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13 澱みの案内人

 九条たちが去った後、廃墟の地下駐車場に身を寄せた三人は微かな火を囲んでいた。蓮の左目は充血し、焦点が定まらない。白河が懸命に手をかざし精神的な負荷を和らげようとしている。


「失礼」

「――――っ!」

 

 いきなり声をかけられた一ノ瀬が驚愕する。確かに彼女が至近距離まで気配に気づかないのは珍しい。しかしすぐさま剣の柄に手を置いて警戒する。


「警戒しなくていいよ。私は瀬奈。そっちの女子生徒は信じてくれそうね」

「え、私?」


 話を振られた白河は驚きを隠さない。


「真面目そうだし能力的にも好戦的な性格じゃない。違うかな?」

「あ、合ってます!」

「私もそう。だから争いはなしね」

「本当に……信じていいんですか?」


 白河は不安げに疑問符を返した。瀬奈は九条たちとは異なり血生臭い空気を感じさせない、どこか儚げで清楚な雰囲気を持つ女性だ。服装も汚れが少なく元の世界では図書委員でもしていたかのような落ち着きがある。


「信じるも信じないのも貴方たち次第よ。でも私の隠れ家なら九条たちは来ない。少し休みましょう、どうかな?」


 瀬奈に案内されたのは地下鉄の廃駅を改造した小綺麗な居住スペースだった。そこには清潔な毛布や驚くことに温かいスープまで用意されていた。


「君も……先行者なんだろ? なぜ俺たちを助ける」


 蓮が左目の疼きを抑えながら問う。

 瀬奈は寂しげに微笑み、マグカップを蓮に差し出した。


「九条たちはこの世界を楽しむことでしか自我を保てない壊れた人たち。でも私は違うわ。かつての私たちと同じ無垢な犠牲者が出るのを見ていられないだけ――」


 静かに先行者たちの成り立ちを語り始める。


「私たちは一年前、別のエリアで最後の一人を目指して戦っていたわ。最終エリア『静止した楽園』――そこまで生き残ったのは7人。でも誰も最後の一人になれなかった。そうして一週間が過ぎた時、エリア全域が禁止区域に指定されたの」


 瀬奈の瞳に深い絶望の色が混ざる。


「処刑が始まる直前、管理者が現れて契約を持ちかけてきたわ。世界を停滞させないための触媒として働くなら生存時間を配給しようってね。私たちは生きるために魂を売ったのよ。でも私はそのやり方にずっと吐き気がしていたの」


「瀬奈さん」


 白河が同情の声を漏らす。過酷な選択を迫られた彼女の過去に共感してしまったらしい。


「佐藤くん、貴方の目は死者の記憶を吸い過ぎている。このままだと貴方は佐藤蓮という器を失って、ただの亡霊たちのゴミ箱になるわ。とりあえず、これを飲んで」


 瀬奈が差し出したのは透明な液体が入った小瓶だった。


「これは記憶の定着剤。先行者だけが持っている、自我の核を保護する薬よ」


 蓮は躊躇したが瀬奈の濁りのない瞳と、少しずつ消えていく母の笑顔の記憶に焦り薬を口にした。


「……冷たい……」


 薬を飲んだ瞬間、激しい頭痛が和らぎ霧がかかっていた記憶が鮮明になる感覚があった。


「ありがとう、瀬奈さん。おかげで助かった」

「いいのよ。さあ、少し休みましょう。阿久津くんのところへ行くのは体力を戻してからでいいわ」


 蓮たちが深い眠りに落ちたのを確認すると、瀬奈の表情から慈愛の笑みがゆっくりと剥がれ落ちた。通信機を取り出し、低く冷たい声で呟く。


「九条、獲物を捕らえたわ。ええ、例の処置は済んだわよ」


 瀬奈が蓮に飲ませたのは記憶の保護薬などではなかった。あれは【認識の同調薬】――一定時間後に蓮の意識を強制的に九条や阿久津の支配下へと繋ぐ精神の手綱だった。


「ごめんなさいね。でもこの世界で善意を信じるのは死ぬよりも愚かなことなのよ」


 彼女は眠る蓮の頬を優しく撫でた。その指先には獲物を愛でるような冷酷な愉悦が宿っていた。


【生存人数:35名】

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