10 廃都の亡霊
エリア『廃都メトロポリス』
かつては大都市だったであろうその場所は、崩れたビルが重なり合い、剥き出しの鉄骨が墓標のように空を指していた。森の湿った空気とは違い、ここは乾いた埃と、なにかが焦げたような死の臭いが立ち込めている。
「ここが……次のエリア」
蓮が立ち上がり周囲を見渡す。禁止エリアを突破した36名の生徒たちは、この広大な廃墟の各所にバラバラに転送されたようだった。蓮の傍には白河と少し離れた場所に一ノ瀬が立っている。
「一ノ瀬さん、まだ一緒にいてくれるんだな」
「勘違いしないで。ここは遮蔽物が多過ぎて、単独だと死角が多過ぎるだけよ」
一ノ瀬は素っ気なく答えたが、その手は蓮たちを守るため、しっかりと剣の柄にかかっていた。その時、蓮の左目【冥府の写し鏡】が激しく脈打った。
(……なんだ……この数は?)
蓮の視界にはビルの陰や路地裏に無数の白い影がうごめいているのが見えた。それは死んだ生徒たちの残滓ではない。もっと古い――この街が滅んだ時に取り残されたかつての住人たちの残留思念だ。
「佐藤くん、どうしたの? 具合が悪いの?」
白河が心配そうに覗き込む。
「いや、この街……幽霊だらけなんだ。なにかを探して彷徨ってる」
蓮がそう呟いた瞬間、近くの半壊した雑居ビルの2階から窓ガラスを突き破る勢いで叫び声が響いた。
「佐藤! 一ノ瀬! 白河! 助けてくれ、そこにいるんだろ!」
痩せ型で常にせかせかと周囲を伺う癖のある河村が窓から身を乗り出していた。能力は【超聴覚】――数百メートル先の砂利を踏む音、蓮たちの独特な心音を聴き取り、助けてくれる強者が近くにいることを察知して飛び出してきたのだろう。
「河村くん? こっちへ!」
白河が叫ぶが河村の背後の闇から音もなく這い出してきた影がある。
それは半透明のボロ布を纏ったような魔物――【廃都の亡霊】だった。足音もなく呼吸もせず心音もない。ただ獲物の意識を狩るために漂う街の死神――河村には相性が悪過ぎる。
「来るな! 来るなよぉ!」
河村がパニック状態でボウガンを乱射するが、矢は亡霊の体を波紋のように通り抜けるだけだ。
「邪魔よ!」
一ノ瀬が地を蹴り、空中で一閃する。
一瞬【不可視の刃】が亡霊の頭部を真っ二つにしたかに見えたが、霧のような体はすぐに修復され、一ノ瀬の着地を狙って冷たい手が伸びてくる。
「一ノ瀬、下がれ! 物理攻撃は効かない!」
蓮は叫び一歩前に出た。
左目【冥府の写し鏡】が激しく脈打つ。
(この街に染み付いた死を――俺に貸せ!)
蓮の視界は現実の景色を通り越し、かつてこの場所で絶望して死んだ誰かの残像を捉えた。それは路地裏で亡霊たちに囲まれ、魂を燃やして抗った生存者の記憶だ。
模倣完了:【霊体焼却】
蓮の掌に青白い炎が灯る。
「消えろ」
その炎を亡霊に叩きつけると物理攻撃を無効化していた魔物が、初めてこの世のものとは思えない絶叫を上げて霧散した。刹那、河村が力なく膝を突く。
「駄目だ……聴こえる……聴こえ過ぎるんだ……死んだ奴らの叫び声が――」
河村は耳を塞ぎ狂ったように頭を振る。能力の暴走か――あるいは亡霊に触れられたことで向こう側の音を拾ってしまったのか? いや、蓮のように能力が進化した可能性もある。
「河村くん!」
白河が駆け寄ろうとしたが、亡霊の最後の一欠片が逃げ場を求めるように河村の胸に吸い込まれた。河村の瞳から急速に光が失われていく。亡霊に触れられ意識が溶けていく瞬間に聞こえた音――彼は教室でもエアコンの唸りや隣席のシャーペンの音に敏感だった。そんな彼に白河が「耳栓代わりになるかな?」と貸してくれたお気に入りの曲。そのメロディが亡霊の叫び声にかき消されていく。最後に「……静かだ……」とだけ呟き――そのまま崩れ落ちた。
【生存人数:35名】
「……助けられなかった」
蓮は激しい頭痛に膝をつく。代わりに他人の記憶が脳内に濁流となって流れ込む。
(ここに救いはないのか? 腹が減った)
(なぜ俺はここにいるのか? 高校の入学式の日は……雨だったか? 晴れだったか?)
大切な自分自身の記憶の欠片が、また一つ、濁った記憶に押し流されて消えていった。
「佐藤くん、上を見て」
一ノ瀬の鋭い声――蓮が顔を上げるとビルの屋上の端に数人の人影が並んでいた。クラスメイトではない。もっと使い古され血の匂いが染み付いた装備を身に纏った先行者たちだ。
その中心に立つ顔に大きな火傷の跡がある男が面白そうに蓮を見下ろしていた。
「ほう。新入りの分際で『概念焼き』を使える奴がいるとはな」
廃都の静寂を破ったのは同じ境遇でありながら、決して仲間ではない者たちの嘲笑だった。
【生存人数:35名】




