16 収穫祭の都
廃都の中心に鎮座する、かつての繁栄の象徴である中央デパート。入り口の自動ドアはひしゃげ、ラグジュアリーブランドの看板は煤けていたが、建物だけは不気味なほどの熱を放っていた。
「さあ、着いたわ。ここが私たちのシェルターよ」
瀬奈が事もなきように笑い蓮たちを招き入れる。蓮は薬のせいで泥のように重い身体を引き擦りながら一歩を踏み出した。背後では一ノ瀬凛が鋭い視線で周囲を警戒し、白河舞が蓮の腕を支えている。
吹き抜けのエントランスホールに足を踏み入れた瞬間――蓮は息を呑んだ。
「なっ、なんだ、これは?」
天井からは無数の半透明なケーブルが垂れ下がり、数人の生徒たちの側頭部に接続されていた。ケーブルが脈動する度に生徒たちの瞳から光が消え、代わりにケーブルの中を淡く光るなにかが吸い上げられていく。
「彼らは平和を買っているのよ、佐藤くん。不快な記憶や戦いの恐怖を阿久津くんに捧げることで、ここでは誰も傷つかない安眠を得られるの」
瀬奈の声がホールのスピーカーから響くノイズと混ざり合う。その時、2階のテラスから拍手の音が響いた。
「ようこそ、佐藤。待ちわびたぜ」
そこにいたのは最高級のファーコートを羽織った阿久津誠だった。その傍らには虚ろな瞳をした工藤怜奈が、まるで糸の切れた人形のように立っている。
「阿久津……お前はクラスメイトをなんだと思ってる!」
「部品だよ、佐藤。工藤の【記憶消去】で余計な『自我』を削り、俺の【絶対隷属】で最高の歯車に作り変える。ここは誰もが役割を持つ理想郷だ」
阿久津が指を鳴らすとホールの大型モニターに映像が映し出された。あの日、あの教室の風景――林と笑い合う蓮の日常だった。
「その記憶、美味そうだな。工藤、やれ」
工藤がゆっくりと手をかざす。蓮の脳内に耳鳴りのような不快な音が響いた。
(……あ……林の……顔が……)
昨日まで鮮明だった林の笑顔が、消しゴムで消されるように白く塗り潰されていく。瀬奈から飲まされた薬は蓮の精神を阿久津の能力に繋ぐアンテナとなっていた。
「……返せ……俺の……友達を!」
蓮が膝を突く。意識が遠退き自分が佐藤蓮である理由すらも失われそうになった瞬間。
『――そこまでだ。因果の調整は完了したよ』
ホールの放送設備をジャックした冷静な声――高木佑太だ。
「なんだっ!」
阿久津が顔を顰めた瞬間、デパートの外壁が凄まじい轟音と共に爆発した。
「よお、阿久津! 随分と贅沢な暮らしじゃねえか!」
瓦礫を突き破り岩田剛が巨大な鉄柱を担いで突入してきた。その拳は【剛力】によって黄金色に輝いている。さらにその背後から千葉詩織が冷気を放ち阿久津の足元を瞬時に凍りつかせた。
「高木……岩田……千葉……っ!」
屋上のヘリポートに立つ高木はタブレットを操作しながら冷徹に告げた。
「岩田、デパートのメインサーバー、阿久津の玉座の真下を叩け。千葉さんは接続されている生徒たちの救出を頼む。佐藤くん、忘れるな。あの日、林くんと約束した格ゲーのタイトルをね」
蓮の混濁した脳裏に高木から送られた暗号が弾ける。
『バーチャル・バスターズ7』
「……そうだ。俺は……あいつと新作のシェイクを飲んで新作格ゲーの話を……」
蓮の左目が青白い光を放ちながら見開かれた。工藤の記憶消去を押し返し阿久津の隷属を焼き切る――
「俺は……俺の日常を汚させない……っ!」
かつての日常を武器に変えた、廃都最大の反撃が幕を開ける。
【生存人数:33名】




