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14 偽りの揺り籠

 地下駅の静寂の中、蓮たちは深い眠りに落ちていた。瀬奈が焚いた香と手渡された薬の効果。それは蓮にとって――この世界に来てから初めて得られた泥のような安寧だった。


 しかし彼らが眠っている間にも非情なシステムは鼓動を止めない。




【警告:廃都メトロポリス・エリアDが禁止エリアに指定されました】

【未脱出者はこれより10分後に排除されます】


 廃都の東側に位置する、崩れかけた公営団地。そこには阿久津の支配を恐れて逃げ出し、身を寄せ合っていた3人の生徒たちがいた。


「おい、通知が来たぞ! 10分以内にここを出なきゃ消される!」


 能力【飛行】で偵察していた西田が焦燥に顔を歪ませる。少し茶色に染めた短髪をワックスで遊ばせ、首元にはスポーツブランドのネックレスを光らせたクラスのムードメーカーだ。少しチャラついた外見だが仲間思いの明るい瞳を持っている。


「そんな……瀬奈さん……ここは安全だって?」


 鈴木が震える手で眼鏡を押し上げる。制服の上から大きめのニットカーディガンを羽織り、いつも小さな花の刺繍が入ったハンカチを大切に持っている。緩く編んだ三つ編みと度の強い丸眼鏡が特徴の小柄な少女だ。カーディガンのポケットに差していた一輪のガーベラが、迫り来る死に怯えるように急速に萎れていった。


「鈴木、走るぞ! 俺が後ろを支える! 西田、遅れるなよ!」


 武田が二人を急かす。柔道部員のようながっしりとした体格に短く切り揃えた黒髪。分厚い胸板と太い眉毛が威圧感を与えるが、口数は少なくその瞳には誠実さが宿っている。


「おいおいおい、もう紫の霧が見えるぞ!」

「そんな――このままじゃ間に合わない」

「諦めるな! もうすぐエリア外だろうが!」


 背後から迫る紫の死の霧は物理的な速度を超えて世界を削り取っていく。


「あ……っ!」


 最後尾を飛んでいた西田が――ふと呟いた。脳裏には放課後の屋上がフラッシュバックする。


「俺、いつかパイロットになるんだ。いや、まずは格ゲーの大会で優勝かな」


 あの日、そう言って笑っていた。それが最期の意識となった。霧に触れた瞬間、西田の身体は空中で砂のように崩れ消滅した。


「西田くん?」


 振り返った鈴木の足元にも霧が迫る。

 彼女が見た日常は昼休みの花壇。


「綺麗に咲いてね」

 

 花壇に水をやり、微笑んだ昼休み。

 伸ばした手は誰にも届かず、彼女の存在もまた、システムによって世界から抹消された。


「くそっ……くそおおおおおおおおおおっ!」


 武田は【衝撃吸収】を自身の足裏と背中に集中させ、霧が引き起こす空間の軋みを無理やり殺しながら疾走した。境界線まであと数メートル。しかし霧は無慈悲に彼の踵を飲み込もうとする。


 刹那――


「岩田くん、投げて!」

「おうよっ!」


 境界線の向こう側から巨大なコンクリート片が飛来した。岩田の【剛力】によって放たれたそれは、武田の目の前に突き刺さり、一瞬だけ霧の進行を遮る物理障壁となった。


「こっちよ、武田くん!」


 千葉が【氷結】を放ち武田の足元に滑らかな氷の路面を作る。武田は死に物狂いで氷の上を滑り、境界線を越えて、高木たちの足元へと転がり込んだ。


【生存人数:33名】


「助かっ、たのか?」


 右足の皮膚を霧の瘴気に削られ、激痛に悶えながら武田は顔を上げる。そこには冷徹な目で戦況を分析する高木が立っていた。


「災難だったね、武田くん。君たちをあそこへ誘導したのは阿久津でも管理者でもない。佐藤くんを保護している瀬奈という女だ」


「あいつ……俺たちを……わざと?」


 高木は眼鏡を指で押し上げ、デパートの方角を見据えた。


「彼女は善意を装って君たちを足止めし、佐藤くんを孤立させつつ、ほかの生徒の脱落を効率のいいノルマとして管理者に捧げたんだ。岩田くん、千葉さん。夜が明けたら佐藤くんを迎えに行こう。彼がこれ以上、無自覚に仲間を見殺しにしないためにもね」




「ふふ、静かな朝ね」


 地下駅のベッドサイドで瀬奈は手首の腕輪に表示された生存人数の減少を確認し満足げに微笑む。彼女は眠っている蓮の髪を優しく撫でた。


「ごめんなさいね、佐藤くん。貴方たちがここで休んでいる間に、あの子たちは消えてしまったわ。でも仕方ないわよね? 貴方を助けるために私は時間を稼がなきゃいけなかったんだもの」


 あまりにも歪んだ論理。

 瀬奈は蓮たちを保護するフリをして移動の権利を奪い、間接的にほかの生徒たちをシステムに殺させたのだ。それが管理者から彼女に与えられた殺し合いを停滞させないためのノルマの消化方法だった。


「……ん……あ……」


 蓮がゆっくりと目を開ける。薬の副作用か頭が重い。だが記憶の混濁は確かに消えていた。


「瀬奈さん……今、何時だ?」

「おはよう、佐藤くん。よく眠れた?」


 瀬奈は聖母のような笑みを浮かべて蓮に手を差し伸べた。


「残念だけど貴方が眠っている間に、また2人の友達が脱落してしまったわ。でも大丈夫。貴方には私がついているからね」


 蓮はまだ気づいていない。身体の中に瀬奈が植え付けた毒が回っていることに。そして自分たちが生き延びた一晩が2人のクラスメイトの命の上に成り立っているという事実に。


「さあ、行きましょう。阿久津くんのいるデパートへ……すべてを終わらせるために」


 瀬奈に導かれ蓮たちは再び地上へと這い出す。その足元には死んだ2人の残した無念の残滓が、左目の疼きとなって蓮を突き刺していた。


【生存人数:33名】

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