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5 逃れられぬ選別

「そんなっ!」


 白河舞の悲鳴に近い声で蓮は目を覚ました。手首の腕輪が不気味に赤く明滅し、早朝の森にホログラムのリストを投影している。


【最初の選別まで:残り1時間】

【現在の下位5名】


 41位:田中太郎

 40位:鈴木花

 39位:渡辺直人

 38位:白河舞

 37位:小野寺隼人


 蓮は腕輪を確認する。


 22位:佐藤蓮


 昨日の魔物討伐と一ノ瀬の能力を模倣した際のポイントにより蓮は安全圏にいた。しかしまともに戦う手段を持たず、ひたすら隠れることを選んだ白河は、処刑の瀬戸際に立たされている。


「あー、聞こえるか? 生存者諸君」


 森の中から阿久津の声が響く。誰かの能力を利用しているのか、この世界の物理的な方法なのか判断はつかない。


「もうすぐタイムアップだ。今の最下位は田中。あいつが臆病で誰も殺せないなら――あいつが死ぬだけだ。しかし誰かが死ねば今日の処刑は行われない。しかもそれが田中によるものならあいつの順位は上げる。下位の連中は気が気じゃないんじゃないのか? 順位が入れ替われば明日は我が身だ。特に委員長なんて順位を巻き返せる性格じゃないだろう?」


 阿久津は蓮の隠れ場所を知っているかのように語りかける。


「佐藤、白河を助けたいんだろ? だったら今すぐ、近場にいる田中のところへ行け。あいつは工藤の能力で記憶を消され、自分が誰かもわからず広場で突っ立ってる。指一本で殺せるぜ」


「卑怯な真似を」


 蓮は白河の手を引き広場へと走った。阿久津の狙いは蓮に「仲間を救うために手を汚した」という十字架を背負わせることだ。


 広場に到着すると、そこには阿久津の取り巻きに囲まれ、呆然と立つ田中太郎がいた。


「田中くん!」


 白河が駆け寄るが阿久津の配下たちがそれを阻む。


「委員長、タイムリミットまで残り10分だ。田中が死ぬか、お前が死ぬか、佐藤に選ばせてやろうと思ってな」


 阿久津にとって佐藤蓮という男は元の世界にいた時から鼻につく存在だった。


 派手な取り巻きを連れて常に教室の中心にいた阿久津に対し、蓮はいつも窓際で本を読んでいるか寝たふりをしていた。阿久津が誰かをパシリにしても、どれほど騒いでも、蓮だけは一度も怯えも羨望も向けなかった。


 阿久津にとって恐怖も賞賛も示さない人間は、自分の存在を否定しているのと同じだった。


「あの時から――その死んだ魚のような目が気に入らねえんだよ」


 さらにこの世界に来てから蓮が手に入れた能力【模倣者の目】が阿久津の神経を逆撫でした。生まれ持ったカリスマ【絶対隷属】で他人を支配しているという自負があるのに、蓮は他人の努力や天賦の才を盗んで自身のものにする。


「持たざる者が持てる者の真似事をして英雄気取りか? 反吐が出るぜ」


 阿久津にとって蓮を絶望させ、その澄ました顔を恐怖で歪ませることは、デスゲームを制覇すること以上に執着すべき娯楽となっていた。


「工藤、残り5分になったら置かれている状況を詰め込んだ上で田中を起こしてやれ。どんな雑魚でも死に物狂いの奴は手強いぞ、佐藤?」


 蓮は【模倣者の目】を限界まで見開いた。田中を救う方法はないか? 阿久津を叩きのめす方法はないか? しかし周囲には武闘派の生徒たちが数名、しかも武器を構えて待ち構えている。今の蓮が突っ込めば田中も白河もまとめて殺されるだろう。


 残り、5分。


 自我を取り戻した田中は即座に能力【存在感消失】を行使した。単なる透明化ではなく、息を止めている間、世界から存在が消える。しかし明確な弱点もあった。武器を持たない一介の高校生が一撃で人間を殺すのは不可能だ。


「佐藤くん……私……大丈夫だから。田中くんを殺すなんて……そんなこと……しちゃ駄目……だよ」


 白河は泣きながら蓮を止める。彼女の【再生の聖域】が淡く輝くが、それは命を奪うことへの拒絶の光だった。蓮は臨戦態勢を崩さなかったが、本気で攻撃する気は毛頭なかった。


 残り、1分。


「阿久津……俺は殺さないぞ」


 蓮は一ノ瀬から模倣した【不可視の刃】を改めて構えた。


「田中のことも、白河のことも、そしてほかの誰のこともだ!」


 蓮は誰でもなく広場に立つ管理者のシンボルである石柱を切り裂いた。せめてもの抵抗。システムの異変を期待した一撃。だが、その願いは虚しく霧散した。


【タイムアップ。選別を開始します】


 アービターの冷酷な声が空から降り注ぐ。


「誰も殺し合いを選ばなかったか……ではルール通り最も価値の低い個体を排除する」

「やめて!」


 白河が叫び前方へ手を伸ばした。

 次の瞬間――姿を現した田中の足元に禍々しい漆黒の泥のような渦が出現する。


「え……あ……え?」


 状況を把握しているはずの田中だったが、その瞬間だけ本能的な恐怖に顔を歪めた。逃げようとした彼の脚が泥に吸い込まれたかと思った瞬間――


 パチン!


 まるで電球が割れるような軽い音とともに、田中の身体が足元から頭頂部に向かって消失していった。血も流れない。肉も残らない。そこに彼という人間が存在していたという事実ごと世界から消し去られた。


【田中太郎:41位、除名完了】

【生存人数:40名】


「あ……ああ……あああ!」


 白河がその場に崩れ落ちた。順位による処刑から逃れた事実――そのためにクラスメイト一人の命が虫ケラのように消されたという現実。


 阿久津は満足げに鼻を鳴らす。


「見たか? これがこの世界だ。逃げ回るだけじゃ、いつかああやって消される。生き残りたきゃ奪うしかない。佐藤、お前もいつまでその綺麗事が持つか楽しみにしてるぜ」


 阿久津たちは去っていった。蓮は田中がいた場所の石畳を見つめる。そこには彼が持っていたはずの腕輪だけが、持ち主を失って虚しく転がっていた。


「ねえ……佐藤くん……私、生きてていいのかな?」


 白河の問いに蓮は答えることができなかった。同様に戦慄していたのである。今日、安全圏にいたのは単なる偶然に過ぎない。魔物を殺してレベルを上げ他者を蹴落とさなければ、次は自分自身があの泥に飲み込まれるのだ。


(逃げるだけじゃ……駄目なんだな)


 蓮は田中の形見となった腕輪を拾い上げ強く握り締めた。大切な記憶がまた一つ――中学の卒業式の思い出が煙のように消えていく感覚があった。


【生存人数:40名】

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