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婚約破棄を宣言した気弱な王子の純愛

作者: さとう野菊
掲載日:2026/08/14

王宮で開かれた舞踏会、ハルト第二王子は婚約者であるクレア侯爵令嬢に宣言した。


「ぼっ僕は愛する人が出来た。君は僕がいなくたって平気だろ!君との婚約は破棄させてもらう!」


ハルト王子に寄り添うティア伯爵令嬢。場内が騒めく。


「婚約破棄は致しません。」


クレア侯爵令嬢は落ち着いた声でハッキリと言った。そして2人を一瞥し凛とした姿で舞踏会場を去っていった。


***


クレアは舞踏会帰りの馬車の中、自分の金色の髪を指に絡ませて濃いブルーの瞳で遠くを見た。


「まったく、気弱の癖に何を考えているのかしら。」


クレアはため息をついた。ハルト王子の側にいたのはネルソン伯爵の娘ティアだった。婚約破棄は家同士も絡んでくる、簡単な話ではない。しかも舞踏会という大勢の人がいる前であの気弱な王子が宣言するとは。どういうつもりだったのか。


ハルト王子は癖毛の銀色の髪にアイスブルーの瞳。そしてクレアと同じ17歳、幼馴染だ。2人は幼い頃から婚約する相手だと教えられていた。王子は草花が好きで草の上を転げまわりよく笑った。手先が器用でよくクレアの好きなフィラの花冠を編んでくれた。庭園でスヤスヤと昼寝する姿は天使のようだった。あまりにも可愛いらしくて、クレアはちょっとイタズラした事もあった。


婚約が正式に決まった後、2人はそれぞれ本格的な教育が始まった。クレアは勉強にマナーに剣術も学んだ。逆にハルト王子はよくサボり、飼っている白鳩と庭園で遊んでいた。


クレアは時々ハルト王子の庭園に顔を出した。王子は王宮に自分の庭園を持ち、自分の好きな花々を育て、白鳩を育てていた。白鳩は賢く、王子の部屋と庭園を行き来できた。ふたりは庭園のガゼボでお茶を飲み、庭園に来る小鳥や花の名前をクレアは教わった。その時王子に貰った鳥草花名前図鑑は宝物だった。クレアにとって、気弱で頼りないが土いじりが好きな優しい王子様だった。


16歳の社交会デビューの日、ハルト王子がクレアをエスコートした。王子は少し大人びてきたが、ダンスでクレアの足を踏み、更に勉強不足から些細なマナー違反をし、会場で心無い陰口を囁かれた。そしてその後、クレアと会うのを避けるようになった。


そして17歳、舞踏会であの婚約破棄宣言。少し前から噂と予兆があったが、クレアは頭を抱えた。


***


ハルト王子は自分の庭園で休んでいた。そして舞踏会の事を思い出して気が滅入っていたので土いじりを始めた。上着をベンチへ置き、手には長い手袋をはめ長靴を履いた。飼っている白い鳩がポーポーと鳴く。すると淡い栗毛が可愛いらしいティアが入ってきた。


「ここにいらしたのですね。素敵な庭園ですものね。ここは本当に色々なお花が素敵だわぁ。」


ハルト王子はティアとこの庭園で出会った。ティアは王子の庭園を大袈裟なぐらい褒めた。そしてベタベタと頼った。それらは新鮮で王子は喜んだ。


「舞踏会ではうまくいかなかったね。クレアはすぐ婚約解消してくれると思ったんだけど。」


「私、こんな事では負けません!私達の愛は誰にも邪魔させませんわ。」


「そうだね…。ところで今の見頃はこの小さなポポ草だ。この可憐な白が美しい、花びらが細いのが特徴だ。」


「まぁポポ草と言うのね。本当に可憐で美しいわぁ。私大好きです!」


「君に名前を教えてあげるのは楽しい。クレアなんて僕より詳しく知っていてつまらないんだ。」


ハルト王子はポポ草を摘んで帰りに渡した。


***


ティアはハルト王子の庭園を出ると、貰った花を侍女に渡した。そして手を軽く払いながら帰りの馬車へ向かった。


ティアはクレアを思い浮かべた。王宮でいつも目立っているクレアが嫌いだった。幼い頃からハルト王子の婚約者だから、ちょっと綺麗だからと皆の羨望の目を向けられいて本当に面白くなかった。


