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15.5 残像の教室

 廃都の地下、冷たいコンクリートの上で眠る蓮の脳裏に、今はもう触れることのできない熱が蘇る。


 あの日。

 召喚される僅かあ5分前。5限目の数学。窓から差し込む午後の陽光は酷く眠気を誘い、天井で回る扇風機の音が一定のリズムを刻んでいた。


「おい、蓮。終わったらゲーセン寄るか? 新作の格ゲー入ったらしいぜ」


 隣の席で林陸が教科書で顔を隠しながら小声で囁いた。彼は今のような獣の姿ではなく、サッカー部特有の爽やかな汗の匂いをさせた、どこにでもいるお調子者の少年だった。


「いいけど宿題終わってからな」

「固いこと言うなよー」


 前の席では河村がイヤホンを片耳だけ付けて、リズムに乗ってペンを動かしていた。彼は音楽が大好きで休み時間にはいつも最新のチャートをチェックしていた。あの鋭い聴覚は大好きな旋律を聴くためのものだったのだ。


 教壇では教師が淡々と数式を書き連ね、それを高木が退屈そうに眺めている。クラスのリーダー格だった阿久津は、女子生徒たちと内緒話をして笑っていた。その笑みには今のような狂気はなく、ただの少し鼻につく人気者の余裕しかない。


 ふと白河が消しゴムを落とした。蓮がそれを拾って手渡すと、彼女は少しだけはにかんで「ありがとう、佐藤くん」と微笑んだ。指先が触れた一瞬の柔らかな温度。


「貴方さっきから手が止まっているわよ」


 斜め後ろの席から一ノ瀬凛の凛とした声。彼女は今も昔も変わらず、誰とも群れず、ただ一本の張り詰めた糸のような美しさを持っていた。


 それが彼らの日常だった。誰かを殺す必要もなく、誰かに操られることもなく、ただ明日が来るのを信じて疑わなかった。ありふれた平和――


 次の瞬間。視界が真っ白に染まり、数式も、笑い声も、消しゴムの感触も、すべてがシステムの轟音にかき消された。


「はぁっ、はぁっ!」


 蓮は跳ねるように目を覚ました。視界にあるのは地下駅の煤けた天井と、隣で眠る一ノ瀬と白河の姿だけだった。


 蓮は震える手でポケットからボロボロになった学生証を取り出した。そこに挟んでいる写真には今より少しだけ幼い自分の顔が写っている。しかしその隣に写っているはずの親友の顔が、いくら目を凝らしても思い出せない。


「お前の声は聞こえるのに……どんな顔で笑ってたっけ?」


 蓮は泥だらけの手で地下駅の壁に小石で文字を刻み始めた。住所、両親の名前、好きだった食べ物。数日前まで当たり前だった自分という人間の輪郭を、忘れないように零れ落とさないようにするためだ。


 しかし瀬奈から飲まされた薬のせいで思考が泥のように重くなっていく。刻んだ文字が自分の書いたものとは思えないほど遠い国の言葉に見え始めた。


「俺は……佐藤……蓮……ここは?」


 かつての日常という光を知る者が減る度に、この廃都の夜はさらに深まっていく。


【生存人数:33名】

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