12 鏡の代償
「いい断末魔を聴かせてね」
ピアスだらけの女リサが細い指を弾く。瞬間、蓮たちの周囲数メートルが目に見えない断絶に閉じ込められた。空気の動きが止まり外部の音さえも遮断された完全な密室。リサの能力【空間断絶】だ。
「この箱の中じゃ、私の許可がなければ空気さえ逃げられないよ。ねえ、窒息する前に誰が最初に脱落するかな?」
リサが愉悦に表情を歪ませる。同時に大男のゴンが血塗れの鉄パイプを引き擦りながら蓮に向かって突進した。
「一ノ瀬、白河、俺が一人で受け止める! 二人はリサを――」
蓮は模倣したばかりの【霊体焼却】を手に灯すが、目の前にいるゴンは生身の人間だ。霊体向けの炎ではダメージを与えられない。
「無駄だぜぇ!」
ゴンの鉄パイプが蓮の脇腹を強打した。
「がはっ!」
肋骨が軋む音がして蓮は断絶の境界線まで吹き飛ばされる。
「佐藤くん!」
白河が【再生の聖域】を展開し蓮を包み込む。だが、ゴンの重圧とリサの閉じ込められた空間により回復の光さえも淀んで見えた。
「くっ……ちょこまかと!」
一ノ瀬が【不可視の刃】でリサを強襲するが、リサは周囲の空間を折り畳むことで、すべての斬撃を明後日の方向へと逸らしていく。
(強い。阿久津たちとは積み上げてきた殺しの経験値が違い過ぎる)
蓮は口の端から血を流しながら必死に左目の【冥府の写し鏡】を凝らした。九条、リサ、ゴン。この三人からも能力を模倣することはできる。だが、蓮の脳はすでに限界だった。
(また消える……俺のなにが消える?)
今度は実家のリビングの風景が消えた。母が作ってくれた料理の匂いが、どんなに思い出そうとしても霧のように消散していく。
「……九条……お前は……この世界でなにを失った?」
蓮が絞り出した問いに屋上で静観していた九条が冷たく笑った。
「失ったもの? そんなもん、一年もいりゃ数え切れなくなる。名前、故郷、親の顔。だがな、佐藤。代わりに手に入るものもあるんだよ――生きているという純粋な快楽だけがな!」
九条が合図を送るとゴンの鉄パイプが、さらに重く、蓮を叩き潰そうと振り下ろされた。
「ああああああああああっ!」
蓮の左目が今までにないほど激しく発火したような衝撃を起こす。彼はゴンの背後に漂うあるものに手を伸ばした。それはゴンが今日までに殺してきたであろう名もなき生徒たちの残滓。
模倣完了――【断絶破壊】
蓮は模倣していた【霊体焼却】を捨てリサの空間支配に抗って死んでいった誰かの最期の叫びを腕に宿した。その想いのすべてを次の一撃にかける。
「いけええええええええええーっ!」
バリンッ!
「なっ……そんな馬鹿な! 私の空間を……内側から叩き割った?」
リサが驚愕し、たじろぐ。蓮の右手は箱をガラス細工のように粉砕していた。
「一ノ瀬……今だ!」
「言われなくても!」
空間の縛りが解けた一瞬の隙を突き、一ノ瀬の斬撃がリサの肩口を深く裂いた。
「ぎゃあああああっ!」
リサが崩れ落ちると同時にゴンも動揺を見せた。手負いと狼狽なら互角の戦いができるだろう。蓮は攻撃向けの能力を持つ残滓を探した。見つからなければ一ノ瀬の能力を再び模倣するまでだ。
「そこまでだ、リサ、ゴン。戻れ」
九条の鋭い声。二人は忌々しそうに――だが絶対的な服従を持って九条の元へ飛び退いた。
「佐藤……蓮。面白い。お前は己を削る速度が異常に早いが、その分、死者との同調率が跳ね上がっている」
九条は再び屋上へ飛び上がると、蓮を見下ろして不敵に笑った。
「今回は挨拶だ。だが覚えておけ。阿久津の拠点は、この先の中央デパートだ。あいつを殺すかあいつに殺されるか、どっちに転んでも俺たちのノルマは達成される」
九条たちは廃墟の闇へと溶け込むように消えていった。
静寂が戻った路上。蓮は力なく座り込み手を確認した。震えが止まらない。蓮は記憶の中でスマホの待ち受け画面を見ようとする。そこには親友と撮った写真があるはずだった。
「……あれ? あいつ、どんな顔してたっけ。いつも一緒にマック行って、アニメの話してたのに……笑い声は聞こえるのに、顔にモザイクがかかったみたいに思い出せない」
失ったのは単なる記憶ではなく、その時の温かさごと削り取られる感覚だった。
「佐藤くん、大丈夫?」
「……白河……俺……さっきまでなにを思い出そうとしてたっけ?」
蓮の瞳はどこか遠くを見つめていた。救ったはずの自分自身が救う度に欠けていく。
阿久津の待つ中央デパート。そこへ向かうことは蓮にとって存在の終わりを意味するのかもしれない。
【生存人数:35名】




