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 修学旅行のバスの車内は湿った熱気と浮ついた騒音に満ちていた。


「ねえ、佐藤くん。また寝たふり?」


 隣に座る白河舞が呆れたような、でもどこか楽しげな声をかけてくる。佐藤蓮は窓の外を流れる単調な高速道路の景色から視線を戻さず「別に」と短く答えた。クラス委員長である白河はカースト底辺に近い自分のような人間にも平等に接する。それが彼女の美徳であり蓮にとっては少しだけ居心地の悪さを感じる部分でもあった。


 バスの後部座席ではサッカー部のエース・阿久津誠が取り巻きを連れて騒いでいる。


「おい、次のサービスエリアで誰がパシリに行くかジャンケンで決めようぜ!」


 言葉通りに受け取れば運否天賦の勝負だが、実際には誰が負けるか確定しているジャンケンだ。彼の標的はいつも決まっている。大人しくて断れない高木佑太だ。いつも引きつった笑みを浮かべながら「わ……わかったよ」と力なく参加する。


 そんなどこにでもある退屈で不平等な日常。それが終わりの始まりだった。


 トンネルに入った瞬間、視界が白に塗り潰された。耳をつんざくような高周波――重力が消えて上下の感覚がなくなる。


「え?」


 白河の短い悲鳴も誰かの叫び声も、すべてが真空に吸い込まれるように消えていった。


 次に蓮が意識を取り戻したとき、鼻を突いたのは潮の香りと錆びた鉄の臭いだった。


「……痛っ!」


 硬い石床の感触。ゆっくり目を開けると、そこは学校の教室でも、バスの中でもなかった。 直径百メートルはあるだろうか? 空中に浮かぶ巨大な円形競技場。見上げる空は血のように赤く、太陽の代わりに禍々しい黒い球体が浮かんでいる。


「みんな、大丈夫?」


 白河の声でクラスメイトが次々と起き上がった。


「ここどこだよ?」

「修学旅行はどうなったんだ!」


 混乱が波及し始めた時、コロシアムの中央、虚空からそれは現れた。


 純白の仮面を被り豪奢な法衣を纏った男だ。空中に浮遊したまま芝居がかった動作で両手を広げた。


「ようこそ、選ばれし42名の苗床諸君」


 声は頭の中に直接響くような不快な残響を伴っていた。


「私はこの世界の管理者アービター。君たちが元の世界で呼んでいたところの――いわゆる神の代行者だ」


 阿久津が怒鳴り声を上げる。


「ふざけんな! 変な手品使ってねえで、さっさと俺たちを帰せよ!」


 阿久津は男に向かって駆け出すが、男が指先を小さく振ると、まるで見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされた。


「短気を起こさないでほしい。君たちの命は今、非常に不安定な状態にあるのだから」


 アービターの言葉と同時に全員の左手首に鈍い光が宿った。そこには奇妙な装飾が施された鈍色の腕輪が装着されていた。


「その腕輪は君たちの魂をこの世界に定着させる楔だ。そしてそこに刻印されているのは、君たちが過酷な異世界で生き残るために与えられたギフト――固有の能力である」


 反射的に蓮が腕輪を見ると、そこには不気味な瞳の紋章と【模倣者の目】という文字が浮かんでいた。


「ルールは至ってシンプル。この世界を舞台に最後の一人になるまで殺し合ってもらう」

「殺し……合い?」


 誰かが呟いた。冗談だと言ってほしかった。だが、アービターの仮面の奥にある視線は冷酷なまでに本気だった。


「最後の一人となった者には全知全能の力が与えられる。元の世界へ戻るも救うもよし、ここで王として君臨するもよし。だが――」


 アービターは残酷な笑みを深めた。


「24時間以内に誰も殺害されなかった場合、その日に最も価値の低い者――つまりなにもしなかった者をシステムが自動的に処刑する」


「そんなの……そんなの認めない!」


 白河が叫んだ。腕輪から柔らかな光が溢れ出す。能力【再生の聖域】の発動だ。


「みんな、落ち着いて! 殺し合いなんてする必要ない! 私が……私がみんなを守るから!」


 だが、その優しさが最初の悲劇を招く。


「へえ、面白いね。殺し合いの前に――まずは見せしめが必要かな」


 アービターが指を鳴らす。次の瞬間、阿久津の横にいた取り巻きの一人――安藤の身体が異変を起こした。


「あ、が……があ……あああああ!」


 安藤の叫びとともに皮膚が急激に岩のように硬質化していく。与えられた能力【硬質化】の暴走だった。


「助け……て……くれ」


 安藤が手を伸ばした先には白河がいた。彼女は彼を助けようと能力を解いて駆け寄る。だが、安藤の身体は硬質化の負荷に耐え切れず内側から膨れ上がり――


 ドォォォォォン!


 轟音とともに安藤だったものが四散した。肉片と石のような皮膚の破片が、再び発動した白河の結界に弾かれて周囲に飛び散る。クラスメイトたちの悲鳴が円形競技場を埋め尽くした。


「これが現実だ」


 アービターの声が冷たく響く。


「能力は祝福であり呪いでもある。使いこなせなければ自滅するだけだ。さあ、ゲーム開始だ。一時間後、このエリアは毒の霧に包まれる。生き残りたければ動くことだ」


 アービターの姿が霧のように消える。しばしの静寂。誰かが漏らしたすすり泣きが合図だった。


「近寄るなっ!」


 阿久津が叫び隣にいた女子生徒を突き飛ばした。彼の目は先ほどまでの傲慢さを失い、剥き出しの狂気と恐怖に染まっている。


「俺は死なねえぞ。お前ら、俺の言うことを聞け。逆らう奴は安藤みたいにしてやる!」


 阿久津の手から黒い霧のような波動が放たれ、近くにいた岩田と斉藤に吸い込まれた。二人の目が一瞬にして虚無に染まり阿久津の前に跪く。これが阿久津の能力【絶対隷属】だ。


 蓮は飛び散った安藤の血が頬に付着しているのを感じながら自身の手を見つめた。震えている。恐怖からではない。安藤が爆発する直前、腕輪が放った光の残像が蓮の脳裏に焼き付いて離れないのだ。


 模倣完了:【硬質化】


 脳内に響く無機質なアナウンス――蓮の物語はクラスメイトを失った悲しみよりも先に奪った能力の感触から始まった。


「白河、走れ」


 蓮は立ち尽くす白河の手を強く引いた。


「ここにいたら全員殺されるぞ」


 阿久津の狂った笑い声と、誰かの絶叫を背に、二人は真っ赤な森へと駆け出した。


【生存人数:41名】

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