6 狂犬の牙、理の壁
紅蓮の森の北端、古びた石造りの監視塔。
高木佑太はそこを一時的な拠点としていた。傍らには重戦車の如き体躯の岩田と周囲を警戒中の千葉がいる。
「高木、本当に阿久津の奴らが来るのかよ?」
岩田が両手の太い指を鳴らしながら尋ねる。
「確率は94%だ。阿久津にとって僕のような計算で動く人間は、恐怖による支配を脅かす最も不愉快な存在だからね。田中を消してクラスに恐怖を植え付けた今、次に行うのは間違いなく不穏分子の排除だ」
高木が手元のデバイス(この世界の記録媒体をハックしたもの)に目を落とした瞬間、監視塔の入り口が凄まじい轟音とともに吹き飛んだ。
「随分と探したんだぜ? 高木」
土煙の中から現れたのは阿久津の配下の中でも特に好戦的な二人組――小林健太と斉藤竜次だった。ツンツンと逆立てた明るい茶髪が特徴的な小林の能力は【爆破】――触れたものを爆弾に変える。耳には小ぶりのピアスを開けており、制服のシャツを大きくはだけさせた、クラスでも少し目立つ遊び人風の生徒だ。
「阿久津さんからの伝言だ。知恵の回る頭は胴体と切り離しておいた方が扱いやすいってよ!」
「恨みはないけど消えてもらう」
対照的に黒髪を短く整え理知的な顔立ちの斉藤の能力は【磁力】――金属を自在に操る。長身も相俟って佇まいには鉄のような硬質で冷ややかな威圧感がある。
斉藤が手をかざすと塔の壁に埋め込まれていた鉄筋が引き抜かれて鋭い矢となって高木たちに襲いかかる。
「岩田!」
高木の短く鋭い指示。
「おおおおおおおおおおっ!」
岩田が【剛力】を全開にし、鉄筋を素手で掴み強引に捩じ切った。だが、そこへ小林が肉薄する。二人の連携に隙はなかった。
「隙だらけだぜ、デカブツ!」
小林が岩田の脚に触れようとした時、地面から突き出した氷の壁が二人を隔てた。千葉の【氷結】だ。こちらの連携も負けてはいない。
「邪魔よ」
「ちっ、氷使いね。まとめて吹き飛ばしてやる」
小林の手が氷の壁に触れた瞬間――大爆発が起きた。衝撃波で塔が激しく揺れる。対人戦の凄まじさは魔物相手とは違う。意思を持って殺しに来るという圧迫感は半端じゃない。
「千葉さん、左30度、床を凍らせるんだ! 岩田、斉藤の足元へ鉄筋を投げ返せ!」
煙の中から高木の冷静な声が響く。彼は【因果の天秤】を発動させ、乱戦の中に勝利への糸口を見出していた。
「あ? そんなもん当たるかよ!」
斉藤が磁力で投げられた鉄筋を逸らそうとする。だが次の瞬間、足元が千葉の氷で極限まで滑りやすくなっていた。体勢を崩した斉藤の磁力が一瞬乱れる。
「今だ」
高木の指示と同時に岩田が岩のような拳を小林の顔面に叩き込んだ。
「ぶはっ!」
鼻骨が砕ける嫌な音が響き小林は壁まで吹き飛ぶ。
「小林! くそっ、この野郎ども!」
斉藤が叫び塔全体の金属を集めて巨大な弾丸を作ろうとする。しかし高木はすでに彼の目の前に立っていた。手には先ほど拾い上げた小さな石礫がある。
「斉藤くん。君の磁力は強力だが発動の瞬間に指先を特定の形にする癖がある。そして今の心拍数から計算すると次の磁場形成まであと1.5秒足りない」
高木は無造作に石を投げた。それは斉藤の喉仏を正確に直撃し、呼吸を一時的に停止させる。苦悶する斉藤の胸倉を岩田が掴み上げた。
「殺すか……高木?」
岩田の低い声に塔の中が凍りつく。
「いや、生かしておこう。彼らには阿久津への手土産になってもらう。右腕がこれほど無様に負けたという事実は、あの傲慢な男にとってどんな毒薬よりも効くはずだ」
高木は地面に転がる小林の腕輪からポイントを吸い出しながら窓の外の紅い月を見上げた。
「佐藤くん、君は誰も殺さないという茨の道を選んだ。僕は効率的に敵を排除する道を行く。どちらが正解か……いずれはっきりさせようじゃないか?」
まだ生徒同士の戦闘による直接の死は出ていない。しかしこの夜を境にクラスメイトたちはお互いを同じ教室にいた友人ではなく、殺すべき標的あるいは利用すべき資源として見定め始めた。
【生存人数:40名】




