに畳まれてるし。本当に細かっ」


「正方形は僕の美学なんだよ」


「美学……」


「ああ、美学だ」


僕は味噌汁の葱を一口。


「……でさ、テレビのチャンネル、なんでビニール袋かぶってんの?」


今度の嶽間の視線はテレビのチャンネル。

もう彼女はジト目だ。


「もはやこれは病気の領域なんじゃ……」


「違う。これは手垢でチャンネルのボタンの溝が汚れないようにの配慮だ」


「…………」


もう嶽間は何も言わなかった。


僕は味噌汁のワカメを一口。


…………。


…………。


……オホン。


「な、なぁ嶽間」


「……何?」


「お前、そういやどこで無職……いや、バイトしてるんだ?」


僕は朝ごはんをほぼ平らげ、食器の片付けをしながら質問する。


「ああ、バイトなら……」


すると、嶽間はここ一番の笑顔で、


「月曜はファミレス、火曜はスーパー、水曜はガソリンスタンド、木曜は道路工事現場、金曜は書店、土曜は漫画家のアシスタント、日曜は夜にちょっと」


「…………」


……ツッコミ所が多々あった。


けど、その多々あるツッコミ所から僕は1つに絞ってツッコんだ。


「……や、休みの日はないのかよぉッ!」


そこかよぉ〜っ!

