17 崩壊する理想郷
中央デパートの吹き抜け。
阿久津の玉座を囲むのは不可視の魔力障壁――工藤怜奈の能力【記憶消去】によって外部への認識を遮断された概念的な壁だ。
「無駄だ、佐藤。この壁は俺とお前の過去を断絶している。お前の【模倣】も届かなければただの空想だ」
阿久津が嘲笑い手にした杖を振り上げる。だがその時、ホールの天井が巨大なガラス細工が割れるような音を立てて砕け散った。
「計算通りだ。物事には必ず構造の歪みが存在する」
天井の裂け目から高木佑太が舞い降りる。その隣には重々しい鉄槌を肩に担いだ中村巧が不敵に笑っていた。
「よお、王様。お前の城、どこから壊してほしい?」
中村が能力【器物破損】を発動する。高木が能力【因果の天秤】で割り出した障壁の脆弱点――そこに中村の拳が触れた瞬間、難攻不落を誇った阿久津の結界が、ただの紙屑のように霧散した。
「なっ!」
「阿久津くん。君の支配は他人の忘却の上に成り立っていた。だが、物理的な破壊に忘却は通用しない」
高木の冷徹な宣告がホールの空気を凍らせる。
結界が崩れた衝撃で阿久津の横で操られていた工藤怜奈がよろめく。その視界に一階から届く柔らかな光が飛び込んできた。白河が放つ慈愛の輝きだ。
(……温かい……)
工藤の脳裏に奪っていたクラスメイトたちの日常が逆流する。放課後の図書室。誰かが零したお喋り。借りたままのシャープペンシル。白河の能力【再生の聖域】は工藤自身が消し去っていた自分自身の罪悪感さえも再生させていく。
「……もう……嫌だ……」
工藤が震える手で頭を抱える。
「消したくない。あの日のみんなをこれ以上!」
「工藤? なにを言っているんだ。消せ! 佐藤の意識を白紙にしろ!」
阿久津の怒声。しかし工藤は阿久津ではなく蓮を見つめた。
「佐藤くん……ごめんなさい。あなたの林くんとの記憶、全部は消せてなかった」
工藤がその手に残っていた最後の記憶の断片を蓮へと解き放つ。結界を破られ人形に裏切られた阿久津――その瞳に狂気が宿る。
「いいだろう。部品が役に立たないなら俺自身が機械になってやる」
阿久津はまだ天井から垂れ下がっていた数十本のケーブルを背中に無理やり突き刺した。
「吸い上げろっ! 全員の経験値を、記憶を、能力を! すべて俺の中に流し込めっ!」
おそらく【絶対隷属】の暴走だ。
阿久津の肉体が異様に膨れ上がる。腕からは炎が噴き出し、背中からは氷の翼が生え、その肌は金属質に硬化していく。クラスメイトたちの能力を無理やり一箇所に詰め込んだ醜悪なのキメラだ。
「アハハハハハッ! 見ろ、佐藤! これが神の姿だ!」
その圧倒的なプレッシャーに岩田や一ノ瀬さえも一歩後退する。だが、蓮だけは逃げなかった。
「阿久津……それは力じゃない。ただの積み木だ」
蓮の左目が鮮烈な青に染まる。工藤が返してくれた林の記憶――それが燃料となり、蓮の【模倣者の目】が臨界点を超えた。
「お前が奪ったみんなの力……全部まとめて俺が正しく写してやる」
蓮の周囲に死んでいった仲間たちの幻影が立ち昇る。そして今ここにいる仲間たちの意志だ。
「終わりだ、阿久津」
廃都の中央デパートが二つの巨大な魔力の衝突によって激しく震え始めた。