「私の方が可愛いのに。」


でも今、ハルト王子は自分に夢中だ。王子はちょっと変わり者だがあの位は我慢できる。クレアが舞踏会で婚約破棄だと言われた姿は滑稽だった。これから目立つの私だ。ティアはご機嫌で馬車に乗った。


***


舞踏会から数日後、ハルト王子の軽率な発言について国王からクレアに謝罪の言葉が伝えられた。そして、クレアの意向を問われたので、今は婚約破棄を受け入れられないとこたえた。家同士の話しでもあるが、本人達の意向も汲み取ってくれるのだろう。


クレアはスラックスを履き剣を腰につけた。イライラを発散する為、剣舞場に行くと王宮騎士団のヴァンに会った。


ヴァンは二つ年上で黒髪の短髪、切れ長の黒目に長身だ。数年前、クレアが剣舞場に通うようになって知り合った。


ヴァンは自分達の練習の合間にクレアと手合わせし、他の団員に声をかけ侍女にも護身術を教えた。休憩に入りヴァンが言った。


「クレア嬢、腕を上げたな。剣に殺意を感じるよ。ハルト王子の事でも考えていたのか?」


「噂は届いているのね。全く、やってくれたわよ。刺してやりたいわ!」


「はははは!あの気弱な王子様がな。お相手はそんなに素晴らしい女性なのか?」


「ハルト王子にしたらそうなのでしょう。私には分からないわ。」


「俺はクレア嬢より素晴らしい女性は知らない。」


「まだ気弱な王子と婚約中です。貴方、さらりと口説くのね。感心するわ。今日はお手合わせありがとう。」


クレアの颯爽と去る後ろ姿を眺めつつ、ヴァンは「誰にでも言ってる訳じゃないぞー」と声をかけた。


***


王宮で王太子妃主催の大規模なお茶会が開かれた。クレアは舞踏会の件で気が重かったが、王太子妃主催となれば断る訳にはいかなかった。


今回の王太子妃のお茶会には、分け隔てなく多くの令嬢が呼ばれた。その中にはティアもいた。ティアは可愛らしく派手なドレスで参加していた。そして近くの令嬢にクレアの噂話をした。