……みたいなツッコミはナシで。










月曜、学校帰り。


時刻、夕方6時。


場所、末吉荘入口。


「……あら、お帰りなさい沙原さん」


電線に止まるカラスが一匹、甲高い声をあげ鳴いた。


僕は目を見開いた。


学校帰りで疲れた身体は、小刻みに震え出す。


「今日は寄り道してきましたの?」


「あ、ああいえっ!」


末吉荘の入口で箒を片手に、掃除をしている1人の女性。


彼女の声を聞くだけで身体は震える。

彼女の身体を見るだけで声が震える。


威圧感……ではない。


恐怖。

そこなしの恐怖。


「あら、そう……」


そう言うと、彼女はニッコリと微笑んだ。


……彼女の名前は青天目来蘭子、20歳。


この末吉荘の大家だ。


「……どうしたの沙原さん? 身体が震えてるわよ?」


青天目さんはこちらを見据えたまま動かない。


僕は動きたくても動けない。


「……もしかして、お風邪ですか?」


「あ、いや……その……」


「もしかして、お風邪ですか?」


「いや、ちが……って何で同じ事を2回?」


青天目さんは笑顔だ。










今から5年前。


社会でとあるニュースが話題になった。


とある女性が幼児虐待をした。


愛するが故に、私は子供をいたぶった。


これが、幼児虐待の容疑で捕まった女性が言っていた事。


異常な考え。


まさに―――闇。










「あら、沙原さん。こんばんは」


「あ……こ、こんばんは」


その日の夜。


銭湯帰りの僕に、玄関を掃き掃除していた青天目さんが挨拶。


僕は、苦笑い。


「……今日も月がキレイね」


青天目さんは突然、空を仰いだ。


突然に。


「えっ……?」


僕はそれに釣られ、空を見上げる。




……曇りの空。


月や星は、見えない。




「…………」


「キレイよね、月。今日は確か満月かしら?」


僕は知っている。


青天目さんには、月が見えている。


「……満月はキレイ」


青天目さんは、箒を柱に立て掛け、そっと視線をこちらへ向ける。


そして……


「沙原くん、あなたをいたぶってもいい?」


僕は間髪入れずにツッコンだ。


「突然すぎるわッ!」






「……私は、満月と沙原さんが好き」


「ま、待って下さい青天目さんッ!」


青天目さんの顔は、街灯の明かりで影ができ、怖さがハンパない。


「……いたぶりたい、刺したい、殴りたい、貫通させたい、斬りたい、燃やしたい!」


「やべぇ、コレ青天目さんスイッチ入ってる!!」




青天目さんは異常な性癖を持つ。


自分の好きなモノに対する、異常なまでの破壊衝動。


青天目さんは異常なのだ。


そして僕は、何故か青天目さんに好かれている。


特にこれと言った事はしていないのに。


……普段はその破壊衝動をこらえ、普通のアパートの大家をしているが、たまに突然スイッチが入る事がある。


ヤル気スイッチならぬ、破壊スイッチ。




「落ち着いて青天目さんッ!」


僕はゆっくりと後退。


青天目さんは服のポケットから何かを取り出す。


それは……街灯の明かりにより照される、銀色に鈍く光る―――


「沙原くん……好きよ」


「ぎゃあああぁぁぁッ!」


思わず絶叫。


「ウフフ……ステキな悲鳴ね」


「止めろ青天目さん、落ち着け青天目さん、実家のおっとさんおっかさんが泣くぞ!」


「父も母もなぶりたい……」


「止めてっ、それ親不孝を超越してるから止めてっ!」


「両親も沙原さんもみんな殺す!」


「とうとう殺す言ったよこの人!?」


「両親も沙原さんもみんなコロ助!」


「もはや意味分からないよッ!」


青天目さんはじわり、じわりとこちらへ寄ってくる。


相変わらず、手には銀色の……


「おーっとストップ、青天目さんストップ!」


「……人生にストップなんてモノはないわ」


「悟るな、今悟らないでいいからッ! とにかく一旦止まって!」


「嫌よ。1度立ち止まったら、その次の1歩が重くなる」


「だから今悟るなやッ!!」


生命の危機を感じながらも閑話休題。


「私は沙原さんが好きよ。大好き。殺したい」


「青天目さん、僕がそんなに好きなら、殺すと二度と会えなくなるんだよ?」


「だったら私も死ぬわ。あの世でまた会える」


「心中か、心中なのかッ!」


「私はね沙原さん、死ぬ事こそが永遠で、なおかつ最高の人生だと思うの」


「死ぬのが最高の人生……?」


「……そう、死は永遠よ。終わりがないの。人生に終わりがないって素晴らしいと思わない?」


青天目さんは笑っていた。


「死ぬ事は人生、人生は死ぬ事。終わりのない運命なのよ」


「……哲学?」


「私は死ぬ事を欲する。好きな人との死を欲する。沙原さんとの死を欲する!」


「…………」


「だから一緒に死にましょう。死んで、ゾンビになりましょう。そして、スリラー踊りましょ」


「嫌だッ!」


僕はにやける青天目さんそっちのけで、末吉荘を飛び出した。










「沙原、あなた昨日青天目さんに襲われてたでしょ?」


「ああ……これで21回目だよ……」


翌日。


僕は学校へ向かい、登校と言う歩行行為を行っていた。


隣には、つり目の黒髪少女。


名前は真玉霊多摩子。


平仮名にすると、またまたまたまこ。


素晴らしいイントネーション、素晴らしい語呂。


真玉霊は末吉荘203号室の住民で、僕と同じ高校に通う女子生徒。


「……本当に青天目さんは異常よね」


「ああ、そうだな」


青天目さんは異常。


「迷惑極まりないわ」


「ああ、そうだな」


青天目さんは迷惑極まりない。


「本当、警察に捕まらないのが奇跡なくらいよ」


「ああ、そうだな」


青天目さんは警察に捕まらないのが奇跡。










放課後。


僕は末吉荘に帰宅していた。


「ふひぃ……今日も疲れたな」


僕はそう呟きながら玄関で靴を脱ぎ、自室へ。


その時


「沙原?」


背後から呼び止められた。


僕は振り返る。


そこには……


「今帰り?」


僕よりも少し早く帰宅したのであろう真玉霊の姿があった。


「ああ、今日はちょっと寄り道したからな」


真玉霊はTシャツにショートパンツとラフな格好だ。


「……そう」


「何だ? 真玉霊は1本早い電車にでも乗ったのか?」


「……まぁね」


「そうか。お前、あんまり寄り道とかしなさそうだもんな」


真玉霊は学校のクラス委員長。


真面目な人間だ。


「……たまたま今日は寄り道しなかっただけよ。いつもはするわ」


「そうなのか?」


「ん。友達と図書館で勉強したり、書店で問題集見たり、たまに地域のボランティアに参加したり」


「……なんともまぁ、寄り道らしからぬ寄り道だな」


「……何かおかしい?」


「あ、いや、別に」


真玉霊の目は透き通るようなクリア色。


「……私の寄り道は寄り道らしからぬ寄り道」


「いや真玉霊、今の言葉はあんまり気にするな。ちょっとした言葉のあやだ!」


「……そう。私の寄り道は普通の寄り道ではないと?」


「違うよ、真玉霊のソレも立派な寄り道だよ! 素晴らしくて最高の寄り道だよ!」


「……素晴らしくて最高……つまり、普通ではないと?」


「うわ、コイツめんどくさっ!」


僕は言葉のあり方について考える必要がありそうだ。


その時……


「……だったらさ」


真玉霊が、無表情ながらも、口を開いた。


「沙原、今度私に普通の寄り道を教えてよ」


「……え?」


寄り道を教える?


「……一緒に、普通の寄り道をしよ?」


無表情。


しかし、その瞳の奥は揺らいでいた


「……あ、ああ」


僕は思わず頷く


普通の寄り道……


「……約束だからね」


その一言を残し、真玉霊は玄関から去っていく。


……普通の寄り道って、改めて考えると何なんだろうか?










末吉荘。


そこは不思議な場所。


常識がない場所。


変人達の巣窟。


そして……




暖かい場所。

本編で青天目さんは沙原の事を「沙原さん」と呼んでいますが、1ヶ所だけ「沙原くん」と呼んでいる所があります。


暇な人は探してみよう。


あ、決して作者の文字の打ち間違いのミスで、修正が面倒臭いとかそんなんじゃなくて……(汗)

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