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3 生存戦略の分岐点

 赤い森を抜けた先にあったのは、不自然に整地された石造りの広場だった。中央には枯れた噴水があり、その周辺には崩れかけた石柱が並んでいる。かつてこの世界に文明があった名残だろうか?


「まずい……誰かいる」


 蓮は白河を背後に隠し、石柱の陰に身を潜めた。噴水の縁に座っていたのは眼鏡を指先で押し上げる仕草が特徴的な高木佑太だった。その傍らには千葉詩織と巨漢の岩田剛が控えている。


「隠れなくていいよ、佐藤くん。僕の【因果の天秤】には君たちのバイタルデータが丸見えだからね」


 高木が表情を変えずに呼びかけてくる。蓮は舌打ちしながら、ゆっくりと姿を現した。


「高木か……阿久津のパシリをやってると思っていたが?」

「あんな筋肉だけの単細胞の駒になるほど僕は愚かじゃない。あいつが能力に溺れている隙に実力のある数人を連れて抜けてきたのさ」


 高木の隣にいる岩田は――コロシアムで阿久津の支配下に置かれているはずだった。だが今の彼の目は虚無ではなく、明確な意思を持って蓮を威嚇している。


「岩田の洗脳を解いたのか?」

「解いたんじゃない。上書きしたんだ。阿久津への恐怖よりも僕に従うメリットの方が大きいと理解させてね」


 高木は淡々と告げる。その合理的な冷徹さに白河が身を震わせた。


「高木くん、私たち……協力できないかな? みんなで知恵を出し合えば誰も殺さずに済む方法が見つかるかもしれない」

「そんなものはないよ、白河さん」


 高木は彼女の言葉を即座に断ち切った。


「このゲームのシステムを解析した結果――導き出される生存解は二つ。一つは管理者を倒してシステムを破壊すること。もう一つは不確定要素を排除し管理者が望む最高傑作として最後まで勝ち残ることだ」


 高木の目は蓮に向けられていた。


「佐藤くん、君の能力は模倣だよね? それは非常に拡張性が高い。僕と組まないか? 僕の知略と君の柔軟性があれば、このゲームの勝率を80%まで引き上げられる」


「断る。お前のやり方は仲間を道具としてしか見ていない」

「感情論だね。でも今は交渉している時間もなさそうだ」


 高木が視線を向けた先、広場の床が激しく震動し始めた。石畳を突き破って現れたのは全身が岩石の鎧で覆われた巨大なムカデのような魔物――【石殻の捕食者ロック・イーター】だった。


「レベル3……今の僕たちには少々荷が重いな。だが、君たちが協力するなら話は別だ。どうする?」


 高木の問いに蓮は歯を食いしばりながら臨戦態勢を取る。


「……倒すぞ。ただし終わったら別々だ」 「いいだろう。契約成立だ」

「それでどうする?」

「岩田、千葉さん、展開してくれ! 僕が解析を終えるまで、あと120秒稼いでもらう!」


 高木の鋭い指示が飛ぶと同時に巨大なムカデ型の魔物【石殻の捕食者】が咆哮を上げた。その石造りの甲殻は蓮が放つ【不可視の刃】を弾き返し火花を散らす。


「くっ、一ノ瀬の能力でもこの硬さを貫き切れないのか!」


 蓮は腕の痺れに歯を食いしばる。一ノ瀬なら一撃で両断したかもしれないが、模倣しただけの蓮の出力では、魔物の装甲に浅い傷をつけるのが精一杯だった。


「どけえっ! 押し潰すぞ!」


 巨漢の岩田が能力【剛力】によって膨れ上がった筋肉で、突進してくる魔物の頭部を真正面から受け止める。だが、魔物の怪力に押されて岩田の足元の石畳がメリメリと砕けていく。