噂話はクレアにも聞こえきた。なんでもハルト王子がクレアの事を「窮屈で堅物の女性」とか「可愛げがなく冷たい」とか言っているらしい。クスクスと笑い声がする。


お茶会が終わり皆が帰り支度をしている最中、クレアにティアが近づいてきた。


「舞踏会ぶりですわね。あれから考えは変わったかしら?婚約でハルト王子を縛るのはもうおやめになったら?」


「婚約の件は本人達だけては決められません。派手な演出などせず、慎重にお考えになってはいかが?」


「彼がいった通りだわ。お堅いのねぇ。でも気持ちが重要でしょう。彼は私に沢山のプレゼントをくれて愛を囁いてくれているわ。」


ティアはそうして胸元のネックレスをチラつかせた。一瞬、クレアの表情が曇った。


「それは良かったですわね。失礼します。」


ティアのネックレスはハルト王子に無理矢理ねだって買ってもらった物だった。でもクレアの悲しげな表情に確信した。


「あら、ハルト王子の事がまだ好きなのね。」


ティアはクスクスと笑いながら気分良く去っていった。


***


お茶会から数日後、クレアはやっとハルト王子を捕まえた。そして王子の庭園で会った。ガゼボの中、向かい合った2人。王子はソワソワと手を揉んでいた。


「ハルト、いくつか聞きたい事があるの。貴方がティア嬢を愛しているのは本当?」


「なんだよ、尋問みたい。好きになったんだ。本当だよ。」


「私の事は愛してなかったの?」


ハルト王子はハッと顔を上げた。真っ直ぐに見つめるクレアと目が合い逸らした。


「ぼ、僕は。勉強も出来ない、マナーだって不勉強。土いじりばっかりで皆から笑われている。」


クレアは静かに聞いていた。ハルト王子は姿勢を正して真っ直ぐに見つめ返した。


「君は大変な努力家で勉学もマナーも剣術まで素晴らしい。そして。…美しい。」


ハルト王子の手が震え両手を前で組んだ。そうして自分の気持ちを話した。


「社交界デビューで君に恥をかかせて気付いたんだ。ぼ、僕は君に相応しくない。君にはもっと素晴らしい人がいるって。」


クレアは持ってきた本をテーブルに叩きつけ立ち上がった。


「私を愛しているかと聞いたのよ。どうして、逃げるような事を言うの?私の気持ちは聞かないの?」


ハルト王子は応えず、沈黙が流れた。白い鳩がポーポーと鳴いた。クレアの瞳は涙が溢れそうになっていた。


「この本は私の想いよ…返すわ。今後、婚約解消に向けて父に話します。」


***


ハルト王子はクレアが置いていった鳥草花名前図鑑を見つめていた。図鑑は随分と読み込まれていて角は欠けていた。


「なるほど……どおりで草花の名前に詳しかった筈だ…。あげたのは僕か。」


足音が近付いてきてティアが顔を出した。


「ハルト殿下!ここにいらしたのね。今日もお花も沢山咲いたわね。お花は可愛いくて大好き!」


いつものように花を褒めてガゼボの椅子に座った。


「そういえば先日のお茶会にクレア嬢が来てたわよ。早く婚約解消してくれないかしら。私、殿下から貰ったこのネックレスを自慢しちゃった!ふふ。」


ハルト王子は思った。自分がクレアにプレゼントしたのは鳥草花名前図鑑と花だけだ。クレアはそれ以上は何も欲しがらなかった。ティアのネックレスはねだられてお金だけ出した物だけど、それを見たクレアはどう思っただろう。先程見せたクレアの涙目が胸を苦しくする。自分との婚約破棄くらいでは動じないと思っていたのに。あの、舞踏会の時だって。もしかしたら。


「あの白い花、可愛らしい!」


先日あげたポポ草を見てティアが大袈裟に言う。ふとハルト王子は疑問に思った。


「あの花の名前、覚えてる?」


「え、えっと、うーん。何だったかしら?あ、あっちの花も可愛い!ピンクも大好き。」


「…君、本当に花が好きなの?」


ハルト王子はやっと真実が見えた気がした。


***


次の日、クレアはスラックスを履き腰に剣をぶら下げ演舞場へ向かっていた。ハルト王子の事は忘れると決めた。剣の稽古で精神統一したかった。暫く1人で剣を振り汗をかいた後、侍女とベンチで休んでいるとヴァンが通りかかった。


「クレア嬢、稽古は終わったのか?」


「少し休んで帰るところ。剣をブンブン回してたらだいぶ気分が良いわ。あはは。」


「無理して笑ってる?」


「…無理してる。」


「原因はハルト王子かな。もう、さっさと振ってしまえ。君なら婚約相手など引くて数多だろ?勿論、俺も候補に手を上げる。」


「貴方が婚約者になれば、剣の稽古は必要なくなるわね。守る必要がないもの。」


「まさか、君はハルト王子の為に剣術を?」


「彼は草花の愛でる、剣なんて持てない気弱な王子様

なのよ。私が守らなきゃって思ってた。思ってたんだけどね……。」


その時、パタパタと白鳩が飛んで行った。ハルト王子の鳩だった。


***


ティアは焦っていた。昨日、ガゼボでハルト王子が本当に花が好きかと聞いた後、暗い顔で今日はもう帰って欲しいと言われたからだ。ティアは本当は草花にはあまり興味がない。花は可愛いと思うがそれだけだ。ハルト王子が土いじりをしている姿は好きではない。


ティアはちょっと強引だけど、2人の仲を進展させなければと思った。婚約まであと少しなのだ、周囲も認めざるを得ない状況を作ることにした。そうしてハルト王子の部屋に向かった。


ハルト王子の侍従を騙して部屋から遠ざけた。ハルト王子は何も知らず、ティアの突然の訪問に驚いた。ティアは部屋に入るとすぐにドアを閉め、ズカズカと部屋に入り込んだ。


「急にどうしたんだ?…君の侍女は?」


「部屋の外にいるわ。昨日、殿下のご気分を悪くさせてしまったようなので、お詫びのお菓子を持ってきたの。」


「でも、部屋に2人きりは良くないよ。それくらい僕でもわかる。」


ハルト王子はティアを入り口へ促した。しかし、ドアが開かない。外にいる筈の侍従の返事も聞こえない。


「あれ、おかしいな。」


すると、ティアがハルトの顔に向けてシュッと何かを吹きかけた。


「う、何。」


「驚かしてごめんなさい。昨日、疲れた様子だったので、ゆっくり休める香水です。」


ハルト王子は急な眠気に襲われた。


「ベッドで休みましょう。私が側で見守ってます。」


クレアの腕を振り払うと、ハルトは部屋にある鳥籠のひとつにぶつかり倒した。すると鳥籠が開き白鳩が上の窓から出て行った。そして床に崩れそうになると腕を引かれベッドに倒され、もう一度香水をかけらた。


