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4 鏡の心、孤独の刃

 紅蓮の森の奥深く絡み合う巨木の根が作り出した天然の洞窟。蓮と白河はそこを今夜の休息地と決めた。入り口を枯れ葉や枝で巧みに隠し、外から見えないように細心の注意を払う。


「なあ……少しは落ち着いたか?」


 蓮が声をかけると白河は膝を抱えたまま小さく頷いた。


「うん。ありがとう、佐藤くん。私……委員長なんてやってるけど本当はすごく怖がりなの。みんなの前ではしっかりしなきゃって――そればっかり考えてる」


 二人は暗闇の中で小さな声で話し始めた。元の世界でのなんてことのない日常。放課後の図書室の匂い、駅前のハンバーガーショップの味、迫っていた期末テストへの憂鬱。しかしその話題が出る度に蓮の胸には冷たい風が吹き抜ける。


「あのさ……さっき高木が言ってたこと本当かもしれない」

「え?」

「母親の顔が霧がかかったみたいに思い出せないんだよ。名前も声もわかるのに肝心の表情が……わからない」


 蓮は震える手で腕輪をなぞった。


「能力を使えば記憶が消える……皮肉だよな。生き残るために力を使えば使うほど、なんのために元の世界へ帰りたいのか、その理由が次々と消えていくなんてさ」


「私は……どうだろう」


 白河が俯き消え入るような声で続けた。


「私は――お父さんとお母さんが喧嘩してた日のことを思い出しちゃった。仲直りしてほしくて、一生懸命いい子にしてた。でもさっきその光景を思い出そうとしたら、二人の顔だけが真っ白に塗り潰されてたの」


 絶望的な沈黙が流れる。だが、その沈黙の中で蓮はある違和感に気づいた。


「なあ、白河。さっき戦ってる時に思ったんだけど……この能力ってさ、俺たちの性格そのものなんじゃないか?」

「性格?」

「俺は昔から自分自身がなにをしたいのかよくわからなかった。いつも周りに合わせて誰かの真似をして波風を立てないように生きてきた。だから俺の能力は他人の力を映すだけの鏡……【模倣者の目】なんじゃないかってさ」


 白河は、はっとしたように蓮を見た。


「……そうかもしれない。私は誰かが傷つくのを見るのが怖かった。みんなが笑って平和な場所にいてほしかった。だから私の能力は誰も入れない、誰も傷つかない【再生の聖域】なんだ」


「高木はきっと、あの冷徹な計算高さがあったから【因果の天秤】を得た。阿久津は他人を支配したいという欲望が【絶対隷属】を生んだ。異世界で与えられた能力は俺たちの精神の延長線なんだよ。そしてその能力に依存すればするほど、俺たちは人間としての元の形を失って、この世界の駒に作り替えられていくのかもしれない」


 蓮の言葉に白河はそっと手を重ねた。


「もし……佐藤くんが自分自身のことを忘れそうになっても私が覚えてる。佐藤くんが私を助けてくれたことやここで話したこと。絶対、忘れないからね」

「ああ……俺もだ。俺が白河を覚えている限り君は白河舞のままだ」


 二人は冷たい洞窟の中で互いの体温だけを頼りに浅い眠りについた。




 同刻――数キロメートル離れた断崖絶壁の下で、一ノ瀬凛は返り血を浴びて立ち尽くしていた。足元には数頭の鋼鉄の餓狼が物言わぬ肉塊となって転がっている。


『レベルアップ完了。現在のレベル:7』


 無機質な通知が腕輪から響く。一ノ瀬は荒い息を吐きながら刃の形をした空気の歪みを消した。頬には浅い切り傷が一つ。しかし痛みを感じる様子もなく、ただ冷ややかに闇を見つめていた。


(馴れ合えば……死ぬ)


 彼女の脳裏にはかつての記憶がフラッシュバックする。剣道一家に生まれ常に勝つことだけを求められてきた日々。期待に応えようと周囲に心を開こうとした時期もあった。だが頂点に近づくほど仲間の目は羨望から嫉妬へ――そして拒絶へと変わっていった。


「一ノ瀬さんは特別だから」

「私たちとは違うから」

「団体戦、辞退してもいいかな? 先輩だからって理由で私が出場するのはおかしいよ」

「一ノ瀬さんは個人戦に集中したほうがいいんじゃない? きっと優勝できるよ」


 数々の言葉が目に見えない壁を築いた。


(期待すれば裏切られ、依存すれば弱くなる。だったら――最初から一人がいい)


 凜の能力【不可視の刃】――それは他者を寄せ付けない心の壁そのものだった。触れようとする者を切り裂き、近づこうとする者を拒絶する、透明で鋭利な孤独の象徴。凜はその能力を振るう度に誰かと笑い合いたいという微かな願望が砂のように零れ落ちていくのを感じていた。


 凜は倒した魔物の死骸からドロップした小さな水カプセルを拾い上げ一気に飲み干す。味などしない。ただ喉を焼くような虚無感だけが残る。


「佐藤……蓮」


 ふと昼間に自分を真っ直ぐに見た少年の瞳を思い出す。自分の苦痛を肩代わりするかのように顔を歪めて力を模倣したあの少年。不意に「ありがとう」と言った彼の声が、彼女の凍てついた心に小さな波紋を立てた。


 だが、彼女はその感情を即座に斬り捨てた。


「無意味よ……最後には一人しか残らないのだから」


 一ノ瀬凛は再び歪な空気の刃を構え、さらなる獲物を求めて暗い森の奥へと消えていった。 彼女の背中はどの生徒よりも強く、そしてどの生徒よりも脆く見えた。


【生存人数:41名】

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