「千葉! 早くしろ!」

「わかってるわよ!」


 千葉が両手を地面に突き出す。能力【氷結】の力が走り魔物の足元を氷の鎖が縛り上げる。しかし魔物はその冷気を嘲笑うかのように暴れ氷を次々と砕いていく。


「佐藤くん……高木くん! もう無理だよ、逃げよう!」


 背後で見ていた白河が悲鳴に近い声を上げた。


「岩田くんも千葉さんも死んじゃう! 一度引いて立て直したほうが――」


「黙ってろ、委員長」


 岩田が鼻から血を流しながら笑った。


「逃げたところで別の化け物に食われるだけだ。高木が勝てるっつってんだ。なら俺たちは死ぬ気で時間を稼ぐだけだ」

「そうよ」


 千葉も極限の集中で青ざめた顔を上げ冷たく言い放つ。


「あいつの計算は元の世界でも一度も外れたことがないわ。高木が提示する勝利の確率――私たちはそれをこの地獄で生き残る唯一の羅針盤にしてるの」


 それは蓮と白河が築こうとしている信頼とはまったく異なるものだった。

 利害が一致し計算が合うから信じる。

 極限の状況において彼らは高木佑太という頭脳に命を預けることで恐怖をねじ伏せているのだ。


「……95……98……100――解析完了だ」


 高木が静かに眼鏡をかけ直す。その瞳にはもはや魔物の姿ではなく、勝利への数式だけが映っているようだった。


「岩田、今すぐ左に三歩。千葉さん、最大出力で右の関節を凍らせろ。佐藤くん、準備はいいかい? 君の借り物の刃でも――弱点を狙えば豆腐のように切れるはずだ」


 高木が指し示したのは、魔物が激しく暴れたことで一瞬だけ露出した、節と節の間の僅かな隙間だった。


「岩田、右前脚を抑えろ! 千葉さんは10秒後に地面を凍結させて足止めを!」

「わ、わかったわ!」


 千葉が放つ冷気が魔物の足元を氷の床に変え動きを鈍らせる。その隙に岩田が剛力で魔物の巨体を強引に固定した。


「今だ、佐藤くん! 僕が視認した弱点は頭部から三番目の関節の裏側だ。勝率は――今この瞬間92%!」


 蓮は駆け出した。脳裏にあるのは一ノ瀬凛から模倣した【不可視の刃】の感覚。一ノ瀬の意識――鋭利で氷のように研ぎ澄まされた集中力。再び激しい頭痛が蓮を襲う。一ノ瀬が抱える誰にも頼れないという孤独な圧迫感が蓮の心を締め付ける。


「おおおおおっ!」


 蓮の腕から放たれた見えない斬撃が、高木の指摘した弱点を正確に貫いた。岩石の甲殻が砕け散り魔物は断末魔を上げて崩れ落ちる。


 戦いが終わると腕輪がレベルアップを告げる音を鳴らした。しかし余韻に浸る間もなく、高木は岩田と千葉を連れて出口へと歩き出した。蓮は無言のまま見送る。


「どうしても……行っちゃうの?」


 白河の問いに高木は振り返らずに答えた。


「次は僕たちが君たちを狩る側になるかもしれない。あるいはその逆か――馴れ合うのは生存確率を下げるだけだ」


 高木が立ち止まり、少しだけ声を落とした。


「佐藤くん、一つ忠告しておく。この世界の能力を使えば使うほど、君の脳内の大切な記憶が消えていくはずだ。君は母親の顔を思い出せるかい?」


 蓮の心臓が跳ねた。言われてみれば……今朝まで鮮明だったはずの出発前の食卓の風景が霧がかかったように思い出せない。


「僕はこのゲームの全容を解明するために動く。君は君のやり方で記憶を失う前に答えを見つけるといい。じゃあね、また会う機会もあるだろう」


 高木たちは暗い森の奥へと消えていった。後に残されたのは静まり返った広場と、記憶を削り取られた恐怖に震える蓮と白河だけだった。


「佐藤くん、大丈夫?」


 白河が心配そうに手を重ねる。蓮はその温もりを必死に確かめた。いつかこの手の感触さえ忘れてしまったら――考えたくもない。今は生き残ることだけを考えるんだ。


「行こう。もっと安全な場所を探さないと夜を越せない」


 蓮は自分自身に言い聞かせるように呟き歩き出した。それぞれが違う正義を抱き違う出口を目指している。41人のクラスメイトたちは広大な異世界の各所でそれぞれの地獄を歩み始めていた。


【生存人数:41名】

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