「大丈夫です。ゆっくり休んで下さい。」


ハルトが意識を失う前、ティアに口付けられた。初めてのキスだった。


ティアはハルト王子が眠った事を確認するとまずは靴を脱がして、倒れた鳥籠を元に戻した。


「あとは、ハルト王子の侍従が戻ってきたところで、一緒にベッドにいればいいかしら。」


ハルト王子の侍従が戻って来たら、部屋の外に居るティアの侍女が教えてくれる手筈になっている。結婚前の男女がベッドで一緒だった事を王子には責任をとってもらうし、クレアも諦めるだろうと考えた。

少しするとバタバタと足音が聞こえてきた。外で声が聞こえ、ドアが勢いよく開いた。


スラックス姿のクレアが剣を持って部屋に入ってきた。そしてベッドに倒れているハルト王子を見て毛を逆立てティアを睨みつけた。


「ハルト王子に何をした!!」


言うと同時にティアの胸ぐらをつかみ、剣を構えた。部屋にティアの悲鳴が響いた。


クレアについてきたヴァンが、香水の残り香に気づいた。


「睡眠作用のある香水だな。眠ってるんだろう。」


ティアは声が出なくなってうんうんと頷いた。クレアはティアをベッドから落とし、ハルトを見た。スヤスヤと眠っていた。力が抜けた。


ヴァンは連れてきた団員にティアとその侍従を連行させた。戻ってきたハルトの侍従に話しを聞き、念の為、医師も手配した。そしてベッドに寄り添うクレアを見てため息をつき、クレアの侍女とハルトの侍従に後は頼むと部屋を出た。


***


ハルト王子が目を覚ますとベッド脇にクレアがいた。びっくりして起き上がると軽く眩暈がした。


「睡眠作用のある香水を使われたんだって。身体には害は無いってお医者さんが言ってた。目が覚めて良かった。…じゃあ、私は帰るわ。」


クレアが立ちあがろうとすると、ハルト王子が手を掴んだ。


「もしかして、助けに来てくれた?僕の鳩に気づいてくれたの?」


「ハルトの白鳩の足に赤いリボンがついていたわ。助けての合図だったわよね。」


ハルト王子が頷いてポロポロと涙を流した。王子は香水をかけられた際、部屋にいる足に赤いリボンをつけた白鳩をわざと逃したのだ。


「クレア、ごめん。僕は自分の事だけしか考えてなかった。皆に笑われるような自分が情けなくて、僕が君を諦めれば、それで良いって逃げていた。君の気持ちを考えてなかった。も、もう遅いかもしれないけど、本当に愛してるのはクレアだけだよ。」


クレアはベッドに座り直し、両手でハルト王子の手を取った。


「本当に気付のが遅くて呆れるわ。でも私もハルトの助けての合図で心臓が止まりそうになった。…婚約を諦めかけていたけど、やっぱり本心は愛してる。私が勉強もマナーも剣術も努力したのは全てハルトの為。この努力は貴方への愛なのよ?」


クレアはベッドに身を乗り出してハルト王子を抱きしめた。そしてハンカチで涙を優しく拭いてあげた。


「また、フィラの花冠を作ってね。」


ハルト王子は嬉しそうに頷いた。


少し間をおいてふたりの顔が自然に近づいた。唇が触れる直前、ハルト王子が急に自分の口を押さえた。


「僕、さっきティアにファーストキスを奪われたんだった!」


青ざめるハルト王子にクレアが笑った。


「ハルトのファーストキスはもう私が奪ってるわ。子供の頃、昼寝している貴方にキスをしたもの。」


「えぇーーーー!?」


クレアは驚くハルトの頬にキスをした。




END

4作目の短編になります。

読んで下さった方、ありがとうございます!もし良ければ評価を下さると嬉しいです。

誤字報告ありがとうございます!勉強になります。

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