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8 残響する力

 林と守屋の遺体を残し、蓮と白河は沈黙の中で歩いていた。森の空気はもはや酸素ではなく、誰かの殺意で満たされているかのように重い。


「佐藤くん……前歩こうか?」


 白河が気遣わしげに声をかける。彼女の【再生の聖域】は蓮を守ってこそ真価を発揮する。だが、蓮は首を横に振った。


「いや、俺が前だ。嫌な予感がするんだ……なにかが……ずっと傍にいるような?」


 蓮の【模倣者の目】が周囲を激しく走査する。しかしなにも映らない。熱源も魔力の揺らぎも動く影すらない。


(おかしい……気配はあるのに認識できない)


 刹那、蓮の視界が僅かに歪んだ。脳が「そこにはなにもいない」と判断している場所に――一瞬だけ現実との乖離が生じる。


「白河、伏せろっ!」


 蓮が叫ぶのと同時に――なにもない空間から一振りのナイフが突き出された。狙いは蓮の喉。しかし間一髪で首を捻ったため、刃は蓮の左肩を深く切り裂くに留まった。


「ほう……今のを避けるか? 佐藤くん、君は意外と鼻が利くんだね」


 声はすぐ耳元で聞こえた。しかし視線を向けてもそこには木々があるだけだ。岡田誠治の【死角への一撃】は単なる透明化ではない。意識の隙間に潜り込む能力なのである。つまり見えているはずなのに脳がそれを情報として処理することを拒むのだ。


「岡田……お前か! なんでこんなことを!」 「なんでって……ルールだからだよ。最後の一人になればなんでも願いが叶う。それなら早く終わらせた方が皆のためだと思わないかい?」


 再び虚空から刃が走る。蓮は一ノ瀬から模倣した【不可視の刃】で応戦しようとするが、相手の姿が見えなければ斬撃を当てることはできない。


「うっ……ああっ!」


 二度、三度、蓮の身体に赤い線が増えていく。白河が結界を張って守ろうとしてくれているが、岡田はすでに結界の内側に潜り込んでいるらしく防ぐことができない。


(見えない……捉えられない!)


 出血による眩暈。そして度重なる模倣の代償。蓮の脳裏でまた一つ大切な記憶が弾け飛ぶ。


(部活の……夏の大会の……あいつの顔が……思い出せない!)


「あ、ああああああああああっ!」


 絶望と怒りが蓮の瞳の中で混ざり合う。その時、蓮の左目が異様な熱を帯び真っ赤な血が涙のように溢れ出した。


 能力進化――【模倣者の目】から【冥府の写し鏡】となる。


 蓮の視界が一瞬でモノクロームの世界に塗り替えられた。そこには生きている岡田の姿は依然として映らない。その代わり別のものが見え始めた。


 地面に転がる林の死体から立ち昇る獣のような荒々しい覇気――喉を突かれて死んだ守屋の無念に震える盾の残像。


(死んだ奴らの能力が……まだそこに残っているのか?)


 蓮は無意識に足元に漂う守屋の盾の残滓に手を伸ばした。通常、模倣は生きている相手からしか行えない。しかも能力を実際に目視しなければならないという制約もある。だが進化した蓮の力は――この場所に刻まれた能力の記憶を直接引き擦り出した。


「そこだっ!」


 岡田がとどめを刺そうとナイフを振り下ろした瞬間、蓮の周囲に強固な【鋼鉄の盾】が出現した。すでに持ち主が死んでいる守屋の能力を蓮の意思で具現化する。


 ギィィィィィン!


「なっ? なぜ守屋の能力が!」


 初めて岡田の声に動揺が混じる。盾に弾かれた岡田の認識阻害が一瞬だけ解けた。


「見えたぞ、岡田!」


 蓮は間髪入れず今度は林の【獣化】の残滓を自身に憑依させた。筋肉が爆発的に膨張し、蓮の身体能力が跳ね上がる。


「おおおおおおおおおおっ!」


 獣の如き速さで踏み込み、蓮は岡田の腹部に強烈な一撃を叩き込んだ。


「ごふっ……がはっ!」


 木の幹まで吹き飛び、血を吐きながら蹲る。


「……信じられない……死んだ人間の能力を……使うなんてな」


 岡田は再び姿を消そうとするが今の蓮には通じない。蓮の瞳には岡田が踏み締める土や折った枝から立ち昇る死の予兆がはっきりと見えていた。


「追うか、佐藤くん?」


 背後から凛とした声がする。いつの間にか一ノ瀬凛がその場に立ち寄っていた。彼女は逃走しようとする岡田を一瞥し、それから血の涙を流す蓮の瞳を見据えた。


「その瞳……いよいよ人間をやめる気なのね」


 一ノ瀬の声には嫌悪でなく、深い悲しみのような響きがあった。岡田はふらつきながらも森の奥へと逃げ去っていく。蓮は【獣化】の反動でその場に膝を突き激しく喘いだ。


「佐藤くん、 大丈夫? その瞳……血が止まらないよ!」


 白河が必死に回復の光を当てる。主たる能力が防御結界生成のため、微妙に上がる回復力程度ではどうにもならない。蓮は痛みに耐えながら自身の手を見つめた。死者の能力を使う――それは死者の無念や苦痛といった記憶を引き受けることと同義だった。


(俺は……誰だ?)


 中学の部活の記憶が完全に消えた。代わりに殺された守屋が愛していた飼い犬の名前や、林が最後に食べたパンの味が、自身の記憶であるかのように脳内に定着している。


 佐藤蓮の能力は死者の魂を喰らう魔鏡へと変貌を遂げた。それは生存への希望か、それとも破滅への加速装置か?


【生存人数:38名】